日常なお礼 ■ 08
拍手御礼のお話です。
たまにパラレってますが、気にしてはいけない。
たまに本編と時系列がずれているが、気にしてはいけない。
執務が一段落した休憩時間、魔力補給をしにシャイアが執務室へやって来た。
イシュは入れ違いで済ませた書類を各部署へ届けつつ、指示をしたり新たな仕事の回収をしている。
ので、今はシャイアと私で二人きりなのだ。
領地にある魔石からも取る事は出来るけれど、距離と鮮度が比例するらしく、私に近ければ近い程鮮度は当然良いらしい。
魔力に鮮度ってどう関係あるのかは分からないけれど、本人達がそう言って来るし、特別拒む理由も無いので勝手にさせているのね。
人型だとパーソナルスペースを意識してしまうけれど、本性であれば幾らくっついていようが気にしない私に合わせてか、シャイアは大体本性に戻ってぺっとりくっついている事が多い。
今も、でっかいワンコ……じゃなくて、狼が私の背後でのびのびと寛いでいるんですよ。
ちょっとした休憩とかお茶を飲んだりする時に利用している応接セットのテーブルは低いので、床に直接座ってイシュが淹れてくれたお茶を啜りつつ、横を見れば伸ばした太い前足が私を誘っている訳なのよね。
肉球の隙間から生えている毛が、私を凄く誘惑しているんですよ。
抗えません。
肉球の間から生えている毛は、体重を受けているからか寝ているんだけれどね、そっと指を伸ばしてその寝ている毛を爪の先でそろそろと逆撫でてみる。
一回、二回では特に反応が無かったんだけど、三回目にしてビクッと前脚が揺れましてね。
頬が緩むっていうか、にんまり笑ってしまう。
擽ったさを誤魔化すように、ぐりぐりと肉球を揉んであげる。
でも、我慢できないのでまたもや爪の先でそろそろと逆撫でしてしまう私。
再び、ビクッと前脚が揺れた途端、肩が震えて笑い出してしまった。
「うっくくく」
当然シャイアは起きているんだと思うんだけど、さっきは私の悪戯で起きる様子は無かったのに、ちょっとしつこかったせいか、薄目で私を睨んでいるもんだから更に笑ってしまう。
「ごめん。つい、動きが可愛いもんで」
「可愛いじゃねぇ。擽ったいから止せ」
シャイアが面倒そうにぼやくと、余程むず痒かったのか弄っていた前足の肉球を齧りだした。
自分の前脚、齧るワンコ! じゃなくて、狼!!
「可愛いっ!! 可愛いよ、シャイアッ! シャイア、可愛いよっ!!」
興奮の勢い余ってシャイアに抱き付き、ぐりぐり毛皮に額を擦り付けてたら人型に戻られてしまった。
「可愛い言うな」
仰向けになったシャイアの上半身に、半ば体を乗せるような格好で抱き込まれて据えた眼差しを向けてくる。
けれど、そんな思春期の男の子みたいな事をぼやくもんだから、頬が緩んでしまってしょうがない。
シャイアが言っているのは、多分ワンコ扱いとして見るなって意味なんだと思うんだけど、何せ間近に狼いなかったからどうしてもでっかいワンコにしか思えないんだよね。
「でも、可愛いっ」
と言って抱き付いてしまえば、シャイアも溜息を零して諦めてくれる。
好い兄貴だ。
「で、二人で何をしてらっしゃるんですか」
ほんわか良い気分に浸っていたら、寒気を覚えるような声が静かに落ちてきた。
そろりと見上げれば、爽やかな笑顔を浮かべている癖にちっとも爽やかに見えないイシュが立っていて私達を見下ろしていたのよね。
「え……っと、ジャレてた? あ。お帰り……なさい?」
イシュの機嫌を伺うような口調になってしまった私諸共、シャイアは体を起こすと私の肩をポンポンと叩いてその場から突如転移術にて消え失せてしまったではないか。
「え?」
何でいきなり消えたのか、一瞬分からなかった。
気付いた時には既に遅く、慌てて私も逃げようと腰を浮かせるよりも早く、ガッチリとイシュの手が私の肩を押さえていた。
「ワタクシも、是非魔王様とじゃれ合いたいのですが?」
すみません。
詰め寄ってくる笑顔をどうしても直視できません。
そして、否という選択の無い問い掛けは止めて頂きたいんですが。
結局その日の執務は、イシュという椅子を利用する事で妥協して貰えたのであった。
いつか、人間椅子を愛用してしまうかもしれない自分が怖い今日この頃であります。
肉球は正義、シャイアは兄貴。