約束とは
「ミディアどうしたんだ? 君はもっと優しい心を持っていたはずだろう? なのにどうして急に、そんな冷たいことを言うんだ?」
怒りに任せて机を叩いたものの、そのせいで手が痛いのだろう。ザガロは机を叩いた手をさりげなく反対の手でさすりながら、私の顔を一心に見つめてくる。
そんな風に見つめられても、私は自分の意見を変えるつもりはないし、ザガロやジェニーさんに同情する気持ちもない。
そもそも、今まで散々彼らに傷付けられてきた私が、どうして同情なんてしなければならないのか。
通うのを楽しみにしていた学園で、入学早々彼らのせいで辱めを受け、明日からの登園が既に憂鬱なものになっているというのに。
「何度も何度も約束を破られれば、冷たくなるのも当たり前でしょう? しかも今度はお父様との約束まで破るだなんて……あなたは一体、人との約束をなんだと思っているの?」
尋ねれば、ザガロはキョトンと不思議そうな顔をした。
「なんだと思ってるって……約束はただ、約束だろう?」
ああ……やっぱり。これはダメだ。
彼の返答に、私はわざとらしく大きなため息を吐く。
「な、なんだよそのため息は? 僕が何か間違ったことを言ったとでも言うのか?」
焦ったように私と父を交互に見てくるザガロに、答える声はない。
彼の返答に対する失望が大きすぎて、答える気も失せてしまった。
約束は、ただ約束──確かに間違ってはいないかもしれない。
けれど、ここで私が求めていた答えは、『簡単に破ってはいけない大切なもの』だった。
貴族として──もちろん商売をする上でも──約束はとても重要な意味を為す。
大した理由もなく約束を反故にするような人物はまず信用されないし、そうなると家同士の付き合いにも当然影響がある。特に、我が家のように商売を生業にしている家であれば、約束を守らないというのは致命的だ。
学園入学前に私とのデートの約束を破り続けていた時点で、ザガロの約束に対する認識は甘いのだろうなと危惧はしていた。
それでも、まさか私の父の前でこんなにも愚かな答えを口にするとは思ってもいなかった。
せめてもう少しぐらい、取り繕った答えを言うだろうと期待していたのに。
けれど……ああ、そうか。そういうことか。
ふと、父がザガロのことを『馬鹿』と言っていたことを思い出す。
あの『馬鹿』っていうのはつまり、こういうことだったのかと。
貴族として生きていく上で大切にしなければならない約束を軽んじていることに対して──それだけではないかもしれないけれど──言っていたのかと、ここにきて漸く私は理解した。
「ザガロ……あなた終わりよ」
「へ? え? な、なにが?」
静かに告げた私に、彼は訳が分からないとばかりに目を白黒させる。
これまで父は、おそらく我が家の商売のために、ザガロの行動に目をつぶってきた。
けれど、ここまで明確に約束を軽んじる態度を彼が見せてしまった以上、今まで通りというわけにはいかないだろう。
ここで彼との婚約が破棄されるか、それとも新たな条件をつけて続けられるか──すべては父の考え次第だ。




