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魔王様専属料理長の回想

魔王殿厨房責任者サロエナの章

 私は、クーズロー国サザエニア領にあるムイナ村出身のサロエナと申します。

 四男六女と十人兄弟の中、七番目の三男として生まれました。

 一番目の長女は、私が生まれて暫くした後に嫁いで行きました。

 二番目の次女は男勝りで、恋人はおりましたが当時はまだ家におり、三番目の長男、五番目の次男と共に、父を手伝い畑仕事をしておりました。

 四番目の三女は針子屋に住み込み勤め、六番目の四女は乾物屋に通い勤めをしておりました。

 私も物心が付き、家の手伝いが多少出来る年頃に八番目の五女が生まれ、母の手伝いで台所に立つ日も増えていった次第です。

 やがて、九番目の四男、最後に十番目の六女と生まれ、母に代わって家族の食事を賄いながら子育ての腕も否応無く上がっていきました。


 さて、地域にも寄りますが、私の住むムイナ村では十歳を過ぎる頃から仕事に就くようになります。

 遅くとも十五歳までには、何かしらの職に就いているのですが、私は幼い頃より母を手伝い台所に立っておりましたので、将来は料理に関する職に就きたいと漠然と考えておりました。

 縁ありまして村長の紹介を頂き、サザエニア領主様の別荘にて住み込みで働く事が出来ました。

 別荘での料理長は大変厳しい方でしたが、料理の造詣に関してとても素晴らしい方で色々と勉強させて頂きました。

 また、サザエニア領主様にもお目を留めて頂く機会があり、本来のお屋敷で住み込みさせて頂く機会にも恵まれました。

 私は、大変運が良かったのだと思います。

 視察でサザエニア領へお越しになられたクーズロー国王様へ、私が作る料理を食して頂く機会を得たのですから。

 その機会を得た結果、私はクーズロー国宮殿の料理長にまでなったのであります。


 クーズロー国は肥沃な大地に恵まれており、農作物では他国を凌駕する程豊富であり質も良く、クーズロー国産の農作物は他国の産物よりも高値で取引をされております。

 クーズロー国王お抱えの料理長として就任して数年、その日も私は夜遅く厨房にて新たな料理に付いて研究を行っておりました。

 収穫されたばかりの野菜を手に、どのような料理にしようかと思案していた所、ふと人の気配を感じて振り返れば誰も居なかったはずの厨房に少女が立っているではありませんか。

 珍しい黒い髪と瞳をした少女でした。

 私は初めて見る髪と瞳の色です。

 その艶のある黒い髪は項が見える程度に切り揃えられ、少し癖があるのか毛先が柔らかく膨らんでました。

 明るく白い肌に、私を見上げる黒く大きな瞳に、衣服に疎い私でも一見して分かるような上質な服。

 大変可愛らしいお嬢さんでした。

 しかし、激しく場違いな為、聊か狼狽えました。

 国王が住まわれる宮殿の警備は厳しく、しかも既に夜も更けており、先程までは私以外の者はいなかった厨房に少女がいるのですから。

 「貴方が、腕が良いと評判なクーズロー国宮殿の料理長のサロエナさん?」

 「評判が良いかは存じませんが、当宮殿の料理長を勤めるサロエナでございます」

 クーズロー国王に王女はいらっしゃらないので、恐らく宮殿に出入りを許された貴族のお嬢様なのでしょう。

 立ったままでは失礼と思い、膝を付いて答えました。

 「所でお嬢様、ど……」

 「サロエナさん、私の所に来ない?」

 問い掛けは許さないとばかりに、柔らかな笑顔で少女が私の言葉を遮ります。

 「は?」

 「給料は勿論優遇するわ。今貰っている賃金より高くする事は保証します。食材の入手に関しては、まだ不安が残るけど、サロエナさんの希望に添えるように善処するわ。職場はちょっと物騒かもしれないけど、手出しはさせないから心配しないで。後は……」

 言い忘れが無いかと小首を傾げる少女に、私は慌ててしまいました。

 「いえいえ、お嬢様。私はこの宮殿で料理を作る事で満足しておりますし、いきなりお嬢様の所へと言われましても……」

 「あら……満足してて良いの? 料理を作る人が現状で満足していたら、駄目なんじゃない?」

 不思議そうに見つめてくる少女の言葉に、私は少なからずも衝撃を受けました。

 確かに、ここ最近の私は漠然とした物足り無さを感じていたのです。

 最高級の食材を思う存分に使え、思うままに料理が出来るこの環境は、確かに料理人冥利でしょう。

 クーズロー国王も舌の肥えた方でらっしゃいますので、お褒めの言葉を頂ければ嬉しく無い訳がありません。

 しかし、型にはまり、創造性が失われているのも現状だったのです。

 「この宮殿のように、豊富で新鮮な食材はまだ用意出来ないけど……私は貴方の知らない料理を知っているわ」

 私を見る少女の瞳が悪戯を含んだように笑みを浮かべます。

 私の知らない料理。

 何と言う誘惑だった事でしょうか。

 僅かに動揺を見せた私に、少女は笑みを深めましたが、はたと気付いたように目を瞬かせました。

 「あ、そうだ。言い忘れてた。私の名前はヨリコ。魔族の王、魔王よ。もしこの話を引き受けてくれるのであれば、魔王殿の厨房で私の料理を作って貰うわ」

 「はっ?」

 少女の言葉に、素っ頓狂な声が出てしまいましたが、それは仕方の無い事だと思います。

 少女は笑いながら一歩下がりました。するとどうでしょう。

 少女の周りに靄が生じ、その靄が濃くなり人の姿を模っていきます。

 呆然と見つめていた靄は、やがて美しい青年の姿にとなりました。

 白とも言えるような長い銀の髪、白磁を思わせる白い肌に、薄紫の瞳を持つ美しい青年は、壊れ物を扱うかのような丁寧さで少女を腕に抱き、射殺しそうな眼差しで私を睨み付けております。

 その眼差しだけで命を脅かされる思いを味わう一方で、なぜかしら劣情をそそられ、知らず頬が赤くなったのを覚えております。

 「また一週間後にでも来るわ。検討して貰えると嬉しいけど、無理強いはしないから断っても良いわよ? 環境余り良くないからねぇ……」

 最後は呟くようでしたが、少女の声で我に返った私は、青年から少女へ視線を移しましたが、瞬く間に二人の姿は消えてしまったのであります。

 それが、魔王様と初めてお会いした時の出来事でございます。


 その後、魔王様には私ごときの為にわざわざ数度もお越し頂き、今では魔王殿にて魔王様専属の料理長を務めさせて頂いているのであります。

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