心臓の痛み
その日を境に、ザガロの態度は目に見えて変わっていった。
今後はしないと言ったはずが、またも同じようにすっぽかされたり、当日になってキャンセルの手紙を寄越したり──。
これまでは週末に予定が入ることなんて滅多になかったのに、今ではほぼ毎週のように予定が入り、「だったら当日ではなく、せめて前日までには教えて欲しい」と手紙を書いても、「当日急に用事が入るのだから仕方がないだろう」と、とりつく島もない返事が来る。
仕方なく父に相談してみたけれど、「ザガロ君にだって用事がある時ぐらいあるだろう。今のうちからそんなことでは、結婚してから苦労するぞ」と、取り合ってはもらえなかった。
どう考えても、今のザガロの態度は以前と比べて違いすぎるのに──。
理解してもらえないことに落ち込む私に、母が「メラニン侯爵様は立派な方ですもの。そのご子息であるザガロ君だって、不義理を働くような子ではないと思うわ。だからもう少しだけ信じてみましょう?」と言って、優しく抱きしめてくれた。
私だって、できればザガロを信じたい。けれど、こうもデートをすっぽかされて、彼の何を信じればいいというの?
お互いが十歳の時に婚約を結んでから、今の関係になるまでに三年という年月を費やしてきた。
最初は月に一度のお茶会から始まって、それが月二回になって、毎週になって、そのうちお茶会のうちの一回がデートになって、それが今では毎週に──。
半年後には、貴族学園に入学する予定の私達。
ついこの間までは入学するのがとても楽しみだったけれど、今ではとてもそんな気分になんてなれない。
こんな風にザガロと会えなくなってしまって、学園で彼と仲良くやっていくことなんてできるの?
急激に不安が押し寄せてきて、居ても立ってもいられなくなる。とにかくこのままじゃ駄目だと、一度ザガロに会って話をしなければと決意した私は、勇気を出してメラニン侯爵家に向かうことにした。
今日は週末じゃないし、ザガロは私が屋敷に来るとは考えてもいないはず……。
もしかしたら叱責されるかもしれないけれど、週末に約束してもどうせ会えないのだから、許してほしい。
そう自分の中で言い訳をしながら、私は馬車の窓から流れる景色へと視線を向けた。
もし今日も、早く帰れと言われたら……。
以前侯爵家を訪れた際に、「早く帰れ」とザガロに態度で示されたことを思い出す。
あの日と同じく、今日も思い付きで邸を出て来てしまったため、当然ながら前触れなんてものは出さずに来てしまった。
そもそもお金の力で平民から一気に子爵へと駆け上った我が家は全く貴族らしくなく、表面上だけ何とかそれらしく装っているような状態だ。だからこそ言葉遣いも未だ私は平民寄りだし、貴族の礼儀である先触れなどもちょいちょい飛ばして侯爵家へと突撃してしまう。
それでも侯爵家の方々はとても優しいから、これまで一度も注意なんてされたことはないけれど。
「そういえばお父様が、貴族学園に入学する以上はきちんとした礼儀を身につけてないといけないから、厳しい教師をつけるって言ってたなあ……」
たった半年で礼儀なんて身につくものなんだろうか?
そんな風に思うも、年数かけたところで私は絶対逃げ出していたに違いないから、さすが父親だけあって、娘の性格をよく把握している、とも思う。
「どうせ“成り上がり貴族”って馬鹿にされるのは目に見えてるんだから、せめて礼儀ぐらい完璧にして見返してやりた──ち、ちょっと止めて!」
言葉の途中であるものが目に入り、私は慌てて馬車を止めてもらった。
それから今見えたものを凝視し、それが何だか分かった途端──まるで心臓を鷲掴みにされたかのような痛みを感じた。
「なに、あれ……。どういうことなの……?」




