魔石異譚 ■ 参
長短入り混じる剣を男達が鞘から抜き取るのを見たバノドが、美しい顔に悲しげな表情を浮かべて呆れたように溜息を零す。
「ねぇ、ヨースト少将。この狼藉者達は顔もうらぶれているけれど、頭もうらぶれていると思わないかい? 大人二人が並べて立てるかどうかという狭い路地でだよ? こんな大勢で寄って集って剰さえ世界の財産、心の潤い、貴重なる癒しの存在であるご婦人と! 可憐な姿の少女に向けて剣を向けるだなんて、男の風上にも置けないじゃないかい! 嘆かわしいとしか言い様がないね! そう思うだろ? ヨースト少将! 返事は分かっているから結構だよ! 僕の口から出る言葉が十中八九、九分九厘間違いは無いという事も分かりきった事だからね! 残り一厘が何かなんて、そんな野暮な事は聞くものじゃぁないよ!」
「黙れっ!!」
永遠と続くバノドの言葉に堪え切れなくなった男が一喝で遮る。
男達を無機質な物体のように見ていたヨーストが一つ瞬きをし、初めて人に気付いたとばかりに一喝した男へ視線を向ける。
「うらぶれている割には良い事を言う。我が軍に仕官するなら取り立ててやるぞ。バノド様、ご婦人に付いては異論ございませんが、可憐な姿の少女に付いては激しく同意致しかねます」
そして、バノドに向かい真顔で意見を述べるヨーストへ、更に男が荒げた声を張り上げる。
「お前も黙れっ!!」
「君こそ引っ込んでいたまえ! 僕はこれから一番大切な事をヨースト少将に言わなければならないのだから! ヨースト少将! 僕の名は、セネミアリナだと何回言えば分かるというのかね!」
「何回言われましても分かるつもりは一切ございません」
『誰か助けて。本当に』
この喧しい状況からそんな切実な思いを抱く女の願いを叶えたのは、他ならぬ原因となった男達であった。
「黙れと言ってんだろうが! 構わんっ! お前ら、この二人を殺っちまえ! 女は怪我させても殺すんじゃねぇぞ!」
仲間を急き立て、自らも剣を構えて一喝した男が前に進み出る。
しかし、バノドは美しい顔に相手を見惚れさせるような艶やかな笑顔を浮かべ、男達に向けた日傘を持つ手を翻す。
「君達、遅いよ」
狭い路地に、男達の周りにだけ突如突風が巻き起こり、放置されたままの大小様々なゴミを巻き込んだ風は男達の足を止めさせ砂は目を襲う。
一方ヨーストは二の足を踏んでいる男達に近寄り、流れ作業の如くそして確実に遠慮呵責もなく、刀身を納めたままの鞘を叩き付けて昏倒させていく。
無駄な会話ばかりの割には、行動に無駄の無いバノドとヨーストであった。
バノドはさり気無く腰から腕を離した女を背へと回し、嬉々とした様子で男達を囃してる。
「天才と誉れ高き僕がだよ! 君達が襲ってくるのを悠長に待ってるだけだと思っていたのかい? 全く以って嘆かわしい限りだね! しかし、最強の大魔術師たるこの僕に挑んできた勇気は認めてあげようではないか! その勇気も愚かとしか言い様の無い所が、嘆かわしい限りなのだけれどね! さぁ、風のお次は盛大に火で盛り上がろうではないか!」
そう高らかに告げたバノドは、手首を返して日傘の石突を下から上へと流す。
男達を囲み竜巻のように渦を巻いていた風は吹き上がると去っていったが、安堵する間も無く男達の髪にパチパチと火が爆ぜ始める。
「わぁっ!」
「あちっ、あちっ!!」
火を落とそうと髪を必死に払う男達をヨーストは着実に昏倒させていき、残るは当初女を追い掛けていた三人だけとなった。
「あははははは! ただでさえうらぶれていると言うのに、見るに堪えないとはこの事だね! おっと、この様な場で火は禁物だったよ!」
言うと同時にバノドが掲げた日傘の石突を振り下ろすと、突如宙から巨大な桶でも引っ繰り返したかの如く、膨大な水が三人の男達に叩き付けられた。
