7 極寒の迷宮
水の大陸から、獣人達が帰ってきた。
彼等はどうやら、沢山の魔獣を倒してきたようだ。予定よりも7日も遅れていたのでフランは心配して残っていた獣人に「まだ帰らないのは、何かあったのでしょうか?」と聞いたのだが彼等は、心配ないと言っていたからだ。
多分、通信で状況が分っていたのだろう。呆れた笑いを返してよこしたからだ。
皆ニコニコしながら、
「龍神様の造られた迷宮は、楽しかった。」と行って魔獣の素材を見せてくれた。
「俺は竜と戦いたいと言ったら、竜が出た。」
「俺は、腹が減ったと言ったら、トレントが木の実を付けて出てきたんだぜ。」
大声で笑いながら、迷宮の様子を知らせてくれたのだ。
これは食べ物が無くなっても、暫く迷宮で暮らせそうだな。若しかしたら、肉が食いたいと言えば、魔獣が肉を落としてくれるかも知れない。自分の望みや、想像力で思い願えば適う迷宮なのだろう。だが身に余る望みは、自分に返ってくる。強い魔獣を願えば出てくるのだ。だが、倒す力が無ければ、自分が身を滅ぼす。
初心者には危険かも知れない。
彼等は次の順番の狩人と交代して、暫く村で休むそうだ。
フランは魔術師に状況を聞いてみた。
「ああ、結界はきちんと掛けてきました。あの場所は今は誰も来ないでしょうが、近くに部落が出来上がっていましたので、認識阻害の魔道部も設置してきました。でも、こちらからは、間違っていけてしまうので、ここの迷宮の対策も必要なことに途中で気がつきました。後で何か良い案が無いか話し合わないといけませんね。」
確かにそうだ。いくら話して聞かせても、好奇心に負けて他の扉に入ってしまう奴らは必ずいるだろう。そうすれば帰ってくることは出来ないのだ。フランでも難しいかも知れない。認識阻害が掛かっているのなら、転移の魔方陣が見えなくなっているだろう。
龍神は何故、転移が出来る様にしてしまったのか。
面倒ごとが増えてしまっているでは無いか。迷宮があると言うだけでマナが安定しているのだから。
他の大陸にとっても恩恵があるように自由に迷宮探索をさせてあげたいが、今のところは他の大陸の人々を信用出来ない。自分勝手な言い分だろうが。
若しかして、龍神は、皆仲良しで、悪いことなど考えない人間ばかりだと勘違いして居るのでは無いか?
皆で交流し合えるように転移のおまけをつい、付けてしまったように見える。
なんともお節介で抜けている、困った龍神様だ。
「フラン様は、風の大陸の古代言語が話せると言うことですか?」
「はい、勉強しました。」
「では、次回一緒に風の大陸まで同行してくれませんか。我々の言語理解が風の大陸には通用しないかも知れません。王の側室と話してみたのですが、半分も分らなかったのです。」
その様なことがあるのだろうか。そう言えば、フランの鑑定も知らないことは理解が出来なかった。
獣人達は風の大陸の魔人達とは、交流が無かったのかも知れない。
言語理解のスキルもある程度の知識が無いとわからないのか。
遠くから観察はしていたのだろうが、好戦的な人族だと言っていた所を見れば、とてもでないが親しくは
出来なかったのかもしれない。
「分りました。ご一緒いたします。」
一応エステバルにも声がけしてみるか。精霊樹が反対したら、行けないだろうが。
極地に近いと聞いていたので、とんでもなく寒いだろう。服装には防寒の魔方陣を強めに掛けておこう。
同じパーティーメンバー全員の飛行服を作り、防寒を施し、準備をして行く。
「俺は行けないみたいだ。行きたかったが。」
やはりエステバルは、精霊樹の過保護が暴走して反対されたみたいだ。
パーティーメンバー全員迷宮に入った。
今回のパーティーは、寒さに強そうな、熊獣人が2人、犬獣人が3人、猿獣人のサルキチ、魔術師のコウモリ獣人のバットマンだ。
バットマンは飛べるからフランの作った飛行服はいらないだろう。
今回の飛行服には光魔法も仕込んだ。
皆喜んできてくれた。行きは早く進んで任務が終わったら、帰りはゆっくり狩りをすると言う事になっているらしい。
三時間飛び扉に着く。扉の中には、やはり角ウサギだ。
皆が急いでいたのを、気遣ってくれたみたいだ。パーティーメンバー全員で、大笑いしながら角ウサギを倒す。直ぐに扉を抜け通路を抜ける。五つの扉の場所に着いた。風の大陸の扉を抜けると、急激に寒さが押し寄せてきた。
でも、皆のスーツには耐寒が付いている。皆で飛びずんずん進むと、転移門を抜けた。
抜けた途端に、ブリザードに合ってしまった。視界が全く利かない。
地面にある魔方陣を探すことが出来ない。仕方がないので、かまくらを作ってブリザードが止むのを、待つことにした。三日間かまくらにいて、やっと風が止んだ。そろそろと小さな出口から四つん這いの格好で出てみると、魔人達に取り囲まれていた。
【お前達は何者だ。】
ここはフランの出番だ。フランは、すかさず前に出て、答えた。
【僕達は他所の国から来て、遭難してしまった。助けて下さい】
【アクア国の物か。】
【違います、もっと北の国から来ました。】
【北の国?そんなところに国は無い!怪しい奴め】
結局捕まって仕舞った。話をしてもしなくても掴まっていた気がする。
