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恋の邪魔者 ■ 02

 露地に彩を添える花も白ならば、庵の外観も幾何学的模様が刻まれた煙った色合いの白水晶、当然庵の中も白に合わせた調度品が整えられている。

 と言っても、壁から柱から全てが白じゃぁ野暮の極みってなモンさ。

 外見は箔を付ける為にも華美に色を全面に出しちゃいるが、中は外とは打って変わって落ち着いた風味を出している。

 アタシが今居ついてやってるこの店は、リオークア国の王都の中でも一番賑やかな色街にあるんだけどね、リオークアって国は軍事が盛んで軍人育成や傭兵育成で金を稼いでいるがそれ以外で金になる物を持って無い国でさ。

 庶民の家なんかは大体が土壁で出来ている。

 アタシの庵も、木と土壁で出来ているんだが、庶民の安い土壁と比べてもらっちゃぁ困るよ。

 妖精界との境でもあるノギエル山脈は、クショーレア山脈とは異なり険しさもなければ緑豊かで穏やかな山が連なっている。

 豊かなのは緑だけでなく果樹や花も色取り取り数多な種類が揃ってるわけだが、アタシの庵の土壁はクーズロー国から仕入れた土でできているのさ。

 クーズロー国の領土に面したノギエル山脈の一部に、香り高いリーカルって花が群生しててね。

 花弁から茎から葉、それに根っこからも良い香りがするってんで人気の花なんだが、そのリーカルって花の香りが染み込んだ土を使ってるのさ。

 木材は質の良いノクレアン国産のをわざわざ取り寄せてるってんだから、こじんまりとした庵だけどふんだんに金を掛けているのが分かるってなもんだろ。

 で、馬鹿な人間は通ぶってあれやこれやと薀蓄を垂れ流すわけさ。

 それをせせら笑うのがアタシの楽しみの一つなんだが今はどうでも良い話だね。

 この庵へロハで招いてやった男を、まずは土間で靴を脱がして室内へと案内してやる。

 上がった最初の部屋には足は短いが大きめな机がある。

 床に直接座るから椅子はありゃしないよ。

 ついでに、隣の間は懇ろに御持て成しをしてやるお部屋さ。

 他にはちょいとした飲み食いの支度ができる水周りと風呂場、見習いの露が控える小部屋に、アタシを着飾る服や飾りモンなんぞがしまわれている小さな部屋ってところかね。

 庵を持つ他の満華も、色や意匠は違えど同じような造りさ。

 ヤろうがヤらまいが、満華の庵へ上がるにゃ金を積んでもらうのが当たり前っていうご立派な所なんだから、この男には床に頭を擦り付けてありがたがってもらいたいもんだね。

 床に敷いた敷物へと座らせて、アタシは男の隣へ座り込む。

 客でも無い男についつい膝を崩してしな垂れ掛かっちまう。

 癖ってのは怖いもんだねぇ。

「お、おいっ……は?……ちょっと待て、お前っ……まさかっ……おいっ!」

 男が何か言っているけど、うるさいよ。

 ああ、それにしてもほんと良い香りがするじゃないか。

 人間界の代物にしては気に入っていた壁の香りも、あのお方の香りを前にしちゃぁ陳腐に感じられて仕方が無い。

 寧ろ今は邪魔な物でしかないから忌々しいよ。

 人間なんぞの肉を喰らう趣味は無いが、香りは身の内から漂ってくる。

 この肉を口一杯に頬張って香りを楽しめたら、正に天にも昇る心地ってヤツになれんじゃないかねぇ。

 天にも昇る心地ってのは今一つ二つ分からないけれど、アタシの馴染みが恍惚な顔を浮かべてよくそう言うんだよ。

 アタシの顔もきっと惚けてんだろうから、こんな気分の事を言うんだろうねぇ。

 しかし、邪魔な皮鎧だねぇ。

 折角の良い香りが、皮の香りで台無しじゃないかぃ。

「っ! 何をするんだ貴様はっ!! やめっ……止せっ、止さないかっ!」

 薄い皮鎧なんて何て事は無いさ。

 押し倒した男の襟刳りに伸ばした爪を引っ掛けて、一気に引き裂き後ろへと放り投げる。

 脱がすのが面倒で上に着ていた服も一緒に裂いてやったが、傷一つ付けずにやってやったんだから喚かずに感謝おしっ。

