嫌な予感
宝飾店を出た後、すぐに邸へと帰宅した私は、自室で紅茶を飲んでくつろいでいた。
と、不意に誰かの叫ぶような声が耳に入り、やっぱり来たわね──とため息を吐きながらカップを戻す。
どう転んでもザガロにあの宝飾品の支払いなんてできるはずがないから、私が拒否して帰った時点で、遅かれ早かれ邸へ来るだろうとは思っていた。けれど今回は、ジェニーさんにお土産を買うのとは事情が違うため、彼になんと言って怒鳴られようと、詰られようと、折れるつもりはなかった。
私だって彼に蔑ろにされ続けたこの一年間、思うことがなかったわけではないのだから。
以前は初めて怒鳴られたこともあって萎縮してしまい、謝ることしかできなかったけれど、今日の私は間違ったことなど何もしていないし、言ってもいない。
だからザガロに何を言われたところで、謝る必要なんてないはず──と思っていた。
私に対して酷いことをしてきたのは彼の方であり、むしろ私は被害者なのだと。
婚約者である私を無視して、義妹であるジェニーさんとお揃いのアクセサリーを着けて学園に通うだなんて、常識を逸脱した行為でしかない。なのにまさか、それが言い方一つでいとも簡単に覆されてしまうなんて思ってもみなかった。
部屋にいてもどうせ呼ばれるだろうからと、私が自主的に玄関へと階段を下りて行った時──玄関ホールで話をしている、ザガロと父を見つけた。
まずい……。
直感的に、そう思った。
メラニン侯爵の人柄のせいか、父は盲目的にザガロを信用している節がある。
いくらメラニン侯爵がいい人だからといって、その息子であるザガロまでもが必ずしもいい人だとは限らないのに。
父に向かって、身振り手振りをしながら懸命になにごとかを訴えているザガロの姿に思わず足が止まってしまい、私は踊り場から二人の様子を窺った。
すると、ややあって内ポケットから何かを取り出した父が、ペンで何かを書きつけると、それをそのままザガロへと差し出したのだ。
あれは何……?
私が目を凝らそうとした瞬間、ザガロの顔に、驚きとも喜びともつかぬ表情が浮かび上がる。
けれど彼はすぐにそれを申し訳なさげなものへと変化させると、父が差し出したものを遠慮するような素振りを見せた。が──口の端が上がるのを隠しきれていなかったから、形式上、そういった振りをしただけなのだろう。最終的にはそれを受け取り、父に深々とお辞儀をした後、満面の笑みを浮かべて帰っていった。
帰る間際、ほんの一瞬私へと視線を向けて、意地悪く口角を上げていたけれど、あれはどういう意味の笑みだったのだろう?
父が彼に渡したものはなんだったのか。
それに、私に文句を言うために邸へと来たはずのザガロが、当事者の私に何も言わずに帰ったことも気にかかる。
考えたところでどうにも分からず、ぼんやりとその場に佇んだままでいると、不意に私に気付いた父と目が合い、執務室へ来るようにと言われた。
なんだろう? なんだか嫌な予感がする……。




