請求書
「請求書は、こちらでございます」
考え事で頭をいっぱいにしていると、不意に聞こえた店員の声が、私を現実へと引き戻した。
「え、ええと……? 請求書って……?」
この店で買い物した覚えはないんだけど?
嫌な予感がしつつ、私は店員に示されるまま、机の上の書類に目をやる。
すると、『請求書』と大きく書かれたその書類には、デカデカと大きな文字で、びっくりするほどの金額が書き込まれていた。
「なっ……! 何これ!?」
こんなにも高額な買い物、今まで一度だってしたことないのに!
あまりの衝撃に、つい大きな声が出てしまう。
これは……この金額は、いくらなんでも……。
下手したら伯爵位の屋敷一つぐらい、買えてしまうのではないだろうか。そう思えるほどに、高い金額。
「ねぇザガロ、これはいくらなんでも……」
「ミディアの家なら楽勝だろ?」
抗議しようとする私をよそに、「金持ちの婚約者がいて俺は幸せだな」──なんて恥ずかしげもなく堂々と言って、偉そうな態度で足を組み替えるザガロ。
つまり、彼が今日私をこのお店に連れて来たのは、ジェニーさんとお揃いで着ける宝飾品を受け取るために、私にお金を払わせる必要があったから。
私に宝飾品を贈ろうだとか、お揃いで何かを着けようだとか、そんな考えを持ったわけでは決してない。彼はただただ、義妹のジェニーさんにプレゼントするためだけに私を……──。
「ふ、ふふ……ふふふ……」
知らず、口から笑いが漏れた。
私はいつまでこんな人に期待し続けるんだろう。彼の気持ちはジェニーさんが現れたその瞬間から、とっくに彼女へと移ってしまっていたというのに。
今日だって、結局はジェニーさんへの贈り物をするためで、私のためにデートに来てくれたわけじゃなかった。この店に来たのだって、全てはジェニーさんのため。
そう思ったら、高い金額を払うのが馬鹿みたいに思えてきて──。
そもそもが、この金額は私のお小遣いの許容範囲を超えている。
それでも彼と私の二人で身に着けるものならば、多少無理をしてでも購入したに違いない。けれどこれは、彼とジェニーさんがお揃いで着けるもの。私には何の関係もないのだ。
ならば無理してまでお金を出す必要はないわけで。
愛想良く笑みを浮かべている店員を見て、私はごくりと唾を飲み込む。
「お金が払えない」──なんて言葉を、自分が言う日が来るなんて考えもしていなかった。
でも言わなければ、ここで支払いを大人しく受け入れてしまえば、今後も彼のこういった高額な散財は続くかもしれない。もしそうなった時、苦しむのは間違いなく私だろう。だったら──正直に言って拒否するしかない。
覚悟を決めて、私が口を開こうとした時だった。
「お待たせ致しました」
宝飾品を包み終えた店員が戻ってきて、包みをザガロに手渡したのだ。
ちょっと! 品物を渡すのは、お金の支払いが終わってからにしてよ!
という私の心の声を置き去りにして──。
品物を受け取るや否や、ザガロは満面の笑みを浮かべ、「これで学園の準備はバッチリだな」などと宣った。これから私が、支払いを拒否するなんて知らないで。
支払いを拒否したら、間違いなく彼に嫌われてしまうだろうけれど、今の私にはそんなこと、もうどうでも良かった。
ううん、本当はどうでも良くなんかない。できれば嫌われずにいたかったけど、それでも、他の女性とお揃いの宝飾品を身に着けるザガロを、三年間も学園で見続けるなんて地獄を味わいたくはなかったから。
「それじゃミディア、後はよろしく」
「あ、待って! あ、あの……!」
私は彼が帰ってしまう前にと、慌てて口を開く。
「申し訳ないですけど、この金額はお支払いできません!」
そう言った刹那、静寂が、その場を支配したのだった──。




