静寂と混乱と亡霊と……
どうも、初めまして。siroikitune1改めまして、アヴェントと申します。
(関連性の無いニックネームとかのツッコミはご勘弁を)
この小説はメジャーである、学園物ファンタジーというジャンルに属しています。
お見苦しい処も多々あるでしょうが、どうか御了承下さい^^;
午後八時まで……後、一分五十三秒。
「もうそろそろか……」
長身の男は、夜風と雨音が打ち付けられる窓辺に腰を掛ける。冷たい冷気が背中に沁みてくるが、男はそれを心地よく思い、頬を吊り上げる。
空はどんよりと曇り、時間に相応しい夜空さえ怯えるほど暗闇を広げていた。それに呼応するように、雨は激しさを増していく。
真っ暗な一室には、無数の段ボールが、雑に積み上げられていた。部屋主の所有物と思われる、テレビ、観葉植物、グランドピアノへ襲い掛からんと言うばかりに。その中で、ふと、不気味で苦しそうな呻き声が、とある隅の段ボールから聞こえてきた……。
幽霊か? それとも妖怪か? この状況で聞けば、誰もがそんな不安を感じるだろう。しかし、男はその笑みを止める事は無かった。
そう、三十秒くらい経っただろうか。冷たいシン……とした空気の中、男は遂に、その足を進めた……。行く先は、そう……その声の主へ。
「小さき命よ。どうだ、感想は?」
移動した男の姿が、ぼんやりと闇に浮かぶ。七割の前髪をオールバックで纏め、インテリ眼鏡を掛けた男。見るからに、何処かの奇術師のような恰好の男は、まるで、自分が神様だと言うような態度で、声を発する。
「……感想? 何……だよ、それ」
男の目線には、身体を震わせながら答える少年。まだ、十七歳くらいだろうか……。整った顔立ちに、高校生それなりの体型。飾り気の無い外見は地味に見えるが、それも彼の魅力と思う者もいるだろう。成績優秀、文武両道、完璧人間。少年の際立つ特徴は、それらを感じさせる気品を放っている――だが、今回だけは違った。
艶のある黒髪は乱れ、呼吸は不安定。何よりその目には、余裕が無い。
声を出す事すら苦しい少年は、座り込みながら、頭を押さえ付ける。
「ここは、どこだよ……。誰だよ……、お前っ!」
そう叫ぶ少年を、男は怪訝な顔で見つめる。
「……記憶障害か。……まあ、いい。これですぐに……」
すると、男は懐に手を伸ばし、何かをゆっくりと取り出す……。
「っ!?」
赤い手紙。暗さでよく見えなくても、少年の目にははっきりと映っていた。途端、身を削がれるような頭痛に襲われる。
「う、……ぁ」
頭を押さえ付けている手に、より一層力が増す。男は嘲笑いながら、その様子を眺めた。
「招待状に、サイン……。貴様のだ」
その瞬間、少年は獲物に食いつく勢いで、自分の手を手紙へと伸ばす――しかし、
「あがっ!?」
突然、腹部が激痛に襲われた。何かが腹に喰い込んでくるような痛み。少年はそれでも構わず赤い手紙を奪おうとしたが……、男は優越な顔でその手紙を持ち上げる。
「なるほどな……。やはり、身体は憶えていたか。まったく……世話を焼かせる。参加者だというのに、説明をする暇が無くなってしまったじゃないか」
残念がる事無く、満足気に語る男を、少年は腹を抑えながら憎んだ。その間も、頭痛は止まず、そこから何かが押し寄せてくるが、それが何なのか理解ができない。
男は右手首に巻いた時計を確認する。
「後……十秒」
ぎくり、と。少年の顔は青ざめた。この世の終焉を見たかのような、失望感溢れる表情。本能的にやばいと感じ、脱力した四肢を駆使して、謎の男に突っ掛かる。
「や、やめ……ろぉっ!」
苦しみながら訴える少年を無視して、男はカウントを確認する。
「――六、五、四……」
三秒まで迫ったその時、男はカウントを止め、少年へ何かを放り捨てる。そして、闇に溶け込むような声で告げた。
「安心するがいい。もちろん、この〝ゲーム〟で生き残れた暁には――」
そこで男の言葉がフッと途切れた――いや、掻き消された。
「「あ゛ああああぁぁぁぁぁぁぁ!」」
どこからか、化け物染みた声に。
「う、ぁぁあああああ!」
少年は、恐怖に怯えながら逃げた。
あの奇声が聞こえる度に、押し寄せてくる何かが、更に迫ってくる。
男から投げられた箱を手に、息切れしながらもこの部屋の出口へと走る。ドアノブに手を掛け、焦りながらその身を奥の回廊へと進める。