 なのにこの男ったら、アタシに感謝するどころか押し返そうともがいているよ。

 力でアタシ等魔族に敵うと思っているのかねぇ。

 鬱陶しい腕を一まとめに掴まえて、床へと押し付け腹の上に馬乗りになってやれば生意気にも睨んでくる。

「おぉ、怖い怖い。ねぇ、旦那さん? それは、ただの移り香ってわけじゃありませんよねぇ? 何で身の内からそんな香りを出しているんですかぃ?」

「涎を垂らすなっ! 説明するから、俺の上からさっさと退けっ!」

 おっと、行儀が悪くてごめんなさいよ。

 この男、人間の癖にかなり力があるようだ。

 押さえ付けている腕を押し返そうとしているじゃないかぃ。

 人間の体なんざ脆いモンだからと思ったけれど、手加減なんてしない方がいいかねぇ。

「人の話を聞けっ! 涎を垂らすなっ! 舐めるんじゃないっ!」

 あれこれうるさい男だねぇ。

 舐めるのが駄目なら、喰っちまおうか。

 肉にも血にも、きっと素晴らしい香りが染み付いてるんだろうねぇ。

 あぁ、想像しただけで口の中に唾が溢れ返ってくるよ。

 うん、そうしよう。

 喰っちまおう。

 そう思って、先ずは男の首筋から熱く滾る血を頂こうと牙を剥き出して身を乗り出したその時さ。

「あ、あれ?」

 驚いたの何のってね。

 邪魔が入らないようにって術をかけてあったアタシの庵に、とつじょ現れた御仁。

 慌てて振り返れば、アタシは更に驚いて愕然としたよ。

 人間でいうならば、歳の頃は十やそこらの小娘さ。

 珍しい黒い髪に黒い瞳、薄く黄色味掛かった肌をした子供はなぜここに居るのか分からないって顔をしている。

 そして、アタシ達と目が合った途端、驚いた様子で目を見開いて一気に顔を赤らめたのさ。

 ああ、誰かなんて聞かなくても分かるよ。

 アタシの愛しい愛しい主様は初心くて、なんとも可愛いじゃないかぃ。

「ラズアルさん……」

「ま……魔王殿……」

 男が呆然と呟く。

 そう。

 アタシが――いや、アタシだけに限らず全ての魔族が恋焦がれる魔王様が、突然目の前に現れたのさ。

 驚くなって方が無理ってなもんだろう?

「あ、あのっ。ごめんなさいっ。凄く喚ばれた気がしたから……えっと……お邪魔しましたっ!」

「お待ち下さいっ! 誤解ですっ! 違いますっ! 違いますからっ!」

 服を剥かれて上半身は裸の男の上に乗っかっている女とくれば、端から見れば睦み事の最中って思っちまうよねぇ。

 魔王様は気まずさに視線をさ迷わせると勢い良く頭を下げられた。

 同じくして焦った男が、力の弱まったアタシを押し退けて魔王様を引き止めようと手を伸ばす。

 魔王様が目の前にいる驚きからアタシも我に返ったよ。

 魔界を離れて数百年も経って、今更戻るのも体裁が悪い。

 そうは思っても、魔王様がいらっしゃるのであればお傍にありたいと思うのが魔族の(さが)さ。

 踏ん切りがつかないままどうしたものかと考えあぐねていたところへ、魔王様ご本人がアタシの目の前に現れたんだ。

 この機会を逃す程、アタシは(うつ)けじゃあないよ。

 魔王様の身の内に潜めた魔力が動き流れて移動しようとする刹那、身を起こして駆け寄ろうとした男の首を掴んで後ろへと放り投げた。

「だっ!」

「ラ、ラズアルさんっ!」

 壁に打ち付けられた男へ駆け寄ろうとしたその小さな体を捉えて抱き込む。

「わわわっ!」

「くそっ! おいっ!」

 勢い良く引っ張られるまま腕の中へ納まった魔王様が、驚きに目を見開いてアタシを見上げてくる。

 昔馴染みが時折来ては、余計な世話で魔界の様子を教えてくれてねぇ。

 魔王様は初めての女性体である事や、未成熟ながらもお力が群を抜いている事や、今の魔界は魔王様のお力が溢れ満たされている事、少しずつ子供が増えていってる事。

 斜に構えて何て事無いように装ってはみても、聞くたんびにやはり羨ましいと思ってたんだよ。

「魔王様」

「え? あれ? え? アナタ、淫魔なのっ?」

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