閃き
メラニン侯爵家の庭園で、私がザガロと見知らぬ女性を見かけた日の次のデートに──彼は珍しくやって来た。
もしかしたらあの日、私が馬車から見ていたことに気が付いていたんじゃないか──とか、あの女性のことを内密に調べているのがバレたんじゃないか……とか、せっかくザガロがデートに来てくれたというのに、素直に喜べない自分が嫌になる。
「今日は何処に行く? 私ね、行きたい所がたくさんあって……」
正直、どうせ今日も断られると思っていたから、行き先などは特に考えていなかった。けれど彼が来てくれたのなら、行きたい所はたくさんある。なのに──。
ザガロは「ああ、うん……」と適当に返事をしつつ、街並みを見渡すだけで、私の方を見ようともしない。
それどころか、暫くして何かを見つけたらしく、「あの店に行くぞ」と言うが早いか、私を置いてさっさと歩き出してしまった。
「ちょっと待って!」
小走りに追いかけて行くも、彼はまったく私に構う様子もなく、大きな文房具店へと入って行く。
その後に続き、中に入った私は、店内を見回して思わず「わぁ……!」と歓声を上げてしまった。
店内には様々な種類の文房具があり、所狭しと多くの物が並べられている。しかもペンひとつとっても、機能重視でシンプルなものから、見た目重視でガラスを作って作られたものまであり、価格帯も安価なものから超高額なものまで、びっしりと揃えられていた。
王都広しといえども、これほどまでの品揃えをした店は、他にないんじゃないだろうか──。
そんな風に感心していると、視界の端でザガロが店員さんから小さなカゴを渡されているのが目に入った。
「そのカゴは?」
近付いて尋ねると、彼は品物をカゴに入れながら、めんどくさそうに説明をしてくれる。
「文房具は細かいものが多いからな。欲しいものを全部このカゴに入れて、最後に纏めて会計に持って行くんだ」
「へぇ……そうなんだ。ここの店員さん、頭いいね」
よくそんなこと思い付いたな──と、店員さんの閃きに内心で拍手を送る。
確かに文房具のように細々したものは、こうして一つのカゴに纏める方がいいかもしれない。
父がよく『商売とは、昔からのやり方をダラダラ続けるだけではダメだ。いつでも今の時代に最も合う売り方、儲け方を考え、やり方を変えていかなければ、すぐに飽きられてしまうものだからな』と言っているけれど、このやり方はまさに、そういうことなのだろう。
私は将来メラニン侯爵家に嫁入りする身だから、ノスタリス子爵家に残ることはない。けれどこういう知識はあっても困るものではないから、日々父や兄から勉強させてもらっている。
なにしろ今のメラニン侯爵は、父曰く『人が良いだけで経営手腕はマイナス』な人らしいから、いつまでも実家からの支援に頼るのも情けないし、ザガロと結婚して私が侯爵夫人になった暁には、なんとしても財政を黒字に持っていきたい──と思っているから。
そのためには、一に勉強、二に勉強。三、四がなくて五に勉強ぐらいでなければ、とても今のメラニン侯爵家の状況を覆すなんてできない。そう思っていたけれど──。
今の話を聞いて、商売には“閃き”も必要なのかも──と考えていると、ザガロがとんでもない一言を口にした。