「あ……れ?」
広がる景色には、何処か見覚えがある……。その時、少年はやっと気付いた。馴染みのある空間に、頭が冴えてくる。
「ここって……もしかして……」
後ろを振り向く――そのドアには、こう書かれていた。
《音楽室》と。
「そんな……嘘だ、ろ……?」
不意に。少年の頭の中で迫っていた何か――記憶が、蘇った。
そう、今日の放課後の事だ。
少年――天津傘光煕は、いつも通り普通に登校した。通学路を通り、校門を抜けて、学校の下駄箱を開ける。そこまでは、普段通り。何事も無く、退屈しながら、地を見つめる毎日。
そして、事態は起きた。
上履きを手に取ろうとした瞬間、指先に何か変な違和感を感じた。
誰かの悪戯だろうか、と周囲を見渡す。誰の目線も感じられず、あるのはただ、高鳴る心臓の鼓動だけ。しかし、これは余りにも不自然だった。天津傘光煕は性格上からか、人付き合いが苦手であり、声を掛けられても会釈程度しか返事をした事が無い。そのため、交友関係が薄く、特に虐められるという事も無く、空気のような生活を送っていた。
視線や好奇心は感じるが、誰も近づかない。そんな自分を、まるで展示物のような存在だと自覚している。
しかし、今現在……自分の下駄箱に、何かがある……。
光煕は疑いと同時に現れた、好奇心の赴くままに、下駄箱の中へ顔を覗かせる。すると、中には一通の赤い手紙が入っていた。真っ赤に染め上げられたその手紙は、妖しい匂いを漂わせ、そこにポツンと置かれていたのだ。
触るなと、危険だと、脳が瞬時に判断する。だが、光煕は真っ赤な手紙を見つめながら、その脳の言葉を無視した。
自分の下駄箱の中に、不気味な色を放つ手紙が入っている……。いつもと何ら変わりの無い日常で、こんな身震いする変化が起きた。
目の前には手紙。内にあるのは欲求。
この状況に、心底怯え――同時に興味を注がれた。
「そうだ……。そうだった」
光煕はぼんやりと浮かんでくる頭の映像を捉え、次々と記憶として繋いでいく。
「あの後、俺はあの手紙を持って、教室に入って……放課後になってから手紙の内容を読んで……それで……あの男が現れた後…………駄目だ」
溢れんばかりに思い浮かぶ映像は、所々虫食い状態だった。ぽっかりと空いた空間には、何も視えず、ただただイラつきを大きくするだけ。
この記憶をしっかり復元したい、そして今の俺の現状を知りたい――そう思った光煕だったが、。
「「あ゛あ゛ぁ……あ゛ああああああぁぁぁぁ!」」
そんな余裕は許されなかった。震える奇声、震える空気、震える膝。
再び、あのおぞましい声が耳を突き抜け、鼓膜へと振動する。現実へと意識を戻した光煕は、ただ怯え……本能のままに、その場から走り去る事しかできなかった。
「な、何なんだよ……。一体なんだって言うんだ……!?」
不安を胸に、全力でその場を離れる。その間も雨風は追い立てるように鳴り響き、恐怖心を煽ってくる。足はよろめき、息は小刻みに、見えない希望にすがりたい気持ちで走って、走って、走り続ける。その時、周りの空気と景色に、今までとは違う馴染みを感じた。今までの勢いを殺しながら、その違和感に顔を上げる。そこには、自分のクラスが……二年D組を示す看板が居座っていた。途端に、全身から何もかもサッと引き抜かれる。
あの場所では、変わらぬ授業が、いつまでも続けられてきた。
この場所では、いつも通りの日常が、行われてきた。
ここでは、俺の求める人生が、送られてきた。
僅かな希望に魅せられ、微かな可能性が見え、光煕の足は、止まった。
「……そうだ、そうだよな。これは夢だ!」
強い言葉の裏には動揺が現れ、見開いた瞳には虚構が渦巻く。
「こんなの夢に決まってる! こんな現実離れした事があってたまるかよ。今からさっさと帰って、風呂に入って、ベッドで寝ればこんなの全部……っ!」
「「あ゛あ゛あ゛ああああああああぁぁぁ」」
まるで拒絶するように、恐怖の元凶が発した奇声。
光煕の戯言は一瞬にして消し去られ、しかし、その声は、光煕の今の立場を的確に示していた。
鬼ごっこで例えるなら……敵は鬼で、自分は子。その事に気付いた光煕はすぐに正気を取り戻し、次に取るべき行動が見つかった――そう、ただひたすら逃げる事だ。
