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美貌の若き侯爵様の想い人は男装令嬢の私?  作者: 芹屋碧
第一章 出会いと気づき
5/17

5...二人の想い







 アルはアリエルの寝顔は見たことがない。エルの寝顔を見つめると、もしかしたらアリエルもこんなに愛らしい顔で今頃眠っているのだろうかと、想いを馳せずにはいられなかった。


 眠るエルの髪色は、アリエルのダークブロンドとは違い明るいアッシュグレイで、戦闘中目に映るエルの髪は、陽の光で煌めく白髪のように見えて、まるで妖精の様な神秘的な容貌にすら思う。しかし、顔の輪郭や美しい碧の大きな瞳は、吸い込まれそうに美しいのに幼さも残して見える。しゅっと通っているのに高すぎない可愛らしい鼻。唇は何もしていないと思うが、プルプルしていて瑞々しくてアリエルと瓜二つだ。睫毛は髪の毛と同じ明るいアッシュグレイだが、上を向いた長い睫毛も二人は同じだ。控えめに言ってもエルとアリエルの容姿は、瓜二つの美しい艶のある乙女のようだ。


 しかし、エルの口調は討伐第二部隊の中で一番ひどい。あの容貌からは考えられない位、歯を見せておおらかに笑い、女性であったならばありえない程に、口喧嘩では他の連中を言い負かしかねない強気な性格。討伐遠征の度に遅刻する常習犯。あっけらかんとしている割に、他の隊員に対してもアルに対しても、さりげなく気を配ってくれる優しさも持ち合わせている。本当に不思議なやつだ。


 辛そうな顔をしている奴がいれば、共に酒を飲みながら優しく話を聞いてくれる。素直に楽しい時は楽しそうに笑い、腹が立つとものすごい勢いで怒る。感情が素直でかわいい。


 気づくといつもエルばかり目で追ってしまう。行動を見逃がしたくない。男でも女でも関係ない。恋をしたと気づくまでは、戦友としてだけじゃなく、かわいい弟ができたようにさえ感じていた。


 エルを見つめながら頭を撫で、どの位時間がたったのだろう?時計を確認するとすでに半刻ほどたっている。エルとともにいると時間を忘れてしまう自分の心に溜息をつくと、布団に上がりエルの横に横になった。


 いつものように後ろから抱きしめると、男とは思えないような、甘い花のような香りがふわっと鼻孔をくすぐる。この香りを嗅ぐと何もかもどうでもよくなって、きっとなんとかなると意味もなく思えてしまう。無意識に頬を摺り寄せてぎゅっと抱きしめていた。


 これがアリエルだったなら・・などと考えようものなら、自信は昂ぶりを抑えられず大変なことになることだろう。


 しかし、今は明日以降の討伐のことを最優先で考えなければならない。恐らく明日以降は中級魔獣と対峙することになるのだろうから。


 中級魔獣の報告は、近隣の村人が薬草採取に行った際遭遇したと報告を受けていた。

 彼らは、薬草採取をイーシスの湖周辺で行う事が多いと言っていたので、恐らく間違いなく自分たちも、まもなくあいまみえることになるであろうと推測している。


 (どんな魔獣であろうともすぐに終わらせる!)


 きっとアリエルに会えば、この気持ちと向き合えるはずだとアルは信じて目を閉じて眠りについた。


 





***



 「んん・・ん」

 陽の光を感じてエルは重い瞼をうっすらあけると、布団の上に自分が横になっていることを認識した。


 「あ・・寝てたんだ・・」

 昨日から討伐が開始され、魔獣をありえない速さで殲滅していくアルに、負けないように共に駆け回ったからか疲れが出ていたのだろう。【橙】の用意してくれた夕食を軽く食して、テントに戻ってからはほとんど記憶がない。きっと倒れこむように眠ってしまったんだろう。

 

 フッと下を覗くとプロテクターをしたままの自身の腹回りには、自分ではない両腕が巻き付き、気づけば背中は人の温もりを感じ、自身の後頭部あたりからは微かに寝息が聞こえ、後頭部が何かに触れている。それが何なのかすぐに気づく。


