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イベント■1031-01

 

 

 

 人間界と魔界の境界として聳え立つクショーレア山脈に面し、北のノクレアン国と南のスマニアナ国に挟まれてナエンカーレ国はある。

 このナエンカーレ国の、中でもクショーレア山脈の麓にある村のいくつかに不思議な風習がある事はナエンカーレ国内でも余り知られていない。

 クショーレア山脈は元々あらゆる生き物に厳しい山であり、棲息する動植物はノギエル山脈に比べて遥かに少ない。

 そんなクショーレア山脈に面したナエンカーレ国の領地にのみできる果実がある。

 同じクショーレア山脈に面していながら、ノクレアン国とスマニアナ国では見ることのない果実であった。

 その果実はクショーレア山脈の剥き出しとなった岩肌の隙間から生えており、ろくな養分が取れないはずにもかかわらず、働き盛りの大の男が両腕を回しても足りぬほど大きな実に育つ。

 鮮やかな橙色や赤い色をした皮と実は非常に厚く硬い。

 しかし、じっくりと煮込むことで柔らかくなり、食すことができる上に乾燥させた種子は生薬として用いることもできる果実なのである。

 裕福ではない村にとっては貴重な栄養源であり薬なのであった。

 霜が地を白く飾るかと思うキョレ月の終わりにその実は時期を迎える。

 実る数は有り余るほど多くはないが、その大きな実一つで優に一家ひと月の食事が賄えるのだ。

 貧しき村の人達は、キョレ月最後の日にクショーレア山脈へと上る。

 クショーレア山脈の険しさゆえに危ないのではと危惧するほど奥深くへは進めない。

 丁度、麓に生える木々が切れ、剥き出しとなった岩肌が見え始めた辺りにその実は生っているのである。

 その実を人々は『クロイアの慈悲』と呼ぶ。

 貧しい村においては、冬の訪れが間近となるキョレ月はいくら貯えても心細さを隠せない。

 そんな貧しき人々へ慈悲を施すようなその実を、地を司り、また山の神として狩猟や農耕、五穀の豊穣を司る慈悲深い神クロイアにちなんで『クロイアの慈悲』と呼んでいるのである。

 山へ入るのは男達だけで、女達は麓で男達が戻るのを待つ。

 なにせ、『クロイアの慈悲』は大の男が一つ持つのがやっとという大きさで、その実もずっしり詰まっていて重い。

 山はなだらかとは言いがたい道であり、女手はかえって邪魔になってしまうのだ。

 男達は手にした松明の明かりを頼りに道を進む。

 クロイア神はキョレ月の終わり、日が沈むと共に眠りにつき、再び目が覚めるのは木々が芽吹くツイラ月の始め、日の出と共にと言われている。

 最後の最後までクロイア神の恵みを受けた『クロイアの慈悲』を収穫するのは、クロイア神が眠りにつかれたその夜と決まっているのである。

 足場の悪い道を進みようやく到着した男達は、『クロイアの慈悲』が今年も大きな実に育っているのを見て小さく歓喜の声を上げた。

 クロイア神に感謝の祈りを捧げ、手にしていた松明の火を消す。

 というのも、この『クロイアの慈悲』の皮は足元を照らせるだけの明かりを放っているために、帰りは松明の明かりを必要としなくて済むのだ。

 なぜか、目と思える並んだ二つの穴、鼻と思える一つの穴、その下には笑い顔を思わせる弧の形で刻まれており、中が空洞な訳でもないのにその穴からも光が溢れている。

 日が沈むのに合わせてクショーレア山脈へ入る者など、麓の村人以外ではまずいない。

 村人にとっては慣れ親しんだ風景であるが、時折物珍しさでついてくる旅人にとっては暗闇の中、橙色や赤色に発光しながらどう見ても顔以外の何物でもない大きな果実は不気味の一言に尽きる。

 剥き出しの岩肌に並べられた大きな生首さながらの風景に、悲鳴を上げて腰を抜かすのだ。

 代表の一人が粗末ながらも村人達で作った祭壇へ、その年採れた作物で一番出来の良い物を捧げる。

 そして男達は、既に蔦から切り取られている『クロイアの慈悲』を背負い込んで山を下りていくのだ。

 村人以外は知る者の無いこの場所へ一ヶ月前であるゴハ月に訪れても、『クロイアの慈悲』は皮も刻まれておらず蔦からも切り取られていない。

 しかし、キョレ月の一日目には『クロイアの慈悲』に模様は刻まれ、蔦から切り取られているのである。

 クロイア神が再び目覚められ、実りを施してもらおうとキョレ月の間にこの場を訪れ、祭壇に供物を捧げる村人は少なからずいる。

 余所者から見れば不気味な景色も、村人から見れば恵みを約束された景色である。

 いつしか若い男女が夜に訪れるようになり、その景色を眺めながら愛を囁くのだとか。




 依子は困っていた。

 少し形は大きすぎるが、馴染みのある食材『カボチャ』を見つけたのは、丁度地球で言えば九月の末頃であった。

 カボチャは収穫直後よりも収穫して一ヶ月程経った方が甘みが増して美味しくなる。

 その為、見つけた時に全ての蔦を切り取っておいた。

 更には、食べごろとなる十月の末と言えばハロウィンであることを思い出し、魔術の練習を兼ねて目と鼻と口を刻み付けた。

 回収した後は勿論食べるつもりであるため、中を刳り貫く事はせず、魔力を注いで自家発電のカボチャランタンに仕上げてみたのだ。

 夜中に光を放つカボチャは良い目印にもなるだろうと、一人悦に入りながら十一月の始めに訪れてみればカボチャの姿は一つもなくなっていたのである。

 頑張ったのにと泣きながら魔界へ戻り、来年こそは、来年こそはと通い続けている内に、なぜか祭壇らしき物が出来上がっていた。

 そして、なぜかお供え物がされるようになっていた。

 手を取り合いうっとりとした表情で、暗闇のなか不気味に光るジャックランタンを見ている若い男女を見かけては、カボチャのどこにロマンがあるのだと問い詰めたい依子であった。

 リア充なんて! と思ったかどうかは触れないであげて欲しい。

 そして、とある年にとうとうカボチャ泥棒を発見した依子は非常に困った。

 男達は祭壇に祈りと供物を捧げ、依子が一生懸命作った全てのジャックランタンを嬉々として担いで去っていくのである。

「今年は模様の入っている物が多いな」

「模様が入っているのと入っていないのとでは、日持ちも味も格別に違うからな」

「不思議と模様の入っている物を食うと一年病気知らずだしな」

「クロイア神様々だ。クロイア神から恵みを頂いたのだから、また頑張って冬を越そうや」

 そんな男達の声が真下から聞こえる。

 宙に浮いたまま暫し腕を組んで考え込んでいた依子であったが、微かに苦笑を浮かべ一つ息を吐き出すとその場から一瞬で消え失せた。




 ナエンカーレ国のとある地域にだけ採れる『クロイアの慈悲』は、煮込む時間が長ければ長いほど柔らかさと甘みが増して美味な上に、食せば一年病気知らずという噂が噂を呼び、いつしか夜になると光り顔にしか見えない模様の入った物は王家御用達の一品となる。

 また、ザネアイ教の宗教国家であるサヌワ国からは正式な特使が訪れ、クロイア神の紋章の一つに『クロイアの慈悲』としてジャックランタンの図柄が加えられたが依子の与り知らぬことである。

 

 

 

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