断ち切れた絆
まさか、この声は──。
嫌な胸騒ぎがし、ザガロは声のする方へと引き寄せられるかのようにフラフラと近づく。
「おい、お前、一体どこへ──」
それを見咎めた男がザガロの首根っこを掴もうとしたが、「僕の義妹の声がしたんです」と言うと、男は興味深げな顔になり、伸ばしていた手を引っ込めた。
そうして入口へと向かうザガロの後をついてきながら、店中に響き渡りそうなほど大声で叫んでいる女の声に、わざとらしく耳を塞ぐ。
「お前の義妹ってぇのは、随分と元気なんだな。……まさかとは思うが、お前の身請けをするために金を持ってきたわけじゃねぇよな?」
「……そんなことは、あり得ませんよ」
小さな声で、ザガロは自嘲するかのように答える。
今の男爵家にそんなお金がないことは分かりきっているし、何億分の一の可能性でありえたとしても、その支払いにジェニーが来ることはもっとあり得ない。なぜなら父親であるメラニン男爵は、自分が生きている限り、二度とザガロとジェニーを会わせることはない──と言ったのだから。
それなのに、どうしてジェニーがここへ?
頭の中に大量の疑問符を浮かべながら、ザガロがようやく店の入口へと辿り着いた瞬間──。
「ザガロ!」
と大きな声で名を呼ばれた。
反射的に声のした方へ視線を向けると、そこにいたのはやっぱりジェニーで。
「ジェニー……こんな所で何をしてるんだ?」
「何してるって……あんたこそ、どうしてここに? 私はあんたに貰ったアクセサリーを換金しようとしたら、とんでもなく安い値段で買い叩かれそうになったから、『この店は詐欺だ!』って騒いだだけよ。そしたら変な男達に捕まって、無理やりこの店に連れてこられたの! こいつらのこと知ってるなら、私を解放するように言ってよ!」
「ああ、そういうことか……」
その話を聞いて、ザガロは大きなため息を吐く。
おそらくジェニーはオーダーメイドの宝飾品の価値を正しく知らないのだろう。多くの人に合うように作られた既製品とは違い、注文した人の好みに沿って作られたオーダメイドの品は、使われている宝石にしか価値を認められないことが少なくないということを。
そのため、土台から宝石を取り出す工程や、その難易度によって買取価格が手数料として大幅に下げられることが多く、購入時にいくら大金を支払ってそれを手に入れたとしても、売り払う際には二束三文にしかならない場合も往々にしてあり得るのだ。それを知らずに騒ぎ立てたジェニーは、店に悪質な嫌がらせをしたとして、男達に連行されて来たに違いない。
「ねぇザガロ! 私は間違ったことしてないわよね? あんたからもこの人達になんか言ってよ!」
義妹として侯爵家で一緒に住んでいた頃とは変わり果ててしまったジェニーの姿を、ザガロは信じられないものを見るような目で見つめた。
誰よりも可憐だと思っていた少女が、これか? 病弱で、気が弱くて、自分が守ってやらなければいけない存在なのだと思っていた。それが今や鬼婆のように髪を振り乱して暴れ、周りの視線を気にすることなく大声で喚いている。
自分が結婚しようと思っていた女の本性は、これだったのか? 大金持ちの後ろ楯を失い、こんな暮らしに身を落としてまでも自分が求めた少女は、こんなにも醜かったと?
貴族としての煌びやかな生活を、こんな見た目だけの──今はその見た目ですら、醜悪にしか思えないが──女のせいで、自分は失う羽目になったというのか?
「お前が……」
ザガロは腹の底から、徐々に怒りの感情が湧き上がってくるのを感じた。
「お前が何も知らない馬鹿だからいけないんだ! この醜女!」
「なっ……この私が醜女ですってぇ!? もう一回言ってみなさいよ、この不細工!」
「ああ、何度だって言ってやるよ。この醜女、醜女、醜女!」
「きーーーーっ! 不細工のくせに目まで悪くなったの!? あんたなんか死んじゃえ! カス!」
二人はそのまま店先で醜い言い争いを始めてしまった。
あまりにも大きな声で騒ぐものだから、そのやり取りに惹きつけられた人達が興味本位で足を運び、商売上手な店主が集まった人達から見物料をせしめていく。
かつては──表面上──仲の良かった義兄妹の絆はその日、完全に断ち切れた──。




