1 王の決断
サミア王国、フィリップ・サミア三世は、決断した。
国の活性化を図るため、近代的な国家にするために、遷都をして王都を作り替えようと。
莫大な国家予算を割き、無垢の土地に計画された機能的な王都を作る。
新王都となる場所は、元ボーア国とサミア国の中間にある小さな湾に面したところに定めた。
今の王都よりも北西に移動する位置だ。
都市設計を任されたのはトーマスマンであり、フランだ。
彼等の土魔法のレベル頼みのこの国家事業は、長い年月が掛かることが予想された。
約五年がかりで漸くその街の概要が出来上がろうとしている。
都市計画を実際の形にするのはフランだ。
フランは、各地を巡った経験から、上下水道から計画し、整地しそこから道路を作りあげていった。
沢山の土属性持ちの魔術師も整地にかり出されてやっと出来上がった。
そこまで済めば、後はフランの手を離れ各専門家が作り上げて行くだろう。
湾からなだらかに標高が高くなって行く広い草原に、碁盤状に形成された都市。新たな王城はそれを見下ろすような場所に造る予定だ。
都市を見下ろす小高い丘、そこには手つかずの森があった。
森の生態系の調査のために、冒険者が多く雇われたが、この森にはさほど脅威になる魔獣は居なかった。
城の建築には古参の建築家が、視察に来ていた。視察団は総勢30人で森の中を隈なく見て歩いた。
ほどよい場所に印を付け、後にその場所の木々を切り倒す。
数人の土属性の魔術師がその役をする。広大な森の中に王城の為の土地が確保されていった。
今日の予定の仕事が終わり、宿に引き上げてきた役人の人数が合わないことに気付いたのは、かなり時間が経った頃だった。
一人の魔術師が行方不明になり方々探したが見付からず、暫くすると忘れられていった。
フランは、自分が手がけた街を獣人の友達のサルトに是非見て貰おうと、この丘に案内していた。
「サルト、なかなか良い感じに出来上がりそうだろ。大通りは湾から真っ直ぐ延びて、分りやすく碁盤上に整備した。この街の道路には歩道も造って馬車との接触の危険も減ると思う。」
「ああ、これはかなり近代的な造りだ。獣人族の街にも引けを取らないぜ。」
「そこまででは無いと思うけど、頑張ったかいがあった。もう暫くは、何もしたくないくらい働いた。殆ど単身赴任だったし。王様に褒美として王城予定の近くに土地を頂いたんだ。そこへ小さい屋敷を作って家族を呼ぼうかと思っているんだ。そこまで行って見ないか?」
「そうさな、遊びに来るときの為に場所を知っておかなけらりゃあな。」
サルトとはかなり頻繁に会うようになっていた。彼は船乗りを引退して、暇になったとは言っていたが、実は風の大陸の魔人のことを気にして、様子を見に来ているらしい。獣人族の国の意向なのかも知れない。
魔人のテスタは17歳になって、王の寵姫になっていた。白い肌金髪碧眼の美麗な見た目は王様の目にとまった。ドルーは18歳で造船の仕事をしている。16歳になったパズは船乗りだ。
彼等は、この国に素早く馴染んでくれた。自国の厳しい環境よりも、この国の豊かで穏やかな暮らしぶりが気に入ったようだ。初めは奴隷のような扱いを受けると思っていたのだろうが、普通の国民と同じ扱いを受けて、感謝しているようだ。テスタも、寵姫という立場を普通に受入れていた。
テスタが生んだ子供は、王としては初めての男の子だ。
45歳の国王には5人の子供が居るが、王子はテスタが生んだ子供だけだ。
王の寵愛を受けたテスタは、とても満ち足りた生活を送っている。
フランが案内した場所は、すでに木々が除去されて広く更地になっていた。
近づくと地面が発光している。
「なんだ?ここは。」
「ココ!空から見て見よう。」