 「また抱き着いて寝ちゃったんだ・・アル。」

 ふぅっ溜息を吐くが、彼に包み込まれるように抱きしめられるのは安心する。

 生死をかけた討伐の中でも、アルに抱きしめられるとそこは二人だけの世界で、安住の地のようにさえ感じてしまう。


 討伐遠征は生易しいものではない。今も【黒】がシールドを張って守ってはくれているが、破られないとは限られないから気が気じゃない。本部に戻るまでは体を清めることはできない。一応魔法で汗や汚れを落とすことはできるが、ゆっくり体を温める事なんて叶わない。


 むさくるしい男たちと8年も一緒に過ごせば、流石にこの環境にも慣れる。最初のころは、いつ女だとバレるかと気が気ではなかった。自分の見た目もあって、エリーザにはあり得ないと伝えたが、正直男にも好意を持たれるのは仕方ないと思える位、何度となく突然抱き着かれたり、体を触られることも多々あった。勿論そんな下賤な奴らは滅多打ちにしてやったが・・・


 戦闘で興奮した男たちは欲求がたまりやすいのだという。夕食の席で平気で酒を飲みながら当たり前のように「あー女が抱きたい!」とかほざいているので、「男とはそういう生き物なのだろう。」と初めて討伐に参加してから1年もたたずに理解していた。そんな自分が男に恋愛感情を感じられないのは仕方ないハズだろ?エルは自身に問いかけ納得していた。

 

 しかしアルは他の男たちとは全く違った。初めて共に戦った時、彼の戦う姿は神と見紛う程に美しかった。動きに無駄がなく、繰り出す火と水の魔法は、まるで芸術のように彼を魅せる一部になっていた。魔獣の返り血を浴びても汚らわしいなどと感じない。まるで舞うかの様な一連の動きに魅せられ、自分も共に美しく戦いたいと望んでしまった。


 他の男どもに舐められないように汚い口調で周りを牽制しながらも、戦うときは舞うように、かつ迅速で美しくあれと自分自身を昂らせた。アルもきっと気づいていたはずだ。感覚を共有しているかのようにお互いの波長があい、他のものが目に入らない位自分たちが共に戦う事を望んでいた。


 ただ彼は、他の男たちと共に食事をしている間「女」の話も、「欲求」の話も一切しなかった。だからだろうか。彼に対しては他の男たちのように、汚らしいとはとても思えなかった。


 女友達とも違う。家族とも違う。不思議な安心感があった。それを強く感じたのはアルに同じ布団で寝るよう命令されて、初めて抱き枕にされた時だった。


 「嫌」なんて感じなかった。ときめきも感じはしなかったが「嬉」を間違いなく感じていた。言葉では「離れろよ。」なんていうものの、嫌悪感なんて出さなかった。呆れたように受け入れそのまま眠った。それが自分自身でも信じられない位心地よかった。


 翌日以降、より体が軽く感じた。そして嫌悪する男たちの事も大して気にならなくなってしまった。それからは、討伐中寝るときは二人一緒というのが【当たり前】となっていったのだった。


 討伐がない時は一緒にいなくても、討伐に参加する時はそれが当たり前。これが未だに続く二人の当たり前。

 でもそこにアルは変化を出してしまった。

 

 【恋慕】という変化。3日前のアルの瞳は、間違いなく恋い慕っているように感じた。苦しいほどの感情を抱え「受け止めてほしい」という願いをエルに向けてきた。


 エルが感じたのは【嬉】だった。討伐中の自分は間違いなく男だと思えるほどに、荒々しい態度をとっているから、乙女だなんて間違っても思えない。自分自身でもそう感じているのだから、仲間のことは【男】としてではなく同士としてしか感じていない。しかし、アルに対しては半身のようにすら感じていたので嫌悪など感じるわけがなかった。


