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8...初めてのデート







 討伐遠征が終わり、アルが目覚めてから1週間は過ぎ、レイガダルド帝国の帝都にあるスファルティス侯爵邸では穏やかな日々が続いている。 

 アルが背中に追っていた裂傷は魔法師の治癒で回復はしたものの、まだ完治はしていない。皇帝陛下からは完治まで休むようにと気遣われ、邸宅で療養している最中なのだ。


 上級魔獣2体を含んだ討伐は、皇帝陛下も危険度の高い討伐だったと評価した。更に、第二部隊は3週間の予定だった遠征を13日で成し遂げ帰還したことで褒賞も多く賜り、他の隊員も特別休暇を2週間追加されたのだった。


 安静にしていたアルは、3日前からは昼食の後庭園を散歩するようにしている。今までであれば彼は一人で散歩が当たり前だったのだが、目覚めてからは食事も散歩も積極的にアルから誘われている。

 

 彼が目覚めた日は、告白され初めて唇も奪われて、これからどうなる事かと思ったのだが、特に拒否したくなるようなことは今のところ全くといってない。


 むしろ一緒に過ごすことが増えたのに、あれ以来キスも抱擁もしてもらえないので、夢だったのではないかと思えてしまう。以前よりも好意を持ってくれているとわかる会話や、エスコートも増えたのに、触れ合いなんてせいぜい髪の毛に口づける程度。

 

 エルとして一緒に討伐に参加している時は抱き着かれるのは当たり前だったのに、アリエルへの接触の少なさに、本当に白い結婚をやめたいと思ているのかわからなくなる。


 本当の夫婦になったらエルとして負った体の傷も見られることになる。そうなるとエルが兄だという嘘はもう付けないだろう。今の時点でその事をアルに知られても良いのかと言われたら、答えは否だ。


 万が一エルの正体がバレたとしても、レイガダルド帝国からの義務がスワント家に続く以上エルで戦い続けることは辞めることはできない。しかし、エルが戦い続けることをアルが納得するのだろうか?


 抱きしめてくれたら・・もっと触れ合いを乞うてくれたなら・・


 自分の中のもやもやした想いにもはっきり答えをだし、動ける気もする・・アリエルの心はアリエルとしての恋心とエルとしての今後について答えをだせないままでいた。



***


 「ーデートですか?」

 昼食後の散歩中、突然アルはファルムスにデートに行こうと誘ってきた。


 「はい。最近は動き回っても背中に痛みはほぼ感じないので、気分転換にアリエルと外出がしたい。ー駄目かな?」

 エスコートしていた手を持ち上げ、アリエルの手を両手で包みこむようにそっと握り、寂し気な瞳で訴えかけてくる。

 じっとこちらを伺うエメラルドのような瞳は普段は冷え冷えとしているというのに、今は熱をもってアリエルを溶かしてしまいそうな勢いで見つめている。密接な触れ合いをしているわけではないのに、突然熱をもった接し方をされると慣れていないアリエルはそれだけで鼓動は早鐘を打ち頬は朱色に染まってしまう。


 「・・・わかりました。私がご一緒して良いのであれば。」


 「ありがとう!アリエルがどんなものが好きなのか知りたい。明日沢山色んな店を回ろう!」


 戸惑いながらもなんとか返事を返すアリエルに、満面の笑顔を向けるアルは女神さまのように美しい。邸の侍従や侍女は初めて見たかというように頬を紅潮させて驚愕している。


 まるでエルに向けられない愛情を自分に全て向けているのではないかと感じてしまう。アリエルに対しては目覚めてからエルのことはほとんど話しかけてこない。今はどこに?程度のことは聞いてきたが、元々討伐が終わった後はいつも手紙のやり取りすらしてこなかったので、気に留めるようなことではないのだが、アリエルとしてアルと過ごすようになってからは、毎日エルの話をしていた。その習慣が突然

なくなったことには違和感を感じざる負えない。


 きっとアリエルと向き合うためにわざと話を出さないのだろうとは思うのだが・・このままの状況が続いても私は夫婦として初夜を迎えられるだろうか?と聞かれると不安しかない。