サルトとフランはココの背に乗って上から全容を見てみた。
「これって、魔方陣だよな。」
「・・・」
「サルトはどう思う?」
「フラン、ここに屋敷は作らないでくれ。」
「どうして?」
「兎に角ここには何も作らないで、其の侭にして置いた方が良い。」
サルトは、そう言って、それから急いで国へ帰ってしまった。
フランも家族を訳の分らない場所に住まわせるわけには行かない。
取り敢えず、トーマスマンにこの事を報告することにした。
サルトは帰国の船の上で、今後の対策に頭を悩ませていた。
「あそこは文献にあった場所だ。」
過去の文献に残っていた通りの場所だが本当に転移陣だろうか?。
古代の獣人達は、転移陣で各大陸を自由に往き来していたという。各大陸へ行き言葉を共通語に統一し、技術を教え、交流を持っていた。
一の島に通じる転移陣は各大陸に設置したと古代の文献にあったが、肝心の一の島の転移陣は、マナ山の噴火の折に消失したとなっていた。
そのマナの噴出は他の島にも大なり小なり起こった。今まで栄えていた都市が無くなってしまった場所もある。マナ山の龍はその後突然姿を現した。おとぎ話の龍が今では何時もマナ山を守るようにそこに居るようになった。
仮にこれが転移陣だとしても、転移先は消失しているから、何処へも通じないはずだ。
このまま此処にあっても問題は無いかも知れない。
若しかしたら、他の大陸にも残っているかも知れない。
このままにして置いても良いのか?どうにかしてこの事を頭の固い魔術師共に知らせなければならない。
彼等は、転移など眉唾だと言っているが、これを見れば、もう一度文献を漁り問題点が無いか研究し始めるかも知れない。
どうすれば壊せるのか。壊しても良い物なのか。このままにして置いても良いのか?
この魔方陣が、もし壊れていれば、問題が無いだろうが。
だが、こんなに複雑な物が、壊れていたとして、他に影響は無い物だろうか。
余りにも長い年月を経て、変化してはいない物だろうか?自分では結論が出せない。
トーマスマンの所に来たフランは、事の次第を話した。
「魔方陣じゃと!見間違いでは無いのか?」
「書き取ってきました。これがそうです。」
トーマスマンがそれをじっくり見て行く。
「まさしく、魔方陣だな。恐ろしく複雑じゃ。闇属性が基本になっては居るが、色んな属性も少しずつ混じっているように見えるの。一体何の為の魔方陣なのだ?」
フランは、以前獣人族の魔術師サルマルに貰った古代の文献をトーマスマンに見せてみた。
「これは、転移陣では無いかと思うんです。でも、この文献通りなら、あの魔方陣は機能しないことになります。」
「うーん。行き先が無くなってしまった、転移陣か。」
今まで見向きもされ無かった森に、まさかこんな秘密が隠されていたとは。
あの湾には小さな漁村しかなかったし、森にも魔獣が余り居なかった為旨みの無い森だった。
少し足を伸ばせば、北の森があって、冒険者達はそこで魔獣を狩っていた。
森は豊かな湧き水を湛えた湖がり、川が湾に流れ込んでいた為、あの場所に街を造ることにしたのだ。
「地元の漁師が、言い伝えを教えてくれました。古代にはここには小さな国があり、異形の人々と交流していたが、ある日突然交流は無くなり、地力も無くなり王国は衰退してしまった。と言う事なのですが。」
「地力が無くなったというのは、本当だろう。あの森は魔獣がいない。若しかしてこの魔方陣に地力が吸い取られたせいかもしれんな。」
「地面に埋もれていて、見えなかった物が、今回の森の開発で浮かび上がったと言うことでしょうね。」
「そう言えば、あの森の調査の折り、魔術師が行方不明になっていた。もしや、魔方陣に触れてどこかに飛ばされたのでは無いか?」
