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恋の邪魔者 ■ 03

 アタシを不思議そうに見上げる魔王様が頻りに瞬きを繰り返しては小首を傾げてらっしゃる。

 魔力を潜めてらっしゃるのか今はそれほど感じはしないが、魔力を有する者を魅了して止まないこの香りが腕の中にいる魔王様からほんのりと上ってからついついうっとりしちまう。

「そっか。ラズアルさんの傍でアナタが喚んでたから、ラズアルさんに喚ばれたのかと勘違いしたのか」

 魔王様は何やら合点がいった様子で一人頷いてらっしゃっるが、ああ……それにしても、本当に好い匂いをしてらっしゃるよぅ。

 自然と口の中に唾が溜まってくるというか、口の端から今にも零れちまいそうだ。

「ところで、その……そろそろ放してもらえないかな? えっと……」

 腕の中へ閉じ込めた魔王様はお小さいからねぇ、アタシの胸に届くかどうかってところがまたそそられるってなモンだし、見上げてくる困った表情も可愛いじゃないかぃ。

 魔王様だから可愛いのも当然だけどね。

 なんせ、アタシの魔王様だからさぁ!

 ああ! もう! 何もかもが可愛い上に、美味しそうったらありゃしないっ!

 いや、美味しい。絶対美味しいっ! 美味しいに決まってる!

 胸の奥を疼かせる擽ったさに堪え切れなくて、魔王様を思いっきり抱きしめちまったよ。

 だって、そうじゃないかい?

 魔界に戻ったところで、どうせ大公等が(はべ)っててこんな機会なんぞ滅多に無いんだからさぁ。

「ちょっ……苦っ……待っ……ぅ……っ」

「ま、待てっ。魔王殿が苦しがってるから、取り合えず腕を緩めろって!」

 ラズアルと呼ばれてた男が間に割り込んでこようとしたから、蹴飛ばして追い払おうとしたのに生意気にも難なく避けやがった。

 魔王様がいらっしゃるんだから、こんな人間の男にはもう用なんて無いよ。

「お前、もういらないからお帰りよ」

「なっ……いや、だから。魔王殿が苦しんでおられるだろうがっ」

 二の句が告げないとばかりに口を開けて間抜け顔を晒した男だったが、直ぐに気を取り直してアタシから魔王様を引き離そうとしやがる。

 ちょいと何すんだぃっ! お止めったらお止めってのっ!

 魔王様へ伸びてくる手を叩くもかわされ、更に伸びてくる手をかわされ、更にと暫し無言のまま互いに殺気を漲らせて遣り合ってたわけさ。

 なんだけど、魔王様がアタシの胸をそのお小さい手で撫でられる(叩く)もんだから、つい魔王様に気を取られてあろう事か男に奪われちまったんだよ。

 人間にしてはやるじゃないかい。

 誉めてやってもいいが、アタシの魔王様を奪うのは頂けないねぇ。

 絶対離れるモンか! と魔王様のおみ足へ勢いよく縋り付いてやれば、魔王様の脇の下にがっちりと腕を回している男ごと押し倒していた。

 男は頭を打ち付けたらしいけれど、魔王様がご無事だから些細な事は気になんてしないよ。

 それどころか目の前には魔王様のお尻がっ!!

 しかもさっきよりも香りが強くなってらっしゃるじゃないかいっ。

 そうと決まればやる事なんぞはただ一つ。

「ぎゃーっ! 変な所に鼻を突っ込まないでーーっ!」

「嗚呼、魔王様っ! 魔王様ぁ! 本当に良い香りをしてらっしゃるっ!」

「そんな所で匂い嗅ぐなぁっ!! や、やだって……ちょっ! ちょーっ!! ラ、ラズアルさん! ラズアルさん、助けてっ!」

 腕に抱いた時も柔らかなお体でしたが、魔王様のお小さいお尻は更に柔らかいじゃありませんかぁ。

 流石は魔王様! なんというフニフニ感っ。

 どう頑張ろうともアタシにはこんな柔らかなお尻なんぞ真似できやしませんっ。

 今は未成熟で真っ平らなお胸ではございますが、成熟された暁にはさぞや! さーぞーやーっ!

 二度と離れたくなんかない、いや、もうずっとこのままくっついていればいいのにっ!

