こんな時でも母優先
切実な願い──無茶振りとも言う──を口にしながら詰め寄ってくるクロニエ様に押されるようにして、私は彼と父の間で現実的な板挟みになる。
「どうかお願いです。僕はメラニン侯爵令息のような馬鹿な真似は絶対にしません! 神にも、この命に誓っても、あなただけを想い、大切にすると約束しますから、だからどうか僕の願いを受け入れてはいただけませんか?」
「そ、そんなこと急に言われても……」
まだザガロに突きつけた婚約破棄だってどうなるか分からないし、確かに『お金で愛を買いたい』とは言ったけど、あれはその場の雰囲気で何となく口にしてしまっただけで、本気でそう思ったわけじゃなかったし──。
ぐるぐると言い訳の言葉が頭の中を駆け巡るも、間近に迫るクロニエ様の顔が整いすぎていて、それを押し留めるだけで精一杯だ。
そもそもクロニエ様は家柄こそ男爵家と低位だけれど、父親は王宮の文官長をされているらしいし、母親は家政を完璧に取り仕切る才媛だと有名なのよね。
そんな二人の血を引く息子であるクロニエ様も当然ながら頭の出来は良いらしく、学園入学前の試験ではトップの成績だったと担任が言っていた。
しかも、柔らかそうな青い髪と、澄み渡る空をそのまま閉じ込めたかのような瞳の色をした彼は、入学式でこっそり“クールビューティ”なんてあだ名をつけられてしまうぐらいに整った顔の持ち主でもあるのだ。
そんな美形に至近距離から詰め寄られて、無碍に扱うことができる人なんているわけがない。
「ノスタリス子爵令嬢、どうか、どうかお願いします」
「お、お父様……」
どうしようもなくなり、隣で面白そうに静観している父に助けを求めてみるも──。
「すまんなミディア。私は先ほど口を出さぬと、カスパル君に約束をしてしまったものでな。悪いが自分で何とかしてくれ」
と切り捨てられた。
「えっ!? ちょ……」
確かにさっき、父がそんなことを言っていたような気がするけれど。
それでも実の娘がこんなに困っているのだから、助け舟の一つも出さないっていうのは、流石に酷いんじゃ──。
そう思ったのは束の間。
次の瞬間には、思いっきり湖の底へ向かって突き落とされていた。
「ああ、そうだミディア。カスパル君の愛を買うにしろ、買わないにしろ、金を出すのはお前だからな。よって、私はお前が彼をどうしようと、それについて口を出す気はさらさらないから、安心していいぞ。彼曰く、既にクロニエ男爵側の説得は済んでいるそうだ。なかなかに手際のいい青年じゃないか。どこぞの馬鹿などより、よほど値打ちがあると思うがな」
楽しげに肩を揺らして笑うと、父はポンと私の肩を一つ叩き、そのまま立ち上がって部屋から出ていってしまう。
「お、お父様……!」
助け舟どころか、容赦なく突き落とされた心地になって父の背中に手を伸ばすも、「母様を迎えに行ってくる」と言われ、がくりと力を失った。




