許容範囲
静まり返る室内。
ザガロは、帰ろうとして首だけ振り向いた状態のまま、信じられないものを見るような目で私のことを見つめていた。
「ミディアお前、払えないってどういうことだよ……」
身体の向きを変えると同時に、不満を露わにした声が、彼の口から漏れる。
どういうことも何も、これだけの金額のものを勝手に注文しておいて、サラッと全額出してもらえると思う方がおかしいのではないだろうか。
もっと安い物ならともかくとして、ここまで高い物を一銭も出さずに手に入れるなど、普通に考えれば不可能だ。けれどザガロは──おそらく私のこれまでの行いのせいで、勘違いをしてしまったのだろう。それについては申し訳ないと思うが、だからといって、私はその支払いをする気にはなれなかった。
確かに私は今までのデートで、全ての経費を自分のお小遣いという名の個人資産から支払ってきた。その理由は、メラニン侯爵家の財政が厳しく、ザガロが満足にお小遣いをもらっていないことを知っていたからだ。
お金を持っていないのに、デートのたびに“必要経費”と銘打って無理やりお金を使わせていたら、『デートはお金がかかるもの』と彼に思わせてしまうかもしれない。そうなったら、少ないお小遣いを減らしたくなくて、デートに来てくれなくなってしまうかもしれない──と心配になったから、自分がお金を負担することにしたのだ。
そうすることで、彼が心おきなくデートに来てくれれば、それで良かったから。
だからこそ、私はデートのたびに自分の持っている資産を使って、できる限りザガロのお願いに応えてきた。
例えば、彼がデートでオペラが見たいと言えば特別席のチケットを取り、流行りのカフェに行ってみたいと言えば、貴族用の個室の予約をお金にものを言わせてねじ込んだ。他にも、ジェニーさんへのお土産だとか、行列のできるお店のお菓子だとか──とにかく色々、可能な限り全ての要望に応え、私は必死の思いでザガロに尽くしてきた。
けれど──今回のこれは、明らかに話が違う。
今までのデートと違い、私には何一つ関係のない代物だ。
これまでだってザガロとデートに出掛けて、その先で彼が好き勝手に私とは全く関係のない買い物をしたことは、数えきれないほどあった。
例えば、この前の文房具だってそうだ。
ああいう物であれば、探せば他にも同じ物を持っている人はいるだろうし、なんなら私だって同じ物をこっそり購入することは可能だったから、何も言わなかった。
けれどこれは……オーダーメイドの宝飾品──しかも、馬鹿高い金額の──は違う。
私にとっては他人──義妹──である人と、彼がオーダーメイドでお揃いの物を──しかも私のお金で──購入するなんて、とても正気とは思えなかった。
いくら私が一方的にザガロのことを好きだとはいえ、これだけは許容できない。許容範囲を超えている。
ここまでの金額を支払って、彼とジェニーさんを学園で恋人気取りにさせるなんて、頭を床に擦り付けながら頼まれたってお断りだ。
だから──私はザガロの目を真っ直ぐに見返すと、室内にいる店員達にも聞こえるように、ハッキリとした声で言った。




