魔王様付侍女の記録 ■ 02
鷹族シニエル侯爵家サナレアイの章
ワタクシの名は、誉れ高き鷹族はシニエル侯爵が娘サナレアイと申します。
サナリラナイア・ラセニスクェン(以下略)大公を我等鳥族の頂とし、地に置いては獣族に多少の軍配を許すものの、空に置いては竜族をも凌ぐ屈強な戦士を有する一族であります。
例え、竜族と相見えようとも、我が族長であらば倒す事等造作もありません。
仮に竜の王族であろうとも、我が族長であらば渡り合うお力を十分にお持ちでらっしゃる。
我が父、祖父でさえも、鳥族の族長は他の追随を許さない力をお持ちでらっしゃると、我が事のように誇りに思っており、ワタクシも我が族長を誇りに思っております。
本日も、常の業務の一つとして、他の侍女等を出し抜き勝ち取って来た品々を、我が長にお渡ししようと気配を辿り探しておりました。
どうやら、只今魔王様のお庭にいらっしゃるご様子。
今、ワタクシが居る場所からも近いので、早々にお渡しし喜んで頂こうと足早に向かったのでありますが、魔王様もお近くにいらっしゃるようでございます。
他の大公様方も、魔王様を深く敬愛なされておりますが、敬愛の深さなれば我が族長の足元にも及びますまい。
我が族長の、魔王様への切々たる思いを知る身であれば、これ以上近寄り魔王様との愛しい一時を邪魔するなど出来るはずもございません。
残念ながら、ワタクシは鳥族故に聴覚は優れておりませんが、視力は大変優れております。
通常の者であれば人影が辛うじて分かる距離ではございますが、ワタクシの瞳を持ってすれば何ら問題はございません。
魔王様のご予定では、只今のお時間は執務の最中でございますので、恐らく休憩がてらお庭を散策されていたのでございましょう。
故に、我が族長の為にもここで暫し待った後、魔王様が執務へ戻られました際に、本日の品々をお渡しすれば良いかと考えた次第であります。
おや。
我が族長ともあろうお方が、何やら魔王様のお気に触れたご様子であります。
素っ気無くも我が族長へ背を向けられる魔王様の腕を、透かさず掴まれ引き寄せられました。
流石でございます、我が族長。
その素早さは、魔族随一でございます。
魔王様はお体がお小さい上に、お心もお優しい方。
我が族長の腕の中で身じろいでらっしゃるようではございますが、イシュアレナ大公様へのように突き飛ばしはなさりません。
若しや、魔王様も我が族長を心憎からず思っていらっしゃるのでしょうか。
そう思うと、自然と握る手に力が篭ってしまうというもの。
ああ、魔王様が一生懸命その小さなお手で我が族長の背を叩いております。
我が族長に至らぬ所があったのでございましょうか。
僭越ではございますが、我が族長に代わりましてこのサナレアイが叩頭してお詫び申し上げます故に、何卒我が族長をご容赦下さいますようお願い申し上げます。
それとも、これが世に言う痴話喧嘩と言うものでございましょうか。
我が族長よ、いつの間に。
唇を読む事は可能ではございますが、ワタクシの場所からでは我が族長の唇も、魔王様の唇も見えない為に、どのような会話がなされているのか見当の余地もございません。
しかし、時折見えます魔王様のお顔が赤く上気されているご様子は……我が族長を差し置いて、大変申し訳ない思いを抱きつつも恍惚とした思いを抱かずにはおられません。
嗚呼、魔王様。
何てお可愛らしいお方なのでございましょうか。
叶う事ならば、その骨の欠片一つ残らず食べてしまいたい程でございます。
一層、食べて下さいとお願い申し上げたい程でございます。
我が族長の背を叩かれていた魔王様のお手が、いつの間にか服を掴んでらっしゃるではありませんかっ!
これは、控え目に見ても『しがみ付く』若しくは『縋り付く』の類でございませんでしょうか。
いえいえ、我が族長ともあろうお方が、そのような生温い事等なさる訳がございません。
正に『熱い抱擁』でございますね!
何と美しいお姿でございましょう。
不肖このサナレアイ、我が族長のこのようなお姿をお目にする事が叶うとは……目頭が熱くなってまいりました。
くったりとお力を抜かれ、その御身を我が族長へ預け切る魔王様のお顔は、心配してしまう程に真っ赤となっておられ、瞼を伏せられ眉を寄せていらっしゃるのはお恥ずかしさ故でございましょうか。
心なしか、魔王様が気を失っているようにも思える程であります。
あ!
我が族長が魔王様と共に植木の陰へ隠れてしまわれました。
幾ら視力が優れていようとも、物陰の向こうを透かし見る力はございません。
お二人がお隠れされた辺りには、魔王様の魔力であられる金の粒子が、心許無くも薄く漂っておられましたが、徐々にいつもの輝きを取り戻しておられるようです。
寧ろ、次第に輝きが増して、粒子が密度を濃くなられているようです。
我が族長よ、魔王様に何をなされているのでありますか。
様子を伺っておりました所、植木の陰より魔王様の愛らしいおみ足がじたばたと、可愛らしいお手が何かを頻りに叩かれているご様子が時折見え、我が族長の背が蠢いている様子が垣間見えるのみでございます。
常より濃い魔力を辺りに漂わせたまま、漸く我が族長が魔王様を腕に抱き起き上がられたようであります。
ワタクシの視力が確かであるならば、魔王様の上気した表情は幾分艶を増したかのように思われますが、先程よりも更にぐったりとされているご様子でございます。
我が族長は、ワタクシの存在を疾うに気付かれておられた様子で、鋭い眼差しを向けられました。
この侭ですと、庭にワタクシという氷像が出来上がってしまう恐れがあります。
現に足元が既に氷で固まっておりますので、ワタクシは我が族長へ見えるように手にした品々を掲げました。
それを確認致しました我が族長は満足されたご様子で、普段では見られない笑みを浮かべて深く頷きワタクシを労って下さいました。
氷像もどうやら免れたようでございます。
次の瞬間には、腕に抱いた魔王様と共に移動されてしまわれました。
気配を探れば、どうやらご領地のお屋敷に戻られたご様子であります。
では、この手の品々はお屋敷に届けようとした所へ、先程までお二方がいらっしゃった場所にイシュアレナ大公が現れましたが、忌々しげに舌打ちをされ直ぐに消えてしまわれました。
イシュアレナ大公を出し抜くとは、流石我が族長であられると、力強く拳を握り締めてしまう程の爽快感がございました。
暫くは魔王様もお戻りにはなれないでしょうから、お茶でも楽しんだ後に我が族長のお屋敷にこの品々をお届けに伺おうかと思います。