***

 

 「奥様とってもお似合いですわ!」

 「そう・・かしら?」

 朝食後慌ただしく侍女たちはアリエルの部屋にやってきて外出の為の準備を慌ただしく行ってくれている。

 普段から女性らしさを意識してこなかったアリエルは、ほぼノーメイクといっても過言ではないような薄化粧しかせず、洋服もシンプルなデイドレスしか着用してこなかった。【自由奔放な我儘娘】などという噂も流していたこともあり、あえて目立たないよう意識していたという理由もあったが、中性的な顔立ちの自分が化粧して美しいドレスを着ても華がない。アリエルは自分の容姿を好んではいなかった。しかし、侍女の頑張りはそんな女主人の思い込みを簡単に打ち崩し、昼食後には美しい貴婦人が仕上がっていた。


 「奥様がこんなにお美しいなんて、きっと旦那様がご覧になったらびっくりして腰を抜かされるんじゃないでしょうか!!」


 侍女たちの賛辞は止むことはなく、鏡台で髪飾りを留めてアクセサリーを選びながらもきゃっきゃっと騒ぎ立てている。


 「確かに・・・・私だとは思えないわ・・別人の様ね・・」


 「ですが、ナチュラルメイク程度なのです!まだまだ奥様はお美しく着飾れますわ!今日はファルムスでのデートですからこれでも控えめなのですよ!!」


 ほうっと溜息を吐くように自身の姿に見とれるアリエルに、侍女たちは興奮しっぱなしである。


 アクセサリーまで選び終えたアリエルは、体の隅々までケアされプルプル艶々で、薄っすらとした頬紅でふんわりとした女性らしさが際立っている。目元はナチュラルにブラウン系だが、元々大きな瞳は少し化粧をしただけでも長い睫毛の色っぽさも相まって、神々しい美しさを放っている。唇には薄く紅を乗せただけなのにも拘わらず、みずみずしくぷっくりとした唇は、愛らしく目が離せなくなる。アルが贈ってくれた淡いサーモンピンクの色合いのデイドレスは、スクエアカットでデコルテを露わにしたことで、アリエルの美しく女性らしい胸元のラインまで際立たせ、ふわっとしたフリルは中性的な容姿を、より女性らしく華やかに魅せている。首元のチョーカーは、夫であるアルの瞳を想像させる美しいエメラルドグリーンの宝石が煌めいている。


 用意を済ませたアリエルが玄関ホールに向かうと、すでに準備を済ませたアルがアリエルを待ってくれていた。階上からでも彼の美しさはしっかりと目に映る。

 サーモンピンクのシミューズに白のクラバット、美しい金糸の刺繍の入ったジレ。黒に近い濃紺のジュストコールを纏い、胸元ので輝くアリエルの瞳のような碧色の宝石で彩られたラペルピンはひと際輝いて見える。


 「アル。お待たせしました。」


 にっこりと微笑んで挨拶をすると、時が止まったかのようにアルは表情を固め、こちらを見つめたまま何も言葉を発しない。


 しんと静まり返った玄関ホールで侍女や侍従たちはソワソワと二人を見守るしかない。


 「あの・・・どうかしましたか?」


あまりにもずっと黙ったままのアルに不安になったアリエルが尋ねると、ぴくっとわずかに体を反応させてから紳士的な微笑みを返してくれる。


 「すまない。そのドレスアリエルにとてもよく似合っていますね。」

 彼はすっと腕を差し出し馬車へとエスコートしてくれる。


 アルの様子はいつも通りのようでなにか違って見えて、アリエルにはそれが言いようのない不安に感じた。

 走りだす馬車の中でも微笑みは崩さないものの、明らかに視線が合わない。


 (もしかして・・避けられている?)

 普段のアルは避けるなんてことは絶対にしない。常に堂々とした立ち振る舞いで他者の圧倒する彼らしくない。


(私・・何かしてしまったの?それとも・・・本当はこの見た目が似合ってない???)


