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魔石異譚 ■ 弐

 バノドと呼ばれた美少女はそれから口を開く事もなく、狭い路地を迷わず大通りにと向けてゆっくりと進む。

 女もまた口を閉ざし、変わらず少女に手を預けたまま歩き続ける。

 無造作に建て増しされている路地裏は、今にも崩れ落ちそうな二階や三階部分が路地の上を跨ぎ、昼日中にも拘らず犯罪を呼び込むかのように常に暗がりである。

 平時であれば決して踏み入る事の無い路地を、皆が無言のまま歩き続けて暫く経った頃、角を曲がった先に大通りから射し込む明かりが見えてきた。

 陽の中に出来る陰は思いの他暗い。

 射し込んでくる明かりは目を細めるような眩しさと共に、緊張し続けていた女にホッとさせる安心感をもたらした。

 所々の隙間から射し込まれていた日差しさえも遮られた暗がりの中へ一歩進んだ時、再び少女が口を開いた。

「実は私達も『魔石』を探して旅を続けているのです。正しくは、魔石の鉱脈をですが……あ、金儲けの為ではありませんよ? 仮に魔石の鉱脈を見つけても手を出すつもりはありません。ただ、私が欲しているのは鉱脈に恩恵を与えている魔力の存在の方なんです」

 大通りを目前にして、歩みが一層遅く感じられた少女へ女は眼差しを向け見下ろす。

「貴女に無体な事をするつもりはありませんし、私の名に賭けて誓いましょう。貴女が許されている範囲で魔石についての情報を教えて頂けませんか?」

 少女はその深い青い目で真摯に女を見上げ囁くように告げる。

 大通りの喧騒は遠く、射し込まれた明かりの中から一際な暗がりへと入った為か、少女の目を見つめた女は一瞬眩暈を覚えて立ち止まる。

「…………」

「大丈夫ですか?」

 同じく立ち止まった少女の心配気な囁きに、女は唇を緩ませ笑みを漏らした。

「残念ながら、私には術は効きませんよ」

 ゆっくりと閉じた瞼を開き、見上げいてる少女と再び女は目を合わせて告げる。

「やっぱりそうでしたか。何か保護の術が掛かっているようでしたから、無理かとは思ったのですが残念だな」

 女の予想に反して、少女は実にあっけらかんとした様子で笑いながら答える。

「教えて頂ければ嬉しくは思いますが、先程申しました通り私の名に誓い、貴女に無体な事をするつもりはありません。大通りまでお送りしますのでご安心下さい」

「それで宜しいのですか? バノド様? ……セネミアリナ様?」

 引き際の良い少女を不思議そうに女は見ながら、先程ヨーストが呼び掛けていた名を思い起こし呟く。

「ふふ。セネミアリナとお呼び下さい」

 大きな目を悪戯な笑みに細めた少女を女は改めてしげしげと眺める。

「セネミアリナ様……セネミアリナ様……リオークア国のセネミアリナ様に良く似てらっしゃいますね」

 女は幾度か名を呟くと思い出したように瞬きを繰り返し、聊か瞠目しながら少女を見つめる。

「おや? 姉上をご存知でらっしゃったか。セネミアリナは姉でございます。謀った名を告げて申し訳ありません。私はバノドと申します。ですが、今は旅の身故に偽った姿をしておりますので、宜しければセネミアリナと呼んで頂きたい」

 柔和な笑みを浮かべて告げる言葉は、そこはかとなく否とは言わせない響きを持っており、貴族の令嬢として振舞っていたセネミアリナ本人を思い出した女は苦笑を漏らす。

 しかし、このバノドなる少女自身は変装しているから良しとしても、騙る名も装う姿もセネミアリナでは、後々セネミアリナ自身の問題とはならないのだろうかと不安を覚える女であった。

