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魔王様と窓の月・前

 私は六歳の頃に、魔界へ連れ攫われてきました。

 私の生まれ故郷はスマニアナ国で、クショーレア山脈の麓にある村だったと記憶しております。

 岩だらけの土地は耕作には適さず、貧しい村、貧しい家でした。

 数少ない家畜も痩せ細ってて、幾ら働いた所で生活は豊かにならず、蓄積された疲労で活気の無い村。

 当時は、魔界も荒れ果てていた為、よく山脈を越えて魔族が人間を狩りに来るなどはしょっちゅうの事。

 麓にある私の村も、当然襲われました。

 怯えて暴れる家畜は無残にも食い荒らされ、村の人達も成す術無く殺され食べられてしまいました。

 小さな村でしたので、襲ってきた魔族の飢えが辛うじて満足する頃には、生きている者は子供ばかりの極僅かな人数でした。

 私を含め、残る子供達は全員魔界へと連れ攫われたのであります。

 ただでさえ貧しい村でしたし、連れてこられた子供達も痩せ細っておりました。

 連れてきた当初は餌を与えて太らせようと考えていたみたいですけど、与えられる肉はとてもではありませんが食べられるような物ではありませんでした。

 飢えて苛立つ魔族は、私達子供を太らせるのも疎ましく思うように至り、小腹の足しにでもと食べようとしたのであります。

 そこへ別の魔族が現れました。

 私達を連れてきた魔族は、獣族でも狐の姿をしておりましたが、現れた魔族は熊の姿をしておりました。

 実際に大きい方なのですが、子供が見上げればその大きさは一層際立ち、狐の魔族を食い千切る姿には恐怖さえも凍り付いた程の恐ろしさでした。

 飢えに飢え、いつ魔族に食べられるかという恐怖が付きまとう中、現れた熊の魔族は恐怖の象徴以外の何物でも無かったのです。

 その姿に子供達は全員気を失ってしまいました。勿論私もです。

 そして気が付いた時には、どこかの屋敷の一室でした。

 満足とは言えませんでしたが、私達人間でも食べれるような物を与えて下さったのです。

 若しかしたら、その時は非常食程度に考えていた為かもしれませんね。

 しかし、それから暫くして魔王様が現れ、荒れ果てていた魔界を平定されたのです。

 魔王様在位当初は、多少揉めたようでもありますが、それも今ではすっかり落ち着き平和な日を迎えられるようになったです。

 魔王様はまず魔族達の飢えを満たされ、荒れた地を整備し、法を定められたのです。

 六歳で魔界へ連れてこられた私は無学であり、無知ではありましたが、その流れの早さに驚いた事を今でも覚えております。

 そして、魔王様は我々攫われて来た人間達を解放する為に動かれたのであります。


 「嫌です! 絶対に魔王殿には参りませんっ! 旦那様のお傍に居たいのでございますっ!」

 屋敷の柱にしがみついて泣き叫ぶ私に、旦那様はほとほとお困りの表情を浮かべていらっしゃいました。

 獣族の長である、シャイアマティウ大公様よりも大きな体をしていらっしゃるのに、私のような脆い人間如きに困った顔をされる可愛らしい旦那様でらっしゃいます。

 旦那様は、確かに人型になられましても、普通に怖いお顔をされておりますし、笑顔を浮かべられても怖いお顔ではありますが、とても心根はお優しい方なのでございます。

 旦那様のお父上君もお優しくご立派な方でございます。

 私は、旦那様の屋敷に連れてこられ、僅かながらでしたが食べ物を頂き、ひどく感銘を受けたのでございます。

 仮に非常食としてであろうと、飢えていた私には与えられる食事はご馳走でしたし、魔界へ攫ってきた狐の魔族のように乱暴な扱いもされませんでした。

 大きなお体をしていらっしゃいます旦那様でしたので、最初は怖い思いもしましたが、寡黙に私達へ食べ物を運び、怪我をしていた子には手当てをして下さるそのお姿に、恩を感じるようになったのです。

 この思いがいつから恋慕へ変わったのでしょうか。

 魔王様空位の時に迎えた、魔族の繁殖期であるオルギア期には自分が人間である事を、また旦那様が誰かと過ごしていらっしゃる事に涙で枕を濡らしました。

 その時に私は年頃の娘から、旦那様をお慕いする女へと変わっていったのでございます。

 人と魔族では寿命は異なります。

 私は人間故に旦那様よりも早くに歳を取り、老い、そして死ぬのです。

 今の私であれば、花の盛り、女としても一番輝いている時期である。

 旦那様をお慕いするばかりに、何とも浅はかで慢心した考えだったのでございましょうか。

 決して、誰もが振り返るような美しさを持っていた訳ではございません。

 寧ろ平凡な容姿、有り触れた赤茶の髪、薄い緑の瞳と、どこにでも居て、そして誰にも見止められない平凡な女でございます。

 しかし、その時の私は今を逃してはという思いに囚われておりました。

 旦那様からの寵愛を頂きたい等、そこまで恐れ多い事は考えておりませんでしたが、一度でも良い、一夜限りでも構わない。

 その強い思いだけで旦那様へお縋りし、私が捧げられる物を差し出したのでございます。

 旦那様は大変ご立派でございまして、正直大変痛い思いも致しましたが、それでもとても幸せな気持ちだったのでございます。

 その後も旦那様は私の体を労わって下さり、また時には私の焦がれる思いを汲み取って下さってか、閨へと誘って下さる事ございました。

 本当に本当にささやかではありますが、幸せな日々だったのでございます。

 魔王様が人間を解放すると宣言なさるまでは。

 その日、魔王様の命令により各領地に居る人間は、一旦魔王様の離宮へ集められるようにとの事でした。

 旦那さまのお屋敷にて、召使としてお世話になった共に攫われて来た幼馴染達は既に離宮へと向かいましたが、私は旦那様とはどうしても離れ難く、柱にしがみ付いて泣いて旦那様を大変困らせたのであります。

 ここまで泣く者を無理強いするのも忍びないと、旦那様は獣族長で在らせられますシャイアマティウ大公様へ今暫くお待ち頂くようお願いに伺って下さったのです。

 これ程までにお優しい旦那様を困らせてしまい、申し訳無い気持ちではありましたが、安堵したのも確かでございます。

 そして、私達人間の召使を取り纏めていらっしゃった獣族である女中頭の方が哀れんで、こっそりと『隷属』に付いて教えて下さったのです。


 そこまで旦那様をお慕いしているのであれば、旦那様の隷属にして頂くようお願いしてみたらどうかと。

 隷属の身となれば、契約主である旦那様に命を捧げ、旦那様の命が尽き塵と化して消える時に隷属も共に塵と化すと。

 主の許し無くばその命を消す事も叶わず、されど魔力を持たぬ身故に死ぬような傷を受けても傷が塞がるまでは永きに渡り苦しむ思いをするであろうと。

 己に服従をさせ相手の尊厳を踏み躙る為の永久の枷である事を。


 魔族でさえも忌み嫌うその行為こそが、私にとっては正に夢のようなお話なのでした。

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