魔王様の独り言
人間だった頃、他人から見れば恋人と言える存在が居た事がある。
死ぬ数年前には別れてしまったけれど、五年程付き合っていた訳だし、それなりに長く続いたんでは無いかと自分では思っていたりする。
共に出掛ける時は主に飲食やアミューズメント的な、一人で行き辛い場所ばかりだった。
映画も買い物も一人で行動するのが好きだったし、一人で行ける飲食店なら共に行く事も無かった。
女だって性欲は持っている訳だし、不特定多数と関係持つよりかは安心が出来る。
相手の男も似たような性格だったし、他人から見れば恋人関係なのだろうけど、振り返って思えば、お互いの感覚では恋愛未満セックスフレンド以上って気持ちで付き合っていたような気がする。
それでも、子供なんて出来た日には結婚しても良いかなぁ位には好きだった。
と、私は執務室の窓から庭を眺めつつ、人間だった頃を思い出していた。
思い返す程に、私は恋愛らしい恋愛もしてなければ、それ程熱い思いを抱いた事が無いって事に気付いてしまった。
「何か恋したい気分だなぁ」
「恋……で、ございますか?」
私が呟いたの独り言に、イシュが反応して聞き返してきた。
「そ、恋。身も心も焦がれちゃって、寝ても覚めてもその人の事しか考えられないっていう恋」
イシュは魔族だから、恋愛感情なるモノが分からないだろうと具体的に言いながら振り返ったら、世の女性が見惚れる美しい顔に、世の女性が卒倒しそうな麗しい笑顔を私に向けて胸を張っていた。
そんなイシュを見て、呆れ気味に思わず鼻で笑ってしまった。
「馬鹿ねぇ。こんな話している時点で『男』と見做されてないでしょうが。論外論外」
片手を振り振り、ショックを受けているイシュを余所、に私は再び窓へと目を向ける。
しかし、人間だった頃は特に恋愛したい等と露とも思わなかったんだけどなぁ。
この心境は一体なんだろうと小首を傾げ、胸の内で自問自答する。
魔界に来て魔王になって、荒れた魔界を必死で平定させて、今ではのんびりまったりと穏やかな魔界生活を送っている。
執務なんかは本来大公達がやってくれるんだけど、そうなると私が日々手持ち無沙汰になるから私が執務を処理する事になったのだ。
「…………」
酷いですというイシュの恨み言をBGMに、はたと気付いた私。
要は、私は暇なのである。
人間、暇になると碌な事は考えないと言うが、正にその通りではないか。
大体、こんな幼児を誰が恋愛対象と見做すと言うのか!
恋愛対象と見做すヤツは、特殊嗜好の連中だから論外である。
体は子供でも、頭は至って健全なる二十七歳の女なのだ。
こうしてはいられない。
何かすべき事を見付けなければ。
ただでさえ、馬鹿みたいに寿命が長いのだから、暇になるたんびに恋がしたい等とボケたくはない。
「出掛けてくる」
椅子から勢い良く立ち上がり、まずは何をしようかと考えながら扉へ向かう私を、イシュが縋り付いて引き止める。
「身も心も焦がれちゃって、寝ても覚めてもという男の所へ行くのでございますかっ! 行かせませんっ!」
「はぁ?! 何言ってんのっ。居ないから欲しいって言ったんであって……」
「探しに行かれると言うんですかっ!! 尚更、行かせられませんっ!」
「ちょっ、ちがっ! 馬鹿っ! 押し倒すなっ! 変な所触んないでっ!! こら――――――っ!!」
身長差のあるイシュに全力で引き止められ、全力で倒された私はその後、執務室の床でイシュと全力で命を掛けたプロレスをする羽目に陥ったのである。