ヨーストが無言のまま着々と且つ鮮やかに男達を倒すのも然る事ながら、バノドの術も自画自賛するだけの事はあり、人間ではここまで容易く術を扱える者はまずいない。
バノドの背後から一部始終を感嘆して見ていた女は、突然背後より口と腰に腕を回され強い力で後方へと引き寄せられた。
「うぅっ!」
女は咄嗟に下肢へ力を込め、その場で踏ん張ろうとするも両膝裏を掬い上げられ、何者かの肩へと担ぎ上げられてしまう。
「こらっ! そこの者っ! 背後からご婦人の許しも得ずに抱き抱えるとは何たる振る舞い! 不埒と恥じ入りたまえ!」
「おっと。下手に動かないでもらおうか。こちらのご婦人とやらに傷を付けたくは無ぇだろ?」
女を担ぐ男の傍らには、痩身な男が刃物をチラ付かせながらバノドとヨーストの動きを制する。
新たに現れた二人の男は、卑下た笑みを浮かべながら後方へと一歩、二歩と下がり距離を稼ぐ。
「なぁに、俺達はこれでも紳士でね。ご婦人が素直に色々と教えてくれりゃぁ、直ぐにでもお帰りになって貰うつもりさ。だから、あんた方にも邪魔しねぇで貰いたいんだよねぇ」
「おいっ! 貴様、どういうつもりだっ! その女は俺達が狙ってたんだぞ!」
「おやおや、失敗してて何言ってやがんだよ。狙ってただけなら、俺達だって狙っていたさ。要は早い者勝ちって事だろ? 恨むなら自分の間抜けさを恨んでくれよな」
バノド達の背後で水浸しになった男が上げる怒声に、痩身な男は嘲笑混じりに返す。
「ふざけっ……」
売られた喧嘩を買い叩こうとした男は、自分に背を向けたヨーストが一気に鞘から刀身を引いた為に言葉を失う。
「おいおい、軍人さん。ご婦人が怪我をしても構わないっていうのかよ」
一方、痩身な男は聊か慌てた様子で、女の腿へと抜き身の刃を押し付けてるが、ヨーストは男では無くその背後を厳しい眼差しで見据えたまま、何時でも切り掛かれるかのような姿勢で微動だにしない。
その隣に並ぶバノドさえも、先まで無駄に動いていた口を閉ざしたきり、ヨーストと同じく痩身な男の背後を厳しい表情で睨み付けている。
異変に気付いたのは水浸しの男の一人であった。
横から獲物を掠め取った同業の背後に、巨大な影がいつの間にか静かに立っている。
丁度、自分達の立つ上を跨いで二階部分があるとは言えまだ陽も高い昼日中であり、影の中であっても相手の顔はそれとなく分かるはずなのに、巨大な影は上半身が闇で覆われていて相手の風貌がまるで分からない。
そして、前に立つヨーストもかなり長身な男であるが、巨大な影はヨーストを優に超えた長身である。
ヨーストが柄を握り直すのと同じくして、水浸しの男達に薄ら寒い物が這い上がっていく。
「ひ……ひっ……」
ある意味その男は勘が鋭いのだろう。
声にならない悲鳴を上げて、一目散でその場から逃げ出していった。
「え……何、あいつ。ひぃひぃ言いながら逃げていったぜ? アンタん所の手下も情けねぇなぁ」
剣を抜いたもののヨーストが動かないのは脅しが効いていると思っているのか、痩身な男はケラケラと笑いながら水浸しになったまとめ役の男に告げるが、そのまとめ役の男ももう一人の男を否応無く掴むと狭い路地をぶつかりながら逃げていってしまったのである。
同じ暗がりの中に立つ痩身の男の顔は分かるというのに、その背後に立つ影の顔がまるで分からないのも不気味であったが、幾ら目を凝らしても容貌が掴めない闇の中、薄く自分達を見据えている赤い双眸を見た瞬間、本能的な恐怖を感じて男は逃げ出したのである。
後で仲間に馬鹿にされようとも構わない。
命あっての物種である。
アレは自分達がしゃかりきになって敵う所か、弄ばれて殺されるのが落ちだ。
その本能に従った男は正しかったと言えよう。
人在らざる者との遭遇を回避出来たのだから。