「っ……くそぉ!」
悪態をつきながら突っ走り、近くにあった階段を下りていく。
(とりあえず、早くここから出よう。あの男が何者なのか、この声が何なのか……そんなのどうだっていい。こんな所に居ても、何も分からない! 立ち止まらずに、逃げるしかない!) 息苦しくて溜まらない胸を、青い学生服の上から抑える。階段を下りる足を速め、進むペースを上げていく。
後、少し……! そう思いながら、遂にその足が一階に到達する。そのまま顔を上げ玄関に向かって走ろうとした時――、
「っ……!」
絶句した。
なんだ……あれ。
ゾクッと背筋が凍る中、光煕の足は一歩、また一歩と後退していく。静寂と化した玄関前には、窓辺に波打つ雨音と、嘲笑う風の音。けれど、一番鼓膜まで浸透してくる音は……ここまで、何度も聞いたあの奇声。いや、濁声。
「「ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」」
その中空には、黒い布切れが浮いている。
「し……」
その上空には、湾曲した刃が鈍く光っている。
「しに……がみ……?」
足の無いその死は、その問いに答えるかのように、ゆっくりとこちらを向いた。
「――――うっ、あぁあああああ!」
じっくり眺める暇は無い。考えている余裕も無い。ただ、あの絵に描いたような死神から、一目散に逃げようと必死に足を動かした。
苦しい、痛い、疲れた、倒れそう……。しかし、それでも足は止めない。なによりも一番強い思いは、怖いという感情だから。
階段を上って二階に到達後、すぐさま向きを替え、廊下を突き抜ける。気が付けば、すぐこそに理科準備室が見える。迷っている暇は無い。
「っく、早くっ!」
右手を伸ばし、ドアノブを回して、室内へと倒れ込む。
「あぐっ……」
身体を強打するが、痛がる事よりも、次の行動の方が大事だった。倒れた身体を瞬時に立ち上げ、開きっぱなしのドアを勢いよく閉める。そして、慌てながらも慎重に、そのドアの鍵を閉めた。
「っはぁ! っはぁ! っはぁ、がぁっは……。ごほぉっ……」
ゆっくりと身体を横へ、大の字に寝転ぶ。
頭は真っ白に染まり、目は真っ黒に囚われ、何もかも投げ出したくなる。
もう、寝てしまおうか……、光煕の頭に気持ちが響く。だが、心はそれを許さず、脳を動かせと意志を奮い立たせる。
ここで寝たら、俺は死ぬ。ここで諦めたら、俺は殺される。
光煕は上半身だけを、両手を後ろに徐々に上げていく。辺りには実験器具と段ボール、そして今ではもう微塵の不気味さも感じない人体模型。幸いにも、あの死神の姿は無かった。
考える事はそう……これからどうするか。光煕にとって、それは命の選択に等しく、非常に厳しい事だった。
まず、ここは学校であり、ここには、あの死神と天津傘光煕しかいないだろう。それが、光煕自身の見解だった。死神のいた場所にあった、玄関の窓は、ほとんどが割られ、雨風が流れ込んでいた。あれだけ破壊されて、宿直室に居る教師はともかく、巡回している警備員が気付かないという事は無いだろう。第一、この状況をどう説明すればいいのやら、それすら思い浮かばない。
包めて結論を言えば、「助けは無い」。
あのふざけた謎の男は、これを〝ゲーム〟と言っていた。〝ゲーム〟というからには、こちらに勝利条件があり、それを満たせばゲームクリア。つまり、生きて帰れる。
だが……、と光煕は表情を厳しくする。
脱出するにも、どうする? このまま出て行けば、間違い無く殺されるだろう。あの鋭利な鎌に。もちろん、生身で太刀打ちできる勇気など微塵も無い。
「真正面から戦う必要は無いんだ……。せめて……せめて何か武器があれば……」
その時、武器? と、何かが閃いた表情をする光煕。すると、そわそわしながら辺りを見渡し始める――そして、ようやくその目に目当ての物を見つけた。
「あった……。これだ!」
そう、ゲーム開始寸前に渡された箱。中はずっしりと何かが詰まっており、武器という言葉の重さが表れるようだ。早速包装を剥がすと、中から小型のアタッシュケースが見えた。ごくり、と喉を鳴らしながら、ゆっくりと箱を開けていく――そこには、
「これは……拳銃と……、爆弾っ!?」
驚いた。それ以上でも、それ以下でも無く、光煕はただ、驚いた。
