恐ろしい気配
「ミディア! ミディアはいるか!? 出てこい!」
ノスタリス子爵家に到着するなり馬車から飛び降り、僕に向かって頭を下げる使用人達を無視して、僕は邸の中へと乗り込む。
「ミディア! さっきはよくも僕に恥をかかせてくれたな! 二度とそんなことできないようにしてやるから、さっさと出てこい!」
大声をあげて怒鳴り散らすも、ミディアは一向に出てこない。だったらこちらから行ってやる──と更に中へ踏み込もうとすると、ガッチリとした体格の使用人達に止められた。
「離せ! 僕は次期侯爵だぞ! 貴様らのように低俗な使用人が高貴な僕に触れていいと思っているのか? 離せ!」
懸命に暴れるも、使用人達は僕の声などまるで聞こえていないかのように微動だにせず、手を離さない。
こうなったら、父上に言いつけると言って脅すしか──!
そう考えた時だった。
「おやおや、何やら騒がしいと思ったら、メラニン侯爵家のご子息ではないか。元気がいいのは結構なことだが、たとえ婚約者の家であろうとも、許可なく勝手に踏み込もうとするのは些か失礼だとは思わんのかね? しかも我が家の使用人を低俗扱いするとは……彼らを雇っている私に対する侮辱だと受け取るが、かまわんのだな?」
「ひっ……!」
奥の方からゆっくりと姿を現したノスタリス子爵の放つ気配に、思わず僕の口から怯えを伴った声が漏れる。
表面上はとてもにこやかな表情をしているのに、一瞬でも気を抜けば魂ごと生命を持っていかれる──そんな気配だ。
侯爵である父上だって、ここまでの迫力は持っていないのに。
どうしてただの子爵でしかないこの男が、こんなにも恐ろしい気配を纏っているんだ!?
あまりの恐ろしさに、足が震える。しかし、邸内にまで踏み込んでしまった以上、ここで帰るわけにもいかない。
「あ、あの……す、すみませんでした。ぼ、ぼ、僕は……」
結局、恐怖でカチカチと歯を鳴らしながら、頭を下げて謝罪するしかなかった。
僕は侯爵家の嫡男なのに、どうして子爵如きに……!
そんな思いが胸の中で渦巻くも、爵位を継ぐ前である今は、子爵よりも低い立場にいるのだから我慢するしかない。
それに何より、今以上に子爵を怒らせてしまえば、それこそ生命の危機だ。
ちょっとミディアに文句をつけに来たつもりが、まさかこんなことになるなんて……!
「す、すみません。本当に申し訳ありませんでした……」
内心で悔しさに歯を食いしばりながら何度も何度も謝罪を繰り返していると、不意に子爵が口を開いた。
「……で? 君は一体何をしに、我が邸へとやって来たんだね?」
瞬間、僕の心の中が喜びで満たされる。
やった! 子爵に許された!
そのことに勢いついた僕は、つい先ほどまで全身を震わせながら謝罪していたのが嘘であったかのように、宝飾店での話を身振り手振りも付け加え、一気に巻し立てるようにして子爵に伝えたのだった。