 普段の見慣れないアリエルの姿に女性らしさを感じ取り、男色の彼にとっては受け入れがたかったのではないだろうか。自分の取った行いは、彼を不快にさせたのではないかと思いいたると不安でたまらなくなってしまう。


 「アル・・私の恰好は・・お気に触りましたか?」

 「え?」


 不安げに投げかけたアリエルの言葉で、窓の外を眺めていたアルは思わずバッと振り向き大きく目を見開いている。


 「アリエル?何故そのようなことを?」

 「アルが・・目を合わせてくれないので・・。」

 「!ーすまない。気に障ってなどいない・・これは・・その・・アリエルが・・」

 「!!!-私が・・・やはり何かしてしまったのですね。」


 しどろもどろに戸惑うアルに、やはり自分が何かしてしまったのかとアリエルの顔は青ざめ始める。


 「ち・・違うんだアリエル。君が・・あまりにも美しいから・・直視できなかったんだ!」

 「???」


 頬を朱色に染めて慌てて弁明するアルの姿は、普段のアルからは想像できない思春期の少年のような様子で、呆然としてしまう。


 「アリエルが女神のように美しいから・・胸の鼓動があり得ない位速くて・・あぁ・・すまない。」

 「!!!」


 とんでもない賛辞を贈られることにも驚きは隠せなかったが、熱を帯びた彼の瞳は言葉の途中から視線を彷徨わせ動揺しているのがこちらにまで伝わってくる。アリエルにまで熱が移ってしまったかのように頬が紅潮し、思わず俯いた。


 しばらく沈黙が続いたがアルは冷静さを取り戻し、いつものように優しく穏やかにアリエルを見つめる。


 「私たちはお互いのことを全くと言って良い程知らないだろう?君のまばゆい美しさも今頃きづいた。今日は私と共に互いのことをもっと知っていかないか?」


 「はい。私もアルのことがもっと知りたいです!」

 二人は微笑み合うと、繁華街へ着くまでの間お互いのことを教え合った。


***


 ファルムスの繁華街は出店が多く立ち並ぶ商店街の通りと、高級ブティックの並ぶ通りがお決まりのデートコースになっているらしい。

 

 エルとしては、商店街の通りに武器や雑貨など普段使う物品を揃えるために良く来ていたので馴染みがある。「エルが好んで商店街に行っていたからついていったことがあって懐かしい 」と伝えたら、アルは商店街に向かってくれた。

 

 商店街の花屋の上がエルの借り部屋なのでうっかり顔見知りに会わないか心配にもなるが、今のばっちり化粧をしたアリエルをエルと思う人はいないだろうと思う。


 案の定アルと共に並んで商店街を歩いても、誰も声をかけてくるものはいない。アリエルはそれがなんだか嬉しくて、つい顔を綻ばせながら様々な出店の品々を目を輝かせながら眺めていた。


 「アリエルは商店街にもほとんどこないのか?」


 「そうですね。自室でや図書館で本を読んで過ごすのが好きなので、こちらに来るのは本当にたまにですよ。」


 「それなら休憩しながら一通り見て回ってみよう。」


 彼は腕を差し出しアリエルをスマートにエスコートする。周りは平民がほとんどなので護衛が二人の前方後方にそれぞれ2人ずつ付き添い、少し離れた所からも6名は二人を見守っている。


 あまりの仰々しさに苦笑いしてしまうアリエルではあったが、二人の装いは高級ブティックに相応しい装いであった為、仕方ないと思うしかなかった。


 初めてのアルとのデートは想像以上に心弾むもので、彼はアリエルが興味を示すものに積極的に時間をとってくれた。フルーツの入った包み焼きや、バターがたっぷりと乗ったほくほくとした蒸し野菜など、普段食さない食べ物もアルはおいしそうに一緒にベンチで食べたのだった。

 アリエルはコルセットは見ていたがそこまできつく締めあげてはいなかったことと、パニエも普段より少なめに重ねていたこともあり外のベンチであっても何とか問題なく腰掛けることができた。


