現実から目を逸らす
クロニエ男爵家の門扉を越え、ゆっくりと馬車が入ってくる。
その様子を玄関前で待機しながら見つめていたザガロは、忌々しげに舌打ちをした。
僕は侯爵家の嫡男なのに、なんだってこんなことを……。
自分自身が作った借金のせいで、メラニン侯爵家が男爵家になった事実をザガロは知らない。いや、今はメラニン男爵となった父親から手紙で知らされはしたのだが、ザガロはそれを受け入れられず、現実から目を逸らした。
故に今も頑なに、自分は侯爵家の嫡男だと信じている。既にメラニン男爵は元侯爵家だった屋敷を追われ、ノスタリス子爵家の領地の端で細々と生活しているだけだというのに。
「父上も父上だ。ちょっとノスタリス子爵との約束を破って、ついでにジェニーに手を出しただけなのに、何も学園を退学までさせなくてもいいじゃないか。いくら僕を反省させるためとはいえ、退学まではやりすぎだろう……」
近づいてくる馬車を睨みつけるようにしながら、ザガロは不平不満を垂れ流す。
実際問題ザガロが学園を退学させられたのは、単純に学費を払えなくなったからなのだが、それでも最初のうち男爵は、ノスタリス子爵に「なんとかザガロを卒業だけはさせてやってほしい」と必死に頼み込んでいた。しかし子爵は「犯罪者を学園に通わせるつもりはない」と断固として断り、「どの道借金を返し終えたら除籍して平民になる人間を学園に通わせたところで、無駄金にしかならんだろうが」と言って、無情にも切り捨てたのだ。
それでも追い縋ろうとした男爵であったが、「前回は屋敷の中だけで済んだから良かったものの、学園でまで女生徒に襲い掛かったらどうする? あの若造が二度と同じ過ちを繰り返さないと、貴殿は自信を持って言えるのか?」と尋ねられれば、それ以上何も言うことはできなかった。
ザガロがジェニーを襲った件は、屋敷内の出来事であったからこそ、内々に収めることができたのだ。ジェニーとその母親も、その件が外に漏れれば自分達が好奇の目に晒されると分かっていたから、口を噤むことを選んだ。
だが、それがもし学園などという公共の場で行われていたとしたら──ザガロだけでなく、メラニン侯爵家そのものが存在を抹消されていただろう。
借金のかたにほぼ全てのものを取り上げられたとはいえ、ノスタリス子爵の温情により、彼らはまだ辛うじて貴族としての生活ができている。侯爵家としての収入源は全て断たれたが、代わりにノスタリス家の領地の端を監視する業務を担うことで、家族三人、不自由なく暮らせるだけの金は手に入れることができていた。
しかしそこに、ザガロの居場所はない。
彼は未だメラニン男爵家の子息として籍は残されているが、それは単にノスタリス子爵への借金を返し切る前に放逐できないためであり、借金を返し終わると同時に──本人には知らされていないことだが──貴族籍を剥奪して、遠い街へと追いやられることになっている。
とはいえ借金の額が額なので、彼の働きぶりや、それに見合う給料の金額を考えると、死ぬまで働いたところで返し終わらない可能性の方が高いのだが。