夜の中でも艶を失わない拳銃は、闇よりも黒く光り、その強固な外見は、殺人兵器の恐ろしさを小さく物語っている。手に取ると意外と重く、しかしその重量に納得する。
爆弾は……外見で分かった。映画とかでよく見るそれは、恐らく時限爆弾。タイマーから伸びた線は、四角い本体の中へと伸びている。だが、結局そこまでだった。
「これ……どうすれば、いいんだ……?」
光煕は当然、この二つを直に見たのは初めてであり、使い方はもちろん、どう準備すればいいのかすら、分からない。正に、宝の持ち腐れだった。
くそっ! と光煕は拳銃を叩き付けた。やり切れない感情のまま、爆弾を睨みつける。
スイッチのある場所は幾つか見当が付く。だが、〝時間制限付き〟という事も含めて、これを起動する訳にはいかない。拳銃も同様だ。とても素人の手に負える物じゃない。本番で失敗すれば殺される。最悪、自滅だ。
しかし――それでも、生きて帰りたいのなら……この恐怖から逃げたいのなら。
「……やってやる」
敵が捜しに来る事も考えれば、準備する時間はそう無い。光煕は頭をフル回転させ、静まった暗闇に目を凝らしながら、生き残るための策を練り始めた。
雨は未だに激しく降り続けている。
光煕は準備を終え、玄関近くにある階段のふもとで止まっていた。
気付かれないように、こっそりと顔を覗かせる――案の定、玄関付近にはあの死神が居た。 まるで、何かを待ち構えているように……いや、間違い無く、獲物を待ち構えているのだろう。
光煕はここに来る前に、他に脱出できそうな場所が無いか考えを巡らせていた。しかし、生憎二階から飛び降りる勇気は無く、あの理科準備室から一階に移動しようにも、学校の構造上、この階段からしか下りられない。あの死神と対峙する事は、避けては通れない道だった。状況から察するに、〝ゲーム〟と言ったあの男の思惑通りに、事が運ばれたらしい。
「それなら……俺は」
光煕は決意を固め、遂にその足を踏み出した。
「「ぁ゛ぁぁ……ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛」
喜んでいる。死神は鎌を大きく掲げ、その身を標的へと向ける。
最初の一手。
光煕は、その左手に抱えた大きい包みを投げつける。中空へと投擲された箱――時限爆弾は、狙い通り死神の元へ。だが敵は動じる事もせず、向かってきた物体を真っ二つに引き裂いた。同時に黒い粉と、硝煙臭い匂いが辺りに充満する。
摩擦にも、衝撃にも反応を示さなかった火薬。
――不発か。いや、それが光煕の狙いだった。
死神が黒い粉を警戒し、周りに気を取られている間に、続く二手。
「うおおおおおおお!」
すぐそこの床から、奇妙な液体の入ったビニール袋を掴み、勢いを付けながらその手を離す。山なりに投げられたビニール袋は、当然死神を目掛けて突撃する。また同じくその不気味な鎌は、露払いをするように大きく円を描く。
びしゃ、と液体が飛び散り、辺り一面を覆い尽くす。そしてまた、妙に鼻を突く臭気が充満する。
これで最後、と仕上げに黒い塊を液体へと放り投げる光煕は、ポケットに手を突っ込み、何かを取り出す――その手には、マッチが握られていた。
死神は理解不能とでも言いたげに、その身を後ろに傾けながら、鎌を防御態勢で構える。
「「ぁ゛……ぁ゛」」
弱々しく唸る声は、もはや恐怖を感じさせない。
「勘付いたか……、けど」
光煕はマッチ棒に点火しながら、その勝ち誇った顔でこう宣言した。
「これで、ゲームクリアだ」
マッチ棒を落とした先には――導火線が引かれていた。
光煕は導火線に火が点火した事を確認した後、ハンカチを口元へと押し付ける。瞬間、水が蒸発するような音が一気に溢れ出し、暗闇の視界を煙で埋め尽くした。
それを合図に、光煕は全力で玄関を駆け抜け、外へと跳び出した。その顔は、思わずニヤリと緩んでいた。
――上手くいった。
雨風に打たれながら、その喜びを一心に噛み締める。
あの時、理科準備室で爆弾を手にした時、思いついた作戦。それは、煙幕。
この〝ゲーム〟に勝つ勝利条件は、逃げ切る事であって、敵を倒す事ではない。そこに気付いた光煕の頭には、ある考えが浮かぶ――もし、敵の視界を奪う事ができれば……楽に脱出する事が可能になるんじゃないのか?
