曖昧な記憶
「ほぅ……なるほど。君の言い分は理解した。そういうことであれば店の今後のことも考え、今回に限り私が娘の代わりに宝飾品の支払いをしてやろう」
僕の話を最後まで聞き終えた子爵は、そう言って小切手を差し出してきた。
が、ここで素直に受け取るわけにはいかない。
本当は喉から手が出るほどにその小切手が欲しいところだが、あまりにも簡単に受け取ってしまえば、僕が単に金目当てでここに来たと思われてしまう。
ここは一度断る振りをして、僕はそんな人間じゃないということを子爵に印象付けなければならない。
たとえ嘘でも目が飛び出るほどの金額の小切手の受け取りを拒否するのは気が引けるが、どうせ最終的には自分のものになるのだ。僕は口の端から垂れそうになる涎をごくりと飲み込むと、紳士的な動作で小切手を押し返した。
「勘違いしないでください。僕は別に支払いを求めてここに来たわけじゃない。今日のミディアの宝飾店での振る舞いが、あまりにも貴族らしからぬものであったため、それを諫めに来ただけであって……」
言いながら、小切手を引っ込められたらどうしようと心配になり、何度もそちらへ目をやってしまう。
多少──どころか大分──話を脚色して、オーダーメイドの宝飾品をミディアの気分によって手に入れられなかった僕の悲しみと、料金未払いのせいで大赤字を被った店側の悲惨さを語ってみたが……どうだろうか。
これで上手くいかなければ、せっかくの宝飾品が空の彼方へと消え、僕とジェニーを学園で婚約者同士だと思わせるという目論見も崩れ去ってしまう。
だからどうか、どうか子爵! その小切手を僕に! 僕に小切手を──!
心底から願いながら、熱い視線を小切手へと向ける。
するとなんと、子爵は妙な条件をつけながらも、最終的には僕にその小切手を渡してくれたのだ!
やっっったぁぁぁぁぁぁぁ!!
思わず両手を上げて叫びたくなったが、ここはまだ子爵家の中だ。平静を装わないといけない。
かくして僕は、その後すぐに宝飾店へととって返し、無事にオーダーメイドの宝飾品を手に入れることに成功したのだった。
「ふへへ……。ジェニーのやつ、喜ぶだろうなぁ」
帰りの馬車内で丁寧に包装された箱を胸に抱きしめ、それを渡した時のジェニーの反応を思い浮かべる。
「ザガロ様大好き!」
なんて言って、頬にキスされたらどうしよう?
いや、全然大歓迎なんだけど、その場合、僕も返すべきなのか?
「だけど恥ずかしいし……いやでも、こんな高い物をプレゼントするんだから、そのぐらいさせてくれても……」
だけど、でも──と一人で色々なことを想像し、赤くなったり、照れて頭を掻いたりと忙しい。
その時、ふと子爵に言われた条件が脳裏をよぎったが、小切手をもらえたことで舞い上がりすぎた僕は、その内容の全てを記憶してはいなかった。
「ミディアと揃いの宝飾品か……。適当にブローチでも注文して、出来上がったら鞄にでも付けてやれば満足するだろう」
まさかそれによって、その後の自分の人生が暗闇に閉ざされてしまうだなんて、思いもせずに──。




