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Kさんの神隠し

作者: 小雨川蛙

 

 とある会社に所属していたKさんは非常に評判の良い社員だった。

 まず第一に仕事がすごく出来る。

 自分の仕事はもちろん、やや専門外の仕事についてもそれなりに対応が出来る。

 性格の面でも言っても快活で笑顔を絶やさないのは勿論、誰に対しても優しくて困っている人がいればすぐに手助けに向かう。


 同部署内は勿論の事、他部署の人達にも多くの友達がいるほどだ。

 派閥争いなんてのは色んな場所で見られるけれど、Kさんが居る時だけは皆が上手くやれる。

 それだけ場の作り方が上手いのだ。

 ――もっとも、Kさんもスーパーマンじゃないから派閥争いをなくすことは出来なかったけれど。


 さて、そんなKさん。

 当然と言えば当然だけど、どんどん出世をしていった。

 そして出世した先でもどんどん結果を残す。

 だからまた出世を……なんてのを繰り返す。

 Kさんはどんな地位、部署でも相変わらず素晴らしい人だった。


 だからこそ、ある日Kさんが会社に来なかった時、人々は騒然とした。

 電話をかけてもKさんは出ない。

 家に行けば服もスマホも財布も――ベッドの乱れさえもそのままで、まさに神隠しにあったとしか言えないような状況だった。


「事件に巻き込まれたのか?」


 皆がそう言って心配して家族に連絡をした。

 離れてくらしていたKさんの家族は驚いた様子で言った。


「警察には私達から連絡します」


 その後、家族は定期的に会社に連絡をしてくれたけど結局Kさんは見つからなかった。



 ***



 Kさんの失踪から半年後。

 突如、会社に知らない番号から電話がかかってきた。


「えっ!? Kさん!?」


 電話を受けた社員の言葉に会社は騒然とした。

 電話越しから聞こえてくるKさんの声は顔こそ見えないけれど、焦燥しているのがありありと浮かぶくらいに慌てていた。


「すみません!! 本当にご迷惑を……!! だけど、私も分からないんです!!」


 Kさんは何度も謝りながら言った。


「本当に記憶がないんです……! 一体何があったのか……」


 会社の人達はKさんを責めることはなくとにかく無事を喜んでいた。

 そしてその翌日、Kさんは随分と離れた場所から戻って来た。

 Kさんは髪の毛を染めていて一見すると別人のようだったけど、それでも話してみれば普段通りのKさんだった。


「本当に分からないんです……ただ、何となく覚えているのは急に大きな猿みたいなのが覆いかぶさってきて……」


 Kさんの話は眉唾ものだった。

 だけど、皆信じた。

 何せ、Kさんが嘘を言う訳ないって皆思っていたから。


「本当にご迷惑をおかけしました……」


 そう言って責任を取って退職しようとしたKさんを皆が引き留めた。

 皆、Kさんが大好きだったし、何よりこれからのKさんの人生を少しでも支えたかったから。


「良いんですか……?」


 涙を流すKさんに会社の人達は口々に言った。


「申し訳ないが今までと同じポジションは用意出来ない……だけど、君が落ち着くまで支えさせてくれ」


 Kさんは何度も頭を下げるばかりだった。



 ***



「……で、うまくいったの?」


 久々に実家に戻って来たKに家族はさも呆れた様子で言った。


「うん。意外と何とでもなるもんだわ」


 大欠伸をしながらしれっと言ったKを見て家族はやり場のない気持ちを吐き出す。


 ――Kが会社でのストレスを口にするようになったのはどんどんと出世をし始めた頃だ。

 元々、Kは出世など責任が増えるばかりで嫌がっていた。

 いや、そもそもKは人間関係そのものが大きく絡んで来る社会というものが大嫌いだった。

 誰とでも仲良くする……もっと言えばいい子ちゃんでいるのも、そうすることで面倒事から逃げられると良く知っているからにすぎない。


 そんなKだが、半年前遂に限界を感じたのか急に言ってきた。


『面倒だから少し長期休暇してくるわ。一応失踪という体をとるからよろしく』


 そんなことをすれば首になるぞと言ったが、Kはむしろ首になりたいと思っていたようだ。

 何せ、現在の地位では退職するのさえ一苦労なのだから。


「皆馬鹿だよな。あんな適当な嘘信じちゃんだから」

「それだけあんたを心配していたってことだと思うけど」


 Kは肩を竦める。

 全く反省をしている様子もない。


「けど、地位こそ変わったけど今の会社に残れるのはありがたいわ。別の職場で一から人間関係作るのだるかったし」


 心の底からの本音だと言わんばかりの声に家族はため息をつくばかりだった。

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― 新着の感想 ―
 本性は最低だけど、こんな人も居そうだな、そお思わせる辺りに皮肉の妙を活かす巧さが見えました。
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