彼等は大きな洞窟に小屋を造ってそこに住んでいた。
中には獣人達を見て、奴隷に丁度良い等と言っている奴もいる。ここは戦って活路を開いた方が良いだろうか。通信魔法で相談をする。小声で違う言語で話しているのだ。魔人達には分るまい。
互いに別々の小屋に捕らわれていても話し合いが進んで行く。
「どうしましょうか。これくらいの拘束なら、いつでも抜け出せますが。」
「いや、様子を見てみよう。ここの魔人とやらの実力がまだ分らない。然もこの部落は魔方陣に近すぎる。万が一魔方陣が見付かればやっかいだ。」
確かにそうだ。まさか魔方陣の直ぐ側に村があったなんて。この分ならいずれ彼等は転移に気付いて仕舞うだろう。そしてどこかの大陸へ行って、面倒なことになるかも知れない。
魔人達は、有り難いことにフラン達のスーツは取り上げなかった。
殺すつもりなら、服をはいで、外に転がしておけば、直ぐに凍え死ぬだろう。それをしなかったと言うことは、殺すつもりは無いと言う事だ。
彼等の矜持なのかも知れないが。武器以外の持ち物も取り上げられていない。
彼等は沿岸に住まない種属なのだ。と言う事は、海賊はしていない。彼等の考え方を知れば、解り合えるかも知れない。どうにかして仲良くなれない物だろうか。
食事を運んできてくれた老人に話しかけてみる。
【ここでは、魔獣を狩って生活しているのですか?】
【お前は、わし等の言葉をどうして話せるのだ?】
逆に質問されてしまった。正直に答えてみよう。その方が誠意が伝わりそうだ。
【以前、魔人の海賊に襲われて、倒した事があります。生き残った魔人から教えて貰いました。今その魔人達は僕の国で暮らしています。】
【あの海魔人か!彼奴らのせいで我らはここに追いやられてしまったのじゃ。彼奴らが海賊なんぞするから、アクアの国の奴らに目の敵にされて、海で漁ができなくなってしまった。】
【貴方たちとは違う種属なのですか?】
【わし等とは昔から敵対している部族じゃ。太古の昔からな。】
【貴方たちは何を狩って生きているのですか?】同じ質問をしてみた。
【わし等はこの洞窟の地下にある湖の生物を狩って冬は過ごす。ここは冬の住処だ。夏になれば草原に行って魔獣を狩るのさ。】
洞窟は過ごしやすいのだろう。地下にはかなり大きな湖があるようだ。この部族は人口が多い。目算しただけでも500人は居る。それを維持できるだけの生きものが居ると言う事だろう。
彼等の武器は魔獣の牙や、くくりナイフのような物だ。原始的な生活をして居ても魔法は得意なようで、風の魔法を操って飛んだり、風の刃を出せたりする。
他の属性が有ったとしても使えないようだ。
老人は静かに去って行った。食事をゆっくり取ってくれと言い残して。
フランは通信をしてこれまでの話を皆に教えた。パーティーのトップ、熊の獣人クマオが、
「さて、どうしたものか。俺達と少しも変わらない普通の人間だと言うことは分ったが、だからといって、この状況が変わるわけでもない。」
「贈り物をして、友好的に離れて行けないかな。」
「問題は、転移陣だ。あれを知らせないように離れて行くのは、夏になるまで待たなければならないと言う事になって仕舞う。」
バットマンが意外な提案をした。
「いっそのこと教えてしまいましょう。」
「何だと!それでは何かあったときにどうする?」
「大丈夫です。私に秘策があります。前々から考えていた事をするだけです。取り敢えずここを出るために贈り物をして下さい友好的に出してくれるように。」
バットマンの言う通りに、クマオが魔法袋からどんどん物資を出して行く。殆どは万が一のために用意して居た食糧だ。フランは魔法ステッキを出して積み上げた。最後に使わない魔法鞄。例のお宝の鞄だ。
魔人達がフランの小屋に入って驚く姿は見物だった。多分クマオの小屋でも同じくビックリしていることだろう。フランは、入ってきた老人に、
【これは僕達からのプレゼントです。僕達を解放してくれたら、もっと素晴らしい事を教えてあげられます。】
魔人達は、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。
半信半疑ながら、フラン達は解放された。そして村の長や、数人の男達に付いてくるように言い、魔方陣のことを話して聞かせた。
【これは竜神様の恩恵です。ここは寒くはないし、望めば食べ物が湧き出てくる迷宮です。でも、注意して御願いしないと、とんでもなく強い魔獣が出てきます。まずは私達の一人が入って出てきますので見ていて下さい。】
すかさずバットマンが魔方陣に吸い込まれていった。数時間後、バットマンが出てきて、OKの合図をする。
その後にはクマオ達狩人組が魔人達を連れて魔方陣へ入って行った。
大分時間が掛かっている。周りの魔人達が険悪な顔をし始めた。フラン達は、ソワソワしながら待っている。
やっと魔方陣の横から魔人達が出てきた。魔人達は、夢から覚めたように、ハッとして言った。
【これは、まさしく神からの恩恵だ、ありがとう北の国の友人よ。】
と言ってくれた。フラン達も胸をなで下ろした。
そして、魔人達とは友好的に別れ、パーティーメンバー全員が魔方陣へ入って行った。