 後宮ブティックへ馬車で移動した際、帝都ファルムスで人気のカフェにも立ち寄った。


 「まぁ!こちらのケーキはふわっとしたムース上のケーキなのですね!口当たりがとっても軽くていくらでも食してしまいそうですわ!」


 「-確かに。今人気のスウィーツとは聞いていたが、これは不思議な食感だ。紅茶にも合うな。」


 「とっても合いますね。初めて食べましたがとても気に入りました。」


 口に含んだアリエルは花が咲き誇るような笑みを浮かべて満足そうに紅茶も啜っている。そんな姿をアルは幸せそうに眺める姿を、周りの客たちは、皆二人をうっとり見とれながら呆けている。 


 高級ブティックの通りではアリエルの好みの色のドレスを共に選び、およそ1か月後に皇宮で催される皇太子殿下の生誕祭の夜会の為のドレスのオーダーや、宝石類もアリエルの好みに合わせて揃えたのだった。


 「アル。私は夜会に出ることは滅多にないのですから、パーティードレスは3着もあれば十分なのです。何十着もオーダーしても着るタイミングがございませんわ。」


 「だめだよ。その時によってドレスコードがどうなるかわからないだろう?早めにある程度用意しておかないと駄目だ。アリエルはスファルティス侯爵夫人なのだから。」

 

 今までアリエルは最低限度の夜会で済んでいたので、ドレスをオーダーするのではなく既製品のドレスでドレスコードに対応していたのでアルの指摘はもっともで返す言葉が見当たらない。それに合わせて購入された宝石の多さにもアリエルは目が回りそうになるのだった。


 デートはずっとアリエルはお姫様のようにアルのスマートなエスコートで楽しく過ぎすことができた。どんな時であっても熱のこもった眼差しで見つめられ、熱心に話を聞いてくれる。お互いのことを教え合い、アリエルがシックな色合いだけでなく、淡い色合いも好ましいと感じていること。宝石類はシンプルな方が好きだという事。スウィーツは食べ応えのあるパイなどよりも、クリーム多めの軽い甘すぎないものが好ましいと思っていること。ドレスは体のラインのわかるマーメイドドレスなども興味があること。アルは沢山のアリエルの好きなものを理解し、それに見合ったものを選んでアリエルの前に並べた。彼の対応にアリエルの鼓動は終始早鐘を打ち続け、自身も無意識に熱のこもった視線をアルに向けていた。


 きっとアルも気づいていたのだろう。時折見つめ合った二人の鼻が、触れ合ってしまうのではないかという位近づいて、アリエルが思わず瞼を閉じても、気づけばアルは体勢を整えて何事もなかったかのように会話を続けている。アリエルが歩みを進めていたときにバランスを崩し転びかけた時も、しっかり抱き寄せたかと思いきやすぐに体は離される・・。


 (なんだか歯がゆい・・・アルは何で触れてくれないんだろう・・)



 初めてのデートから、3日に1度は二人はデートをするようになった。


 最初の繁華街のデートのあとは、森林公園へのピクニックデート。帝都図書館での読書デート。オペラ鑑賞デート。


 デートの最中は、触れ合いを一定の距離で線引きされているような感覚に、もどかしさを感じずにはいられない。アルの瞳は間違いなく熱を持っているのに・・・何故なのか?


 熱烈な告白からすでに1か月経とうとしている。それにもかかわらず、抱き合うことも、口づけも未だに進展はない。

 


 アルは怪我も完治して、今は皇宮の騎士団本部と討伐第二部隊支部を行き来して仕事も再開している。


 アリエルはアルの気持ちを測ることができず、もどかしい気持ちを紛らわせようと侍女と護衛を従えて帝都ファルムスの高級ブティック通りへ訪れていた。


 邸宅に籠っているよりも、アルに日頃の感謝の気持ちとしてプレゼントを贈るために外出しようと考えた。侍女も喜んで外出の手配をしてくれたので、すぐ外出はできたのだが護衛が10人も付き、様々な場所から見守っている状況でまるで見張られているようにも感じる。しかし、護衛の多さよりもアルとのスキンシップのことが頭から離れず、アリエルはいつの間にか宝石店のショーケースの前に佇んでいた。


 「アリエル?」


 心ここにあらずの状態でショーケースを除くアリエルに後ろから品の良い男性の声がアリエルの名を呼んだ。






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