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魔王様専属料理長の苦悩

魔王殿厨房責任者サロエナの章

「サロエナよ」

 魔界で新たに収穫する事が出来た野菜の良し悪しを物色していた私は、背後から声を掛けられました。

 ガルマエアータ大公が立っていらっしゃいましたので、慌てて野菜を置き深く頭を下げてお辞儀を致します。

 『ガルマ』と呼ぶ事が許されるのは、魔王様と他大公様方のみであります。

 他の者がガルマ大公と呼べば、その瞬間に塵と化して消えている事でございましょう。

 「ガルマエアータ大公! 本日も見目麗しく、このような所へご足労頂きまして申し訳ありません」

 豊満な体を包む本日のお召し物は、光り輝く宝石が所々に鏤められ、黒い糸をふんだんに使って編んで縒られただけのドレスである為、編み目の隙間から白い肌がちらちらと見えております。

 下着はお召しになられているのかと、余計な心配をしてしまいます。

 ええ、心配でございます。

 決して、邪な思いからではございません。

 豊かな胸は谷間も深く、襟刳りの深いそのお召し物では、たわわな胸が今にも零れ落ちそうで、恋人も居ない独身の男にはかなりの目の毒であります。

 「良い。本日は、新たに採れた野菜があると聞いて寄ってみたまでよ。して、魔王様のお口に相応しい物となりそうかぇ?」

 金の刺繍で飾りをあしらった黒い扇子を口元でたおやかに揺らしながら、ガルマエアータ大公は今しがた私が見ていた野菜へと視線を移されましたので、料理人の自負を持って頷き答えました。

 「鮮度も十分ですし、身もしっかりしております。形良い物を今選んでいた所でして、この後は魔王様へご相談し、料理を幾つか決める予定でおります」

 「魔王様は其方の作る料理を甚くお気に召されておる故に、確と努めるが良いぞ」

 「ありがとうございます。この度収穫出来ました野菜に尽きましては、ガルマエアータ大公から並々ならぬご協力を頂いた事、既に魔王様へはご報告を致しておりまして非常に喜んでおられました」

 「ほぉ……魔王様がお喜び下さったか……それは重畳よのぅ」

 機嫌良くガルマエアータ大公が笑う様子に、内心汗を拭う私であります。

 身の安全は確かに魔王様自ら保証して下さってますが、精神面の安全は自分で守らなければならないのです。

 実際、人間界の食材、農作物を魔界で作るにあたってはガルマエアータ大公の協力を頂いておりますし、魔王様のお耳にガルマエアータ大公の名が入るというだけでご機嫌になって頂けます。

 機嫌の良いガルマエアータ大公と対面する私も、精神的に安心出来るというものです。

 ガルマエアータ大公と初めて対面した時は、魔王様自ら目を掛けられた人間というだけで睨まれたものであります。

 私も王宮で働いておりましたし、睨まれるだけならやり過ごす事も出来ますが、魔族の大公様から睨まれるというのは心臓を直接握られるようなものでありました。

 実際、ちょっと握られたのかもしれません。

 その時、死ぬかもと思う程心臓が痛くなりましたから。


 しかし、イシュアレナ大公とガルマエアータ大公は甲乙付けがたい妖艶さであり、人間の身でその眼差しを受ければ情欲を掻き立てられるばかりです。

 こうして魔王殿で勤める事になったとは言え、未だ馴れずに年甲斐にも無く顔が赤らんでしまうのが情けなく思うのであります。

 今もガルマエアータ大公を前にし、微かな身動きで漂う甘い香りが鼻腔を擽り、官能を刺激されて居た堪れません。

 良い歳をして赤くなる私に気付かれたガルマエアータ大公は、細い目を一層細められて妖艶な笑みを浮かべました。

 聖人、聖女と呼ばれる方々でさえも、魔族の色香に抗える者などおりませんので、凡人の私などは風前の灯火であります。

 「サロエナ? 其方は、人間ではあるが魔王様への忠誠も厚くよう務めておる。其方を招いた魔王様の見る目は確かであらせられるよのぅ」

 心臓潰そうとしたのに等と口を滑らせたりはせず、ありがとうございますと再び深くお辞儀を致します。

 「魔王様直々に目を掛けられておる其方に、妾からも何かしらの褒美を与えてやりたいと思うのだが?」

 そう言葉を切り、閉じた扇子で私の顎先を掬い上げるガルマエアータ大公。

 蛇族であるガルマエアータ大公に見つめられてしまうと、正に蛇に睨まれた蛙も同然。

 洒落になりません。

 顔が痛い程赤くなっているのが自分でも分かりますし、息切れ動悸眩暈が激しくなってまいりますっ!

 遠くなりそうな意識の中で、そんな症状に効く薬があると、以前魔王様が仰られていたような気が致します。

 「そそそそそそそそにょ、おひょひょろるかいれりゅぅるんれごらいまふ……」

 自分では、そのお心遣いで十分ですと言っているつもりなのですが、もう既に呂律が回りません。

 微塵も魔力を使われていないガルマエアータ大公の色香は、昏倒しそうな程の威力であります。

 実際、頭に血が上り過ぎて、鼻血が出ているのが自分でも分かります。

 「余り其方をからかうと、魔王様にお叱りを受けるからのぅ……褒美は暫し見送るとしようかぇ」

 顎先にあった扇子が離れ、大公が楽しげに笑っていらっしゃいますが、こちらは生きた心地が致しません。

 あぁ、まだ頭がクラクラ致します。

 「しかし、サロエナよ。余り溜め込むと体に毒故、必要あらば何時でも淫魔族の者を借り出そうぞ? 遠慮無く言うが良い。妾が直々に面倒見ても良いがのぅ……」

 そう言って閉ざされた扇子で私の股間を指す大公。

 視線を落とせば、はち切れんばかりに膨らんでる股間。

 「ぅわあああああああ! おっ、おみ、お見苦しい物をっ、申し訳ありませんっ」

 慌てて隠そうと両手で押さえる私を見て、大公は声を上げて笑いながら厨房を出て行かれました。


 激しい疲労感に、がくりと床に頽れました。

 しかし、この状況、自己主張しっ放しのコレをどうしたら良いのでしょう。

 いえ、どうしたら良いのかは、男として生まれて三十八年を過ごしてきましたのでやり方は十二分に知っております。

 問題は、万が一ここでスッキリするような事をしてしまえば、鼻の利く大公様方に絶対気付かれてしまうという事であります。

 魔王様とお会いする時は、細心に細心の更に細心の注意を払わなければなりません。

 注意を払い過ぎて困る事等万が一にもありません。

 それにしても酷いです大公、と涙が零れそうになります。

 大公自ら面倒見て下さると仰って頂くのは破格の扱いでしょうし、そのお心遣いは非常に嬉しくもあるのですが、胸はたわわに大きくても、下には自分と同じ物があるのですよね。

 申し訳ありません。

 不肖サロエナ、魔王様のお傍にて料理長勤める意気込みはございましても、仮に魔族と交わり人間を捨てる覚悟は持てたとしても、その一線だけは越える勇気を持ち合わせてはおりません。

 一生持ち合わせたくないという、ささやかな私の願いを汲み取って下さい。


 その後私は心頭滅却するべく、冬のような寒さの中で冷水を浴びる為に厨房を後にした次第であります。

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