残酷な現実
「……ごめん、ミディア。今日はジェニーの体調が思わしくなくて……申し訳ないが、今日の約束はキャンセルさせて欲しい」
もう何度聞かされたか分からない、その言葉。
今日『は』じゃなくて、今日『も』じゃないの? 人を三時間も待たせておいてキャンセルするなんて、本当に申し訳ないと思ってる?
そんな言葉が口から出かかるも、私はそれをゴクリと飲み込み、笑顔で違う言葉を吐く。
「ええ、分かったわ。優しいあなたは体調を崩した義妹を、放っておくことなどできないものね」
『優しいあなた』というのは、義妹ばかりを優先するザガロに対する嫌味だ。婚約者である私に対しては、まったく発揮されることのない彼の優しさに対しての──。
けれど当然、義妹のことしか考えていない彼には通じなかったらしい。ザガロは私の言葉に表情を輝かせると、嬉しそうな顔で頷いた。
「そう! そうなんだ。ミディアなら分かってくれると思ったよ」
優しいと言われたことに機嫌を良くしたようで、自分がデートのキャンセルを謝罪しに来たことなど、既に忘れているかのような口振りだ。
こんなにも分かりやすい皮肉にも気付かないなんて、一体どれだけの量の花が彼の脳内には咲き乱れているのだろうか。
いや、そもそもこういった皮肉に気付くような人ならば、義妹を理由にデートの約束を十回以上も連続キャンセルするなんて馬鹿なことは絶対にしないだろう。
最初こそ、(家族が体調不良なら仕方ない。使用人だけでは心細いこともあるわよね)なんて思っていた私だけれど、それが五回を超えた頃には流石に(おかしい)と思い始めた。
何度デートの約束をしても、その度にキャンセルの連絡がくる。いや、連絡がくる時はまだ良い。酷い時には何の連絡もないまま何時間も待ちぼうけを食わされた挙げ句、次の日になって謝罪の手紙が届く──なんていう日もあった。
どんな時でも、彼がデートをすっぽかす理由はたった一つ。
「ジェニーの体調が悪くなった」「寂しいとジェニーが言うから」「ジェニーを一人で家には置いておけない」
「ジェニー」「ジェニー」「ジェニー」 いつだって含まれるのは義妹の「ジェニー」、その一語に尽きる。
あまりに何度も彼女のせいでデートをキャンセルされるものだから、一度彼の屋敷へ行って、本物のジェニーさんに会わせてもらったことがあった。
その時の衝撃はいまだに忘れられない。
なぜなら彼が愛してやまない義妹のジェニーは、長く美しいピンクの髪に透き通るような水色の瞳をした、お人形のような雰囲気の儚げな美少女だったからだ。
そんな彼女に対し、大して美しくもない青い髪と、父親譲りの意思の強そうな金色の瞳をした私──どう自分を贔屓目に見ても、太刀打ちなどできるわけがなかった。
残酷な現実に、私は打ちのめされてしまったのだ──。




