政略結婚
私とザガロがデートする日は、必ずジェニーさんに“お土産”を買う──。
そういった取り決めが私とザガロの間でなされてから、早三ヶ月。
ザガロは、月に一度の頻度で私との待ち合わせ場所へと現れるようになった。
ジェニーさんが義妹として彼の家に受け入れられてからというもの、私とのデートには一度だって顔を出したことがなかったのに──。
そんな私達の婚約は、ザガロの父親であるメラニン侯爵が我が家に頼み込む形で結ばれたものだった。
事業に失敗し、没落寸前であったメラニン侯爵家と、子爵家ながら幅広く事業展開をし、国内有数の資産家と呼ばれる我がノスタリス子爵家。
貴族でありながら爵位より金銭を尊ぶ我が家にとって、メラニン侯爵家との縁談は正直言ってなんの旨みもない話ではあったのだけれど、子爵家の当主であるお父様に、侯爵であるメラニン様が直接額を床に擦り付けてまでお願いしてきたことで、情に厚いお父様が絆されて、この縁談を受けてしまったのだ。
お金が絡むと鬼にも死神にもなるお父様だけど、根っこの部分では人が良いから……なんとも言えない。
それでも一応最低限の調査はしてくれたみたいで、
「我が家の伝手を使って調べさせた結果、嫡男であるザガロ君には特に問題もないようだし、何よりこの縁談は、あちらからの申し入れだ。必ずお前を大切にしてくださるだろう」
とのことで、彼との初顔合わせの後、私達の婚約はお互いが十歳となる年に、正式に結ばれた。
この縁談の目的が我が家の資産だということは最初から分かりきっていたけれど、それでも婚約したての頃のザガロは、こんな冷たい人じゃなかった。
待ち合わせをすっぽかしたり、遅刻したりすることもなかったし、なんなら私より早く待ち合わせ場所に来て、嫌な顔せず待っていてくれたりもした。
デート中のエスコートも完璧で、さすが侯爵家の令息だと感心させられる気の配り方をし、少しでも私が落ち込んでいるそぶりを見せると、親身になって相談にのってくれたりもしたのだ。
我が家は国内有数の資産家ではあるけれど、爵位が子爵と低いことで馬鹿にされることも多いなか、彼はいつでもそういった相手から私を守ってくれたし、それでもしつこく食い下がってくる相手には、侯爵家の権力を振りかざして相手を黙らせてくれたりもした。
そんな風に大切にされて、どうして惹かれずにいられるだろうか──。
そういった日々を過ごすうち、当然の流れのように私はいつしかザガロに好意を抱くようになり、それは彼も同じなのだと信じて疑いもしていなかった。……ううん、今思えば彼の私に対する優しさを、好意と間違えて捉えていた私が悪い。
彼がジェニーさんに接する態度を見て、私はそのことにようやく気づいた。気づかざるを得なかった。
だってザガロはあんな風に熱のこもった眼差しを私には向けてくれない。あんなにも優しい、甘ったるい声で話しかけてもくれない。
全部、私がされたことのないことばかりを、彼はジェニーさんに対してしている。
私はただ、彼の家を援助するための政略結婚の相手として、優しくされていただけだったのだ──。