 でもそこに異質だったのは、【アリエル】という存在だった。アリエルは私だし、エルも私。しかし、長い男装生活で、男の自分と女の自分が二分してしまったような感覚なのだ。


 私であって私ではない。だからアルからの恋慕はエルとして受け取った。それだけだった。男同士でどうこうなりたいなんて思わない。これまで通りの関係が理想だ。素直にそう感じただけだった。

 

 それなのにアルは、アリエルにもエルに向ける恋慕を感じていると吐露したのだ。これには【嬉】ではなく【惑】だ。アリエルとしてアルと過ごすとき、彼に好かれるようなことは何一つしていない。乙女のような恥じらいも見せたことなんてないし、自分からアプローチすらしたことはない。


 アルは普段からエルのことしか話さない。アリエルのことは優しく接してくれるが、家族としてというのがしっくりくる。愛情なんて存在していない。ただふと稀に微笑まれるとき、情愛を感じたことはないこともないが・・。


 私たちは出会って半年はたったものの、結婚して夫婦となってからはまだ3か月も経っていない。どう考えたって、アルの恋慕を信じられるほどの時間を共に過ごしてはいない。

 異性に対して恋愛感情を感じられなくなった自分には、戸惑い以外の何物でもなかった。


 「アリエルとしてどう受け止めるのか?」これはアルから言葉にされる前に考えなくてはならない。


 抱きしめられている体を身じろぎしながら、なんとか回転させてアルの寝顔を見つめてみた。


 「きれいだな。」

 その一言に尽きる。輝くようなハニーブロンドの髪はサラサラとしていて顔は女性のように美しいのに、男性とわかる輪郭。すっと通った高い鼻。うすい唇。長く艶やかさを引き立たせるような睫毛。身長は180は超えているだろうに、無駄のない筋肉のせいか着やせして見えるその姿は本当に美しい。

 

 自分でも気づかない位長い事見つめていたのだろうか?突然ぎゅっと強く抱きしめられたかと思うと、自分の直ぐ目の前に大きな美しいアルの、エメラルドグリーンのような瞳が映り込んだ。


 「朝からそんな見つめるなよ・・我慢できない」

 色香を漂わせる声音でとんでもないことを言われ、エルはこれでもかという程に顔を紅潮させて両手でアルを押し飛ばした。どうやら無意識に身体強化をかけて押してしまったらしい。


 「痛い・・エルひどい・・」

 布団から落とされたアルは、しょぼんとしながら体をゆっくりと起こし布団に腰を下ろした。


 「どう考えてもアルが悪い!俺は悪くないっ!」

 プイっとそっぽを向くと、支度をするために立ち上がり服を着替えるために動き出す。簡易テーブルに置いておいた制服を羽織りながらエルは動揺した心を必死でなだめていた。


 (我慢できないって何が????俺は友達・・それ以上でもそれ以下でもない!落ちつけ!深呼吸!深呼吸だ!)


 自分の動揺はおくびにもださず、着替えながらやっと心の動揺が落ち着いてきてほっと安心した時、エルの耳元に息使いを感じ、腰にはまた腕が巻き付いた。


 「ーおいっ!いい加減にしろ。」

 冷静を取り戻したエルが、振り返らずあえて嫌悪するように怒を乗せて言葉を発すると、アルはさらに腕に力を入れてエルを抱きしめた。


 「ごめん。怒らないでくれ・・抱きしめるだけだから・・」

 縋るようなアルの声に、エルの力は抜けた。気を張った自分がバカバカしく思えてしまったから。


 自分が討伐でアルに癒しを求めていたように、アルもエルに同じ感情?を抱いている。討伐の間はそれがお互いのコンディションを保つためには必要不可欠だとエルは理解している。


 「ー頼むから。討伐中余計なこと考えてんじゃねーぞ?わかったな?」

 「あぁ。」

 言葉を交わした後も、しばらくアルの腕が離れることはなかった。肩越しに触れた柔らかい感触が、アルの唇だったことは気づかなかったことにしよう。エルは目を瞑り、これからの戦闘に向けて心を整えるのだった。 





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