 大体、他に付き人がいるのかもしれないが、旅と言うからには少人数であろう。

 無言で傍らに立っているヨーストもその一人なのだろうが、貴族令嬢の『セネミアリナ』が異性と二人っきりでこの様な路地裏にいる事自体が醜聞の元である。

 改めて少女を見つめる女は違和感に気付く。

 目の前にいる少女は年の頃ならば十五前後に見えるが、先よりの会話を思い返すと少女の声というよりかは変声期を迎える前の、少年期独特の高く澄んだ声ではなかったろうか。

「生憎、私の口からは魔石についてお話する事はございません」

「それは『出来ない』と言う意味なのか、それとも……」

 少女の言葉を遮るように女は笑みを深めただけであるが、聡くも察した少女は苦笑を浮かべて緩く頭を振るに留めた。

「失言であったな。さて、この様な場に引き留めてしまい申し訳ない。早々に大通りまで向かいましょう。所で今更貴女の名を問う事を許して頂けるだろうか」

 再びゆっくりと歩き出した少女の姿をした少年、バノドは聊か己の失態を恥じ入るような表情で女を伺い見る。

「『か弱き婦人』で構いません、セネミアリナ様」

「ご婦人の僕たる身ではありますが、その様な言葉を口にする唇は恨めしく思います」

 拗ねた仕草で瞼を伏せるも、再び女を見上げるその眼差しは熱く唇へと向けたまま、預かる女の手を口元へとゆっくり引き寄せるとやんわりとその赤い唇で中指の先を食む。

「そのつれない言葉を口にする唇に届けば、甘い言葉に代えて差し上げるものを……」

 自分よりも遥かに年下である少年の言動に、年甲斐にもなく鼓動が跳ね上がりそうになる。

「お、お戯れを……」

 咄嗟に引く女の手を美少女な容貌とは裏腹な強い力で遮り、上目に見上げる青い目は先と同じく悪戯な笑みに細められていながら年に見合わぬ艶を帯び、赤い唇がゆるりと弧を描く様子に女は知らず顔を赤らめてしまう。

「バノド様、おふざけが過ぎております」

 進退谷まる女を救い出したのは、それまで空気のように無言で存在を消していたヨーストであった。

「だーかーらー、ヨースト少将。その名を呼ぶなと何度言えば覚えてもらえるのかい? まったく、その様に融通が利かないようでは、姉上のお心はいつまで経っても掴めはしないぞ? ギャイジス大将に奪われても構わないと言うのか? 僕は断固反対だね!」

「そのお心は」

「ギャイジス大将では遊べないからに決まっているからだよ! 当然じゃないか!」

「私もご辞退致します」

「ヨースト少将! 我が麗しき姉上を弄び袖にするというのか!」

「弄んだ覚えはございません。第一、セネミアリナ様とは面識がございません」

「男の言い訳など見っとも無いぞ! ヨースト少将たる者が何たる様だ! 姉上に覚えて頂けていないとは不覚も不覚! 我が姉ながら、かの美しさは他の令嬢を遥かに凌駕しているというのに! そう思われませんか? ご婦人」

「えっ? えぇ……」

 威圧的な物言いから、突如甘い囁きにて話を振られ戸惑う女は慌てて首肯を繰り返す。

「その場で跪き姉上を篭絡する術を伝授して欲しいと請うが良い! 僕は出し惜しみなんて事はしないよ! 僕の知り得る全ての閨房術を伝えてあげようではないか! 姉上の手強さを心配しているのならば、それこそ徒労というものだよヨースト少将! 僕の持ち得る魔術を普く駆使し、姉上を昏倒させてみせようではないか!」

「全身全霊を以ってお断り致します」

 ヨーストへ日傘の先を突き付けバノドは居丈高に告げる傍ら捉えていた女の手を外し、そのまま腰へと回し己へと引き寄せる。

 引き寄せられ慌て戸惑う女を介せず、ヨーストは淡々とした調子で、しかしながら他者の介入を許さない見事なテンポで淀みなく答えている。

「いつからそんな情けない男に成り下がったのかね、ヨースト少将! 君達もそう思うだろう?」

 ヨーストへ向けていた日傘を、バノドは突如暗がりへと向けて言い放つ。

「幾ら人数を増やした所で、所詮雑魚は雑魚さっ! 僕が直々にその腐りきった性根を叩き直してあげようではないか! さぁ、恥ずかしげもなくそのうらぶれた顔を曝すが良いよ!」

 先程逃げ去った三人の男を含み、総勢十名の荒くれた男が暗い脇道から姿を現した。

「まずはご自分の腐った性根を叩き直して下さい」

 手にそれぞれ武器を構える男達が取り囲む中、締め括りとばかりに答えたヨーストの言葉が緊張漲る狭い路地に響いた。

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