2 獣人達の懸念
サルトは今、元老院の集まりに招かれていた。
十年に一度選出される元老院は共和制の獣人国の政治機関だ。
13の島からなる獣人国から、10人選出され、彼等によって今後の方向を決められる。
サルトによって齎された、衝撃の知らせは今も半信半疑で、議論がされていて、結果が出ていない。
島中を調べさせて、獣人国にあったとされた、転移陣はやはり消失していたことが確認されたが、他の大陸で見付かったとされる転移陣を見て見ないことには、どういう物かは、皆目分らないのが現状だ。
過去の文献で残っていたのは、転移陣を敷いた場所だけだ。
詳しい資料は、マナ山の噴火の折に、総て消失してしまった。
極一部の島に残っていた資料室にあった物だけが無事だった。それも数百年前の物なので真偽は定かで無いとされ今までは神話だとしか認識されていなかったのだ。
「サルトよ、おぬしには、かの風の大陸に現存していた種属のことを観察するように申しつけていたが、そちらの大陸のことは聞いておらんのか?」
「へい。彼等はまだ子供でした。それも大陸の沿岸部に住んでいた模様で内陸のことは分らないようでやんす。」
「火の大陸は如何じゃった?」
「そこはマナが吹き出した様子も無く、五十年前と何ら変わった様子はありやせんでしたが、詳しく調べてみないことにゃあ、何とも言えません。」
「そうじゃの。転移の位置を目指して行かねば、知りようも無い事じゃ。無理を言ったな。」
「じゃが、土の大陸はマナの噴出した場所は、転移陣を敷いた場所じゃった。あそこの転移陣はすでに塔を建てるときに消失していたはずじゃ。あのような建物を建てるためには深く杭を地中に設置しなければならないからの。」
「では、水の大陸はどうでしょうか?あそこはマナの噴出は海底からおきました。沿岸に津波が押し寄せましたが、高地には影響が無かったと言われております。」
「調べてみるべきじゃの。」
「竜神様のご加護を願わねばな。」
この頃竜神様は山から滅多に下りてこなくなっている。以前は偶に山の周りを飛んでいるのを見かけていたのに、ここ何年もマナ山で眠って居るようだ。
獣人族の猿人達は元老院から、特命を受け各大陸の転移陣を調べる為に、船出した。
サルトは再びフランの元を訪れた。魔方陣を調べるために、二人の獣人の魔術師を同行した。
「ここは人族の魔術師の塔かい?」
「そうだ。サルキチ魔術師。ここの魔術師はフランと言って、凄い魔法を使うぞ。」
「へえ、見て見たいなあ。」
まだ年若い魔術師、サルキチは好奇心に溢れている。初めて人族の大陸に来た事にも興奮しているようだ。もう一人フードに顔を隠している魔術師はモグラの獣人族で、闇の魔法の権威であるモグロだ。
塔に入ってフランに挨拶して、色々話を聞いてみると、転移陣は成長しているようだと言われた。
次の日、皆で転移陣を見に行くことになった。
フランは初めて見るモグラの獣人族から目が離せなかった。殆ど人間ではあるが目が小さすぎて点のようだ。何時も暗がりに居て、滅多に口を開かない、まるで引きこもりの老人だ。
だが闇の魔法の権威と聞いて、なんとか話に持ち込めない物か四苦八苦している。
「モグロ魔術師、闇の魔法の一番難しいところはどんなところでしょうか?」
「・・・じゃ。」
「え?」
「わし・・・じゃ」
どうも、言葉を話すことも不得意のようだ。モグロの弟子はこれで理解できているのだろうか。
仕方がないので、サルキチに話を振る。
「サルキチ魔術師は、どうお考えですか?」
「私は闇は出来ませんです。それよりフランさんの魔法を見せて貰いたいなあ。」
フランは諦めた。考えてみれば、獣人族は、技術の放出はしないんだった。聞くことは辞めよう。
転移の魔方陣の側まで来て、モグロは人格が変わったように活動的になった。一生懸命魔方陣を写し取り、近づこうとするので、サルトに止められている。
「モグロ、危ないから近くへは行かないでくれ。何かあっても俺ではどうすることも出来ないんですぜ。」
「・・・ん」
「皆さん、上から見てみませんか?」
フランは開発したばかりのグライダースーツを代わる代わる獣人達に貸してあげた。まだ1着しか無いスーツだ。
モグロや、サルキチは喜んでいた。
サルトは、風の大陸の魔人達を見ていたので平気だったが。
