小さな願い
波乱となった入学初日を何とか乗り切った私は、うつむいた姿勢で馬車止めへの道を一人で歩いていた。
本当なら淑女らしく毅然と胸を張って歩かねばならないところだけれど、今の私はとてもそんな気分にはなれない。
何故かというと、ザガロとジェニーさん──二人についての問題はもちろんのこと、初日にお友達を作るという自分自身に課した目標を、達成することができなかったからだ。
「世の中、そんなに甘くはないわね……」
自嘲の呟きが口から漏れる。
実際のところ、私と友達になろうと声をかけてくれた人はクラスに何人かいた。
けれどそれは、上位貴族のご令嬢の派閥に入らないか──というお誘いであったり、経営難に陥っている家からの援助目的による声掛けであったり……どれも下心のあるものばかりで、私の望む“純粋な友達”とは程遠く、正直どの声掛けにも頷く気は起こらなかった。
私が欲しいのは家やお金を目的とした繋がりではなく、お互いを信頼し合い、悩みを相談できるような友達であって、決して打算的に繋がった友達ではないのだから。
心を許しあった友達と、学園生活を一緒に過ごす──そんな小さくも簡単に叶えられそうな願いを夢に見ながら、私は学園に入学する日をずっと楽しみにしてきた。
こんなことを言うと、父に『友情など金で買ってしまえばいいだろう』と言われそうだったから、今まで一度もこのことを口にしたことはなかったけれど、私はずっと“お金で買えない友情”というものに憧れてきたのだ。いくら家がお金持ちだとはいえ、何でもかんでもお金で済ませてしまうのは、納得がいかなかったから。
それに、お金で繋がる関係は、上下関係ができやすくなる。
友達にお金で恩を売った時点で、私達は対等な関係ではなくなってしまうと思えてしまい、それはどうしても嫌だった。
ザガロとの関係はお金で構築されているのに、友達関係はお金で繋がるのが嫌だなんて──とんだ我が儘だと自分でも思う。
経営難の家の人達から見れば、私は十分すぎるほどに恵まれているだろうし。
子爵家の令嬢という貴族としては下位の立場でありながら、侯爵家の嫡男の婚約者であるため、将来は侯爵夫人となることが約束されている私。
しかも、家の財産は潤沢で、国内の主要な商会をいくつも所有しているため、たとえ高位貴族であろうとも表立って我が家に喧嘩を売ってくるような人などいない。
そんな恵まれた自分がこんな風に考えることは、他の人達からしたら、我が儘と捉えられるのだろう。
けれど、人の欲望には限りがないから。
一つの願いが叶えば次、次が叶えばまた次──と、際限なく欲望は湧いて出てくる。
それに、私だってすべてが思い通りになっているわけではない。
その筆頭となるのが──言わずもがな、ザガロのことだ。