「転移陣がどこかに繋がっていた、と言う事になりますが。」
「なんにせよ予測の域を出ない。暫く魔方陣の研究をして何か分るまでは、あの森にはなにもしては成らん。王にも進言しておこう。王はがっかりなさるだろうが。」
結局王城の建設と移転は暫く延期となった。
だが出来てしまった街は、居住希望者が続々と申請を出してきていたため、街の開発は止めることは出来ず、建物が出来上がって行く。
フランは森に近い場所に小さな塔を造りそこで、魔方陣の監視と研究をすることにした。
この新しい街から西へ一日の距離に、孤児院があった。
そこから、守り役のグロが偶に遊びに来る。
孤児院の卒業生はそれぞれの希望の仕事を見付け、グロの見守っていた子供カマルが今この街の開発の手伝いに来ているためだ。精霊樹のお節介は未だに続いているようだ。
『我が居なくとも、他にも沢山の守り役がいるのでな』
孤児院には、以前よりも多くの獣たちが居るらしい。なんにせよ孤児院から、沢山の魔術師が輩出されたお陰で、この街もどんどん出来上がっている。
「あの泣き虫のカマルが立派な魔術師になった物だな。」
「それを言わないで下さいフランさん。エステバルさんは王都ですか?」
「王都の冒険者ギルドの本部長を任された。暫くは王都から、離れられないだろうな。」
「この街には冒険者ギルドの誘致はしないのですか?」
「魔獣が余り居ないから、規模の小さい物になるはずだ。ここには魔術師ギルドと商業ギルドの大きいのを造る。」
「魔術師のギルドというのは初めて聞きました。新しく作る事になったんですね。」
「ああ、僕が水の大陸で見てきた。そこでは良く機能していたんで真似してみた。」
今まで魔術師は個々で研究して、死んで仕舞ったり弟子を取らなくて、研究が埋もれてしまっていたが、ギルドの登録制にして商業ギルドとタッグを組めば、もっと技術が活性化し保存も出来ると思う。
「じゃあ、孤児院の卒業生の受け入れ先が増えますね。」
「ああ、そうなるだろうな。」
今でも孤児院出身者には受け入れ先が沢山ある。如何してもサミア国側に行く傾向にあるのは、まだ元ボーア国側の偏見が根強く残っているためだ。
これも段々無くなって行くだろうが。
「フランさんは何を今研究していますか?」
「今は風の魔方陣の研究だな。風の大陸で見付けた物だが、やっと時間が取れて、研究できるようになったんだ。」
「風の魔方陣?ですか?」
「ああ、空を飛べる魔法だ。」
「本当ですか?僕も飛べるようになれますか?」
「ああ、もうすでにある魔方陣だからな。ただもっと効率が良くなるものを造ろうと考えている。試作品があるから試してみるか?」
「是非、使わせて下さい。」
これは魔人達の造った魔法だが、飛べる時間が一時間ぐらいしか無い。それを効率よくして、長時間でも飛べるように開発中だった。もしこれが完成すれば、飛行船が、出来る。海を航行するよりは安全で早さも期待できそうだ。大陸内の移動には大活躍するだろう。
推進力と浮力は魔法で賄うので、効率さえ良くなれば大型の物が出来るはずだ。
カマルと一緒に森まで飛んでみよう。塔の森側の窓から飛び上がって行けば周りの目も気にならないだろう。魔術師のローブを改良し、羽が広がるようにタップリの魔獣の革の生地を使っている、グライダースーツだ。
飛び上がってしまえば方向を決めて身体の重心移動と、僅かな推進力だけで移動する。歩くよりは断然早い。それ以上の早さは今のところ期待できないが、浮力は長時間維持できるようになった。
フラン達を追うようにグロが森を走っているのが見える。ココは一緒にゆっくり飛んでいる。
森の魔方陣の上空まで着いた。グロは何かを察したのか、魔方陣には近づかないようだ。
以前より発光する光が強くなっていた。