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ガリ勉志望の俺、入学初日に100万円の指輪を押し付けられる

 キーンコーンカーンコーン


 チャイムが鳴る。


 俺はそっと開いていた文庫本を閉じ、バッグの中にしまう。


 入学おめでとうございますと書かれた黒板の前に担任の教師がやってくる。若い女教師だった。


「皆さん、ご入学おめでとうございます。これから一年間よろしくお願いします」


 丁寧に頭を下げる。若い故か生徒を下に見ていないその態度には好感が持てた。


「それでは早速ですが、皆さんにも自己紹介をしてもらいたいと思います。出席番号順にお願いします。では、青木君から、どうぞ」


「え………、あ、はい」


こういう時にア行の苗字は不利だな、なんて思いつつ自分の番が回ってくるのを静かに待つ。


 青木、神田、斎藤、田辺、中山………。皆緊張した面持ちだ。途中でふざけるやつもいない、ごく普通の自己紹介が繰り広げられていく。とりあえず妙な空気にならなくてよかったと安堵する。


 俺の前の奴が自己紹介を終え席に着く。いよいよ俺の番だ。


氷室翔太(ひむろしょうた)です。一年間よろしくお願いします」


 その一言だけを言い終え、頭を軽く下げる。そして何事もなかったかのように俺の後ろの奴が席を立つ。平穏な学校生活が始まりそうだと心から安堵する。席もほぼ教室の中心。所謂“主人公席”からはかけ離れている。よし、これで心から受験勉強に打ち込める。


 ここは進学校の私立高勾原たかまがはら高校。ここでの勉強漬けの学園生活を夢見て俺はここに入学したのだ。


 全員が自己紹介を終えたタイミングで教師が口を開く。


「はい、皆さんありがとうございました、改めて一年間よろしくお願いします。では次は学校内の施設紹介になります。私が案内していきますので皆さんついてきてください。それが終わったら教室に戻って、クラス内の役職決めを行います。では出席番号順に私の後ろに二列になってついてきてください」


 教師が手招きをしながら教室を出ていく。先ほど先陣を切って自己紹介をした青木からその後ろについていく。鴨の親子のようだな、なんて思いつつ俺も鴨の一員となり前の奴についていく。


ここが体育館で………。職員室はあちらに………。生徒会室がここになりまして………。


 鴨たちは親鳥に忠実についていき学校中を歩き回った。馬鹿高い入学金を要求してくる私立の高校だけあって校内の設備はどれも綺麗でまた広々としたものだった。


「こちらが売店になっています。お弁当を持ってこない人は食堂や売店を使ってください。パンなどの軽食以外にも文房具や様々なものが売っていますので、ぜひ利用してくださいね」


 売店か………、まあほとんど利用することはないだろう。母が弁当を持たせてくれているし………。


 そう思っていると「え、なにあれ」「100万?ヤバくね?」と周囲が小声でざわつきだした。


 100万?売店にそんなものがあるわけ………あった。


 店主の人相の悪い婆さんの後ろに確かに100万と書かれた商品が置いてある。それは形状は勾玉のような形をした装飾が付いた指輪だった。何なんだあれは?


「はいはい、次に行きますよ。隣は食堂です。お昼ご飯は教室かここで食べてくださいね」


 教師が制止をかけ、再び鴨たちを率いていく。しかし、しばらくの間談笑が止むことはなかった。


「はーい、お疲れさまでした。これで皆さんが今後3年間利用する学校の設備が紹介できました。気になる施設はありましたか?規則を守って自由に利用してくださいね」


「次は役員決めですが、その前に10分休憩を挟みますね。なりたい役職や入りたい部活、委員会なんかも決めておいてくださいね。ではこの時間を終わりにします。ありがとうございました」


 そういってまた深くお辞儀をして教師は出ていく。


 キーンコーンカーンコーン


 丁度チャイムが鳴った。休憩時間は一気に空気が弛緩したようで、生徒たちは皆「どの部活入る?」「生徒会やってみようかな」「学級委員長ってなにすんの?」など初対面とは思えないほど盛り上がっていた。