「随分面白いを作ったのですね。まるで鳥人族になったみたいだ。」
サルキチが言った。
『そうか、獣人族達には飛べる種族もいたな。』
別に珍しい物でも無かったか。フランはチョットへこんだ。もっと驚くと思っていたのに。
塔に帰ってから、フランはこれまで知り得たことを獣人達に話して聞かせた。
「観察していると、魔獣達があの魔方陣に触ると吸い込まれていって仕舞うようです。過去に魔術師が消えた事件がありました。多分魔術師もあの魔方陣の中に消えてしまったのではと考えています。」
「恐ろしいですね。モグロ魔術師、さっきは危うく魔方陣に取り込まれるところだったんですよ。」
サルキチが、モグロに意見をしていた。モグロはそんなことは気にせずに何かじっと考えている。そして、
「わしは帰るぞい。」
と言って突然立ち上がった。
「何か分ったんですか?これから直ぐ帰ることは無理です。船は後1日後で無いと出ませんから。」
「これはまさしく転移の魔方陣じゃ。だが、壊れている。このままにしては置けんぞ!直ぐに手を打たねばここいら辺に居る生きものは総て魔方陣の餌食になるやも知れん。」
何と言った?総ての生きものと言えば、この街に居る人もと言うことだろうか。フランは、焦った。自分が手がけた街があっという間に廃墟になって仕舞うのか?
「応急処置として、防御の魔道具を置いておく。これから国へ帰ってから文献を漁ってみよう。」
そう言って国にとって大事な魔道具を惜しげも無くフランに与え、一人で帰って行った。
フランとサルキチとサルトは、魔方陣の見守りをして居る。
防御の魔道具を置いてからは、魔方陣の発光は止ったようだ。
「古代の獣人達は、各地に転移の魔方陣を設置して、行き来をして居たそうです。でもマナ山が噴火して、それから各地でマナの暴走が起こり世界は混沌に陥ってしまいました。百年ほども文明が後退しました。僕達獣人は、過去の、残った文献を保管していたので復興は出来ましたが、まだ出来ない大陸もあるようです。ここはその後に文明が出来上がった大陸のようです。」
「水の大陸もそうですか?」
「あそこもです。津波で沿岸部に集中していた文明は壊れましたが、今はめざましい発展を遂げているようですね。」
サルキチは歴史学者だった。サルトとも気が会うようだ。
では壊れた転移陣はどのような変化をしたのだろうか。あの中に入ってみれば分るのだろうが、命がけの実験など出来ない。
それから暫くして、消えたと言われていた魔術師が突然森に現れた。
彼はボロボロで、言っていることが支離滅裂。
王都のトーマスマンと治癒師に見て貰っている。
1ヶ月もの間、何処へ消えていたのか。彼は偶々魔法袋を持っていたから、飢えはしのげていたようだが、色んな場所の話を脈絡も無くぼそぼそ言っているという。
トーマスマンに話を聞きに行ったフランはその話を聞いて、もしやと思った。
大分落ち着きを取り戻してきた魔術師にもう一度詳しく話を聞いてみた。
「私は突然通路の中に取り残された。今まで、森だったところは、石の通路になって、行けども行けども先が見えなかった。その内扉が見えてきたので、その中に入ってみたら、魔獣がいた。それをなんとか倒すとまた通路があって気が狂いそうになった。そんなことを何度か繰り返して最後に開けた扉は、方々に通路が延びていた。それを根気よく抜けていって、やっと正解の扉を抜けたようだ。ここに帰ってこられたのだから。」
フランは、前世のゲームを思い出していた。「若しかして転移陣は迷宮になって仕舞ったのでは無いだろうか。」出口を見付ければ帰ってこられるのなら、試してみたい。入ってみたいと考えた。
この世界の人には想像できないかも知れないが、これは面白い物が出来たのでは無いだろうか。
この森には、めぼしい魔獣が居ないため素材は北の森から仕入れなければならないが、直ぐ近くで素材が取れたら、この街は面白い発展をするかも知れない。
サルトに話すと、顔を青くして、辞めろ!と言われてしまったが、
エステバルはどう言うだろう。一緒に冒険してくれないだろうか。
共に、家庭があるので、だめかも知れない。
だが、このままにしては置けない。どういう物か見て見ないことには対策が立てられないでは無いか。