見知らぬ女性
馬車でメラニン侯爵家の横を通った時──庭のガゼボで、ザガロが見知らぬ女性とお茶をしているのが見えた。
と言っても、女性はこちらに背を向ける格好で座っていたため、顔は見えなかったのだけれど、さらりと風に靡くピンク色の髪がとても綺麗で──。
彼女の斜め前の位置で紅茶を飲むザガロは、うっすらと頬を染め、満面の笑顔で話をしている。
私と一緒にいる時は、ただの一度だって、あんな風に頬を染めたことはなかったのに……。
ズキン──と胸に痛みがはしる。
あまりにも幸せそうなザガロの様子に、私はどうして彼が最近になって急にデートをキャンセルし始めたのか、その理由が分かってしまった。
おそらく彼は、一分、一秒でも多く彼女と一緒にいたいがために、私との約束をすっぽかし、彼女のことを優先していたのだ。
私への態度がおざなりだったのは、彼女に心が移ってしまったから──。
それにしても、彼女は一体誰なんだろう?
侯爵家内のガゼボで男女二人きり──周囲にメイドが何人かいるけれど──でお茶をするなんて、ザガロの婚約者の私から言わせてもらえば、不誠実極まりない行動だ。そんなことを侯爵様が許すとは思えないし、もし侯爵様が屋敷を留守にしているのだとしても、躾の行き届いた侯爵家の使用人達なら顔を顰めるはず。
なのに二人の周囲にいるメイド達は、みな微笑ましげな様子で二人を見守っている。
どうして? ザガロとあの女性の関係は、どういったものだというの?
穴が開くほど二人を見つめている私の視線の先で、今もザガロは優しく微笑んでいる。
そんな彼に女性も言葉を返しているのだろう。刹那ザガロの顔が火をつけたように赤くなり、ついで照れくさそうに頬を掻いた。
どうしてあそこにいるのが私じゃないんだろう? ザガロの婚約者は私なのに……。
彼が笑うたび、頬を染めるたび、私の胸は何かに締め付けられているかのように、キリキリと痛む。
そんな風に微笑わないで。顔を赤くしないで。嫌だよ、ザガロ……。
目が潤みそうになるのを歯を食いしばることで耐え、痛む胸を服の上から強く押さえる。
その人は誰なの? どうしてそんなに仲良さそうにしているの? ザガロは私より、その人の方がいいの?
馬車の中からザガロを見つめ、懸命に問いかけるも、彼がそれに答えることはない。
せめて私に気付いてくれたら──そう願い、見つめ続けたけれど、結局彼の視線は一度たりとも私へ向くことはなかった。
「……もう、いいわ」
どれくらいの間、二人の姿を眺めていただろうか。
私はそっと窓から視線を外すと、御者に向かって邸へ帰るようにと告げた。
「……いいのですか?」
御者もザガロと女性の姿を当然見ていたのだろう。声には気遣わしげな響きが含まれていたけれど、私は気丈に振る舞い、少しだけ大きな声を出した。
「いいのよ! ……早く馬車を出して」
「かしこまりました」
どうせ今侯爵家に乗り込んで行ったところで、ザガロには嫌な顔をされるに決まっている。だったら今日のところは大人しく帰って、あの女性のことを調べるべきだ。
その上で、もし彼が不貞を犯しているなら改めてもらいたいし、そうでないとしても──あの女性の素性を知ることはできるだろう。
彼女が何故、ああも堂々と侯爵家の庭でザガロと二人だけでお茶をすることができたのか。
侯爵家の使用人達は、どうして皆それを微笑ましげに見つめていたのか。
その理由を、絶対に突き止めてみせる。