 俺は黙ってバッグの中から文庫本を取り出す。俺は勉強しに来たのだ。部活にも入る予定はないし、委員会などにも興味はない。ただ一生徒として勉学を学べれば、俺としてはそれでいいのだ。


 前の奴が話しかけてくる。


「氷室君………だっけ?氷室君は何の部活に入るとか決めてるの?」


「入るつもりない、興味ないから」


「そっか………」


 前の奴は苦笑いしながら向き直って今度は隣の奴に話しかけている。そんなにも仲間が欲しいものだろうか?一人でも学校生活が送れないなんてことはないと思うのだが………。そこまで群れたがる理由が俺には分からなかった。


 次の時間、無事に役員決めも終わり最後のホームルームになった。


「皆さん静かでとても優秀でした。役員決めもスムーズに終わりましたし、学校紹介も時間通りに終わりました。今日配った書類はどれも重要なものばかりですので熟読しておいてください。また今週中に部活動志望書を配布して部活動を決めてもらいます。この後皆さん様々な部活動から勧誘を受けることもあると思いますので、入りたい部活動にはぜひ参加してみておいてください」


「また4月中には生徒会役員選挙もあります。配布したパンフレットを読んで生徒会がどんなものなのか、誰を委員に選んで学校良くしていくのか、また参加する意思があればその旨を早めに私にも連絡してください。以上で本日の授業は終了です。気をつけて帰ってくださいね。ではクラス委員長、号令を」


「起立、礼」


 選ばれたばかりの委員長が号令をかける。


「ありがとうございました」


 礼が終わると途端に教室は騒がしくなる。


「ねえねえ部活どこいこっか?」「ていうか何中出身?」「委員会選挙出てみる?」「俺が学校変えちゃおっかなー」友達作りのために皆が一生懸命人の腹の内を探り合っている。俺はさっさと立ち上がり教室を後にする。


「君、テニス部は興味ない?」「サッカー部いかがっすか」「手芸部部員募集してまーす」「新聞部、楽しいですよー」


 騒々しい廊下を抜け、足早に下駄箱へと向かう。部活などに興味はないのだ。何度も言うが俺は勉強しに来たのだ。そして優秀な成績を取り大学への推薦を勝ち取る。いや推薦など無くてもいい、自力でいい大学を目指す。どうでもいいことに現を抜かしている時間はない!


 駆け足になりながら売店の前を横切ったときだった。


「待て」


 しゃがれた声で呼び止められた。思わず立ち止まる。


 え、俺のこと?いや、人違いか?


 近くには誰もいない、しかし声が聞こえた気がする、しかしなんとなくこの声に反応すると面倒事になる予感がする。4月1日。この日は皆浮かれているのだ。俺の勉強付けライフの障害になることは道端にたくさん転がっている………。うーんと頭を捻って俺は、今の声は聴き間違いであるという結論を出し、再び歩き出した。


 するとその瞬間


「待て、と言っている」


 再び呼び止められる。今度はさっきよりも力強い声だった。声の方を振り向くと売店の店主の婆がこちらを見ている。目が合った。声の正体は売店の店主の婆だった。


「そこのお前、待て」


「俺………、ですか?」


「お前以外に誰がいる」


 暫くお互いの間に沈黙が流れる。俺は沈黙に耐えられず、口を開いた。


「何ですか?」


「お前は選ばれたのだ」


「は?」


 何を言っているのだろうこの婆は。電波系婆なのか?厨二病な婆って初めて見た、なんて思っていると


「お前は勾玉に選ばれたのだ」


 と婆は繰り返した。


 勾玉に選ばれる?意味が分からない。やはりこの婆ボケているのだろうか?見た感じかなり齢を食っていそうだ。痴呆が着ていても何ら不思議じゃない。雇用されているのは不思議だが。やはり無視してさっさと帰宅すればよかったか。今からでも無視して帰ろうか。