 この募るばかりの思い、昂ぶりをどう伝えたらよいか分からず、取り合えず思いっきり柔らかなお尻へ激しく頬擦りしておく。

「ギャ――――――ッ!!」

 上げられる切羽詰ったような涙声とか、ゾクゾクしちまいますよぅ。

 どうせならもう少し、と抱えていた魔王様のおみ足を開こうとしたら男がアタシの顔面を踏みつけやがりましたよ?

 魔族様であるアタシの! 花の(かんばせ)な『白の満華』であるこのアタシの顔を踏みやがりましたよこの男っ!

 思いもよらぬ仕打ちにうっかり油断したところ、魔王様を下等な人間に奪われちまったよ。

「…………」

 人間ごときが魔族様であるアタシを足蹴にするとは良い度胸じゃないかい。

 いや、今はこんな人間の事なんざどうでもいいんだよ。

 それよりも魔王様さっ。

「魔王様、魔王様っ。どうぞ、魔王様の(しもべ)である哀れな淫魔にお情けを施しくださいまし」

 男はアタシから距離を取ろうと魔王様を抱え上げるが冗談じゃないよ。

 魔王様のおみ足に縋り付いてお情けを乞う。

「え? 情けって……いや、だって……一応、女……だよね?」

 男の首に抱きついている魔王様が戸惑ったような表情で小首を傾げられた。

「魔王殿、一応この淫魔は男かと思われます」

 何でお前が魔王様にお答えすんだぃ。

 あぁ、そうか。

 さっき部屋へ案内したときにうっかり体を押し付けてたから気付いたんだねぇ。

 瞬きを繰り返しながらアタシを見つめる魔王様。

 照れちまうじゃありませんかぃ。

「魔王様に組み敷かれるならいざ知らず、人間ごときがアタシに触れるなんざぁ冗談じゃございませんよぅ。あ、でも魔王様でしたらもうアタシをお好きになさってくださいまし。いえ、好きにして欲しゅうございます」

 とか言ったらさり気無く抱えている男に目を向けられちまったよ。

「あれ? でも、さっき」

「誤解です」

「え、だって」

「誤解です」

「はだk」

「誤解です」

 段々と語彙の強くなる男に魔王様ったら口篭られて黙っちまった。

「……誤解ですか」

「誤解です」

 というか、何? この雰囲気。

 良かったとか何仰っちゃってんです? 魔王様。

 男、お前もだよ。何、余所見してる余裕が無いとか言っちゃってんだぃ。

 アタシがいるの忘れちゃおりませんかぃ? 二人とも。

「魔王様? アタシは淫魔でございますんで、魔王様がお望みとあらば女であっても構やしませんが……叶う事ならば是非にこのままのアタシに寵を賜りとうございます。長であるイシュアレナには及ばないながらも誠心誠意を以って励まさせて頂く所存でございます」

「励むって……」

「そりゃぁもう、前からうs」

「ワ――――――――――ッ!!」

 魔王様がいきなり声を上げられたんで、アタシは口を閉じたさ。

 魔王様のお言葉をアタシごときが遮るなんて恐れ多いだろう?

 なんだけど、魔王様ったらその可愛いおみ足でアタシの口をお塞ぎになられたんだよぅ。

 忌々しくも上半身は男が抱えていやがるし、小さいお手を伸ばしてもアタシの口まで届かないからなんだろうけれど。

 襟んところから覗いてる鎖骨まで真っ赤な魔王様ときたら……これはもう。

 

 ご 褒 美 で す ね ?

 

 えぇ、もちろん遠慮なく舐めさせて頂きましたともっ。

 足の指一本一本丁寧にっ!

「ギャ――――――――――――――――――――ッ!!」

 (さえず)るお声さえもが愛らしくて堪らないじゃないかぃ。

 おみ足を引っ込めようとか、アタシを焦らすお積りなんですかねぇ?

 余計燃えちまうじゃあ、ありませんかぁっ!

 あ、やべぇ。

 本当に涎が垂れた。

 ちょっと(ねぶ)ってしゃぶっただけだったが、案の定美味しかった。

 堪んねぇ。

 咄嗟に口の端から漏れた涎を手の甲で拭ったら、その隙にまたもや男がアタシの顔に汚い足を押し付けてきやがった。

 しかも踏みつけてるアタシの顔に体重かけてさっさと立ち上がってやがるしっ!

 魔王様を背中に隠してアタシと魔王様を遮るとか何様なんだいっ!

 殺すぞ、お前!