そこからが、大変だった。急いで理科室を見渡し、慌てながらも目当ての材料を見つけ、すぐに仕掛けの作業に取り掛かる。しかしその間、身体中の痛みに耐え、不安定な心情を抑えつけるのは、決して楽ではなかった。
そして結果は――見事に大成功だった。
敵は思惑通り、あらかじめ導火線を付けておいた箱を壊し、導火線の道を作ってくれた。次に、ガソリンなどの液体入りビニール袋を破り捨ててくれた。そして、最後に投げた木炭は、液体の力とマッチ棒から発せられた火力を借りて、煙を急激に立ち昇らせる。お陰でこの通り、木炭煙幕を囮に逃げ出せた。
光煕の身体からは鳥肌が立ち、笑みは笑声に変わる。
「勝った……。俺は、逃げ切った。逃げ切ったんだ!」
生きているという実感。恐怖からの脱出。勝利への喜び。だが――、
「「ぁ゛ぁ゛……」」
耳に入る奇声に、失望感を覚えた。
光煕は疑いながらも、その目で敵を見つめる……。
浮上している黒い布。そこから覗く白い骨。そして、湾曲した大鎌。
間違い無く、死神だった。
「どうして、なんで……」
あり得る筈が無いと、光煕は途方に暮れつつも頭を働かせる。
あの死神は今現在、煙の中で彷徨っている筈。もし、俺以上のスピードで動き、先回りをしていたとしても、それなら後ろから不意を突けばいい筈だ……。
そこから導き出された結論は――、
「くそっ……。二段構えか」
何故、奇声は聞こえるのに、途中で死神に遭遇しなかったのか。
何故、玄関付近で死神は待機していたのか。
全て、納得がいった。
光煕は急いで懐に手を忍ばせ、残った最後の武器、拳銃を取り出す。
死神は驚く事も無く、ゆっくりとその鎌を上へ差し向ける。
見れば、後ろからもう一体、敵が迫っている。さっき対峙した奴だ。
「「ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛」」
完全に、挟み撃ちの状態。逃げる隙も無く、手の内にある武器も使えない。八方塞の光煕にとって、最早打つ手は無かった。
「畜生……っ!」
もう震えさえ起きない。限界を超えた光煕の頭は、自己嫌悪で覆い尽くされ、拳銃をヤケクソに地面へと放り投げる。
計画はちゃんと立てた。作戦も上手くいった。けど、失敗した時の事を考えていなかった。 敗北を前にして、逃げる事すら馬鹿馬鹿しく思った光煕は、膝からガクンと崩れ落ちた。
激しく打つ雨が、ずっしりと重く身体を叩きつける。
死神達は獲物のすぐ傍まで近寄り、勝利の雄叫びを上げる。
「「あぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」」
小さき生命へ、明確な死が定めを振り下ろされる――その時、
「こっち!」
どこからか、か細い声が聞こえる――瞬間、眩い光が視界一面に現れた。反射的に瞼を閉じる。
「「ぁ゛ぁ゛……ぁ゛あ゛あ゛あ゛!」」
奇声が、苦を訴えるように悲鳴を上げる。
「何してやがる。早くこっち来いってんだ! ほら!」
さっきとは違う、図太い声。光煕はその人物に襟を掴まれ、強引に引き摺られる。
一目その姿を見ようと思った光煕は、無気力な筋肉を動かし、首を曲げたが、この眩しい光のせいで、目を開けられない。
「あんた……は?」
せめて、名前だけでもと必死に口を動かす。すると、静かな返答。
「正義の味方だ。小童」
その声と共に、光煕は眠りに落ちた。
part1、これにて閉幕に御座います。
もちろん、part1と付いているという事は、part2もありますので、
完成次第載せようと思います。
もしよろしければ、評価の程をお教えいただけたらなぁ……と思っておりますので、どうか、よろしくお願いします。
なにぶん、まだまだ未熟な者で……w
では、またノシ