「これだ」


 俺がいろいろと考えを巡らせていると婆は自分の後ろにあるいくつかの勾玉を指さした。それは今日学校紹介の時に見た、あの100万円の、勾玉のついた指輪のことだった。


「お前はこの勾玉に選ばれたのだ」


「選ばれたって………どういうことですか」


「この勾玉は学校に伝わる特別なものだ。それぞれ勾玉によってさまざまな力を発揮する。選ばれた人間がこの勾玉を使うと秘められた能力が使えるのだ。ここにあと3色あるだろう。合計で元は7色あったのだ。そのうちの4つは別の人間に渡った。残っているのはこの3つ。そしてお前はこの水色の勾玉に選ばれた人間なのだ。この水色の勾玉はお前を選んだのだ」


 婆は神妙な面持ちで話している。しかし話が一向に見えてこない。電波系婆かと思ったらスピリチュアル系婆だった。こっちは見たことあるな。それにしても俺が勾玉に選ばれた?やはり意味が分からない。


「とにかくお前はこの勾玉に選ばれたのだ。これを持っていけ」


「持っていけって言いますけど、それ100万円するんですよね?俺にはそんなお金ありませんが」


「100万なんてのは嘘だ。値段なぞどうでもいい、ただ買われないために100万なんてでたらめを書いているだけのことよ。1000万でも1億でも構わん。これは選ばれた人間にしか渡さん。お前は選ばれた人間だから金はとらん。お前はただこれを持っていけ。あとは勾玉の思うままになるだろう」


 胡散臭いにもほどがある。こんなものを受け取ってそれこそ何か変なことにでも巻き込まれたどうしてくれるつもりだ。俺の勉強生活の邪魔になるものは、今の俺にとっては不必要なのだ。


「お断りします」


「駄目だ」


 駄目だった。強情だなこの婆。何が何でもこの胡散臭い勾玉を俺に渡したいらしい。


「そもそも何なんですか、この勾玉のついた指輪、秘められた力を発揮する?とか言っていましたが」


「勾玉の詳しいことについてはワシも知らん。その勾玉がどんな力を発揮するのかもお前が使ってみるまで分からん。ワシはただ勾玉とその主をつなぐ役割を果たすだけだ」


 随分あやふやだ。そんなものをもらって良いのだろうか?一度冷静になって考えてみる。


 スピリチュアルな婆が進めてくる100万円の勾玉付きの指輪、それをタダでくれるという、俺が勾玉に選ばれたからだそうだ、そもそも勾玉に意思があるのが前提であるような喋り方をしている危ない人間から物をもらっていいものか?そしてスピリチュアルな人間の言うタダという言葉。やはり危険だ。絶対に受け取ってはならない。


「お断りします」


「駄目だと言っている」


 駄目か。頑なにこの婆は個の正体不明の勾玉を俺に渡したいらしい。そしてこの勾玉については婆もよくわからないという。


「分かりましたよ………。タダなんですよね?」


 俺は念を押して確認する。後で100万の請求でもされたらたまったものではない。というかそもそも何故こんな怪しいものが学校に置いてあるのだ、学生課は一体何をやってるんだ。


「ああ、持って行ってくれるか」


「はい………」


 渋々俺は婆から勾玉付きの指輪を受け取った。まあ何かあれば最悪学生課に届ければいいだろう。とにかくこんなもので俺の平穏な学生生活を壊されては堪らない。


「もういいですか?」


「ああ、行け」


 俺は婆との会話を終え足早に下駄箱へ向かう。こんなことで時間を使っている場合ではなかった。帰路に着く。早く家に帰って勉強しなければ。


 そして非常に残念なことにこの日以来俺の学校生活は平穏とはかけ離れたものになってしまうことになる。


 この日は4月1日。つまり俺の学校生活は初日から波乱の学校生活のレールへと乗っかってしまっていたのだった。

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