 そう殺気立ったアタシだけれどさ、魔王様がこんな男へ必死になってしがみついてるのを見て、途端に殺る気も()がれちまったよ。

 それどころか、悲しくて悲しくて涙まで零れてきちまったじゃないかぃ。

 そんなアタシを見て、魔王様がギョッとされた様子で目を見開いてらっしゃるよ。

 魔王様は、そんなお顔も可愛いんでらっしゃいますねぇ。

「っ……あ、あの、そんな泣かなくても……」

 魔王様は困ったようにしがみついていた男を見上げてから、おずおずとアタシの傍へとやって来てくださるよ。

 魔王様だってぇのに、何てお優しいんだいっ。

 感動の余り、抱き締めようとした腕が宙を掻く。

 見れば、魔王様はまたもや男の腕に抱き上げられているじゃないか。

「…………」

 男、殺す。

 絶 対 に、殺すっ。

 こんなに憎らしい人間は初めてだよ。

 しかも! 睨みつけるアタシを意にも介せず、男は魔王様へ懇々(こんこん)と説いてるじゃないか。

 魔王様に人間ごときが説教してんじゃないよ!

「魔王殿、少しは警戒というものを覚えられた方がよろしいかと……」

「ぅ……精進します」

 肩を落として項垂れている魔王様もそそられるけれど!

「魔王様! なぜ、そのような人間を構いなされますかっ! その人間は、魔王様の何でございますかっ」

 イシュアレナを始め大公等はこんな人間のさばらせて一体何してやがんだいっ!

「えっ? 何って……その……」

 なぜ、顔を赤らめて口篭られるんですかっ!

 男! 魔王様と見詰め合うんじゃないよっ!

 というか、お前まで何で顔を赤らめてるんだい! 気持ち悪いよ、お止しぃっ!!

「お、お友達? そう! うん! お友達! し、親しくしてもらってお世話になってる方、です」

「いえ。こちらこそ魔王殿には……その、色々とお世話になっております」

 何、その間っ!

 何、その初々しいみたいな態度! 何がとか口が裂けても言いたかないよっ!

 赤くなった顔を俯かせてモジモジとか!

 言葉と雰囲気が全然違うじゃないかい!

 何かムカツク! 何かムカツクッ!!

 男っ!! 魔王様と良い感じになってんじゃないよっ!

 魔王様の手を握るなぁっ!!

 アタシの魔王様がっ。

 アタシの魔王様がぁぁぁぁっ!!




 五百年以上生きてきて、あんなに取り乱したのは初めてだったさ。






 それからどうしたかって?

 もちろん、すぐさま魔王様を引き離してやったよ。

 魔王様のお手が穢れちまうからねっ!

 その後、そう長くは留守にしてられないからって魔界へ戻られる魔王様は、お優しくもアタシにいつでも魔界へ戻ってきて良いと仰って下さったさ。

 だからさっさと魔界へ戻ろうかと思ったんだけどねぇ、楼主が泣いて縋って行かないでって鬱陶しいくらいに頼んでくんのよ。

 鼻水まで垂らして縋る楼主を見て最初は面白かったけど、人間相手に言う事聞いてやる筋合いもないしねぇ?

 結果として、アタシは楼主に恩を売ってまだ『シヨエン』に居てやってるさ。

 人間界に居場所があるってのも便利だしねぇ。

 というのもさ、あのラズアルって男が本当に本当にっ憎くて仕方ないんだよ。

 じっくりと時間をかけながらくびり殺せれば一番良いんだけど、魔王様のお気に入りだろぅ?

 おいそれと手が出せないからねぇ。

 だから、あの男が詰めている騎士団って所へ暇さえあれば通ってやってるのさっ。

 そんじゃそこらの男共には高嶺の花であるこの『白の満華』様が足繁く通ってやってるから、周りの男共から陰日なたとやっかまれているわけよ。

 こちとら誑し込む事にかけちゃ大家(たいか)である淫魔様さ。

 恋しくて恋しくて居ても立ってもいられないってぇばかりに、儚く切ない女を装ってやれば周りがいらぬ世話を焼いてくれる。

 アタシはちょいと報われない片恋って感じで、あの男以外に寂しく微笑んでやれば良いだけ。

 それにアタシのご贔屓さんである貴族達からも睨まれてるしねぇ?

 当分、こっちに居ついてあの男の邪魔をとことんしてやるんだぃ。

 ハッ! ザマアミロってなモンさっ!

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