違うものと同じもの。
部屋に戻るとミタはまだ気を失っていた、俺はミタを無理矢理起こす。
「痛ってぇな、なにしやが⋯るッ⋯」
威勢よく起きたミタは、俺と目が合った途端にその勢いをなくす。
「随分と気持ちよく寝ていたな、上からの連絡は何時来るんだ?」
「お前が気絶させたんじゃねぇ⋯ですか」
「ビビって勝手に気絶しただけだろ、お漏らしまでしやがって」
下手な敬語を使って文句を言うミタに、機嫌の悪い俺はつい口が悪くなる。
「違う、起きる度に殴って気絶させた事を言ってるんだ⋯です」
『僕が殴った〜』
ミタの言う通り、何度も気絶させられていたみたいだが、ちゃんと見張りをしていたヂウは悪くない。
「そんな事はどうでもいいから、上からの連絡はどうなんだ?」
「まだ来てない、昨日の仕事を失敗したから、もしかしたら暫く連絡は来ないかも」
「尻尾切りにあったって事か、成功した分の金を捨ててでも安全を取る早さは厄介だな」
「ひっ、ヴラドが2人?化け物が増えた」
「誰が化け物だ、でも、もう切り捨てられたんならミタに用はないな」
「用がないってまさか殺すつもりか?頼む殺さないでくれ」
「ヴラド、少し待ってくれ、今まで使ったロッカーの場所は分かるか?」
「今まで使ったロッカー?全部は覚えてないけど最近のヤツなら少しは覚えてる」
「覚えてる限り出来るだけ細かく全部教えろ、そうすれば殺さないでやる」
クロトがミタに新しい条件を出す、元々ミタを殺すつもりなんてなかったのに、恐怖の顔から一転ホッとした顔でペラペラと話し出す。
駆引きはクロトの方が俺よりも上手そうだ、でも前に使っていた場所なんて聞いて意味があるのか?
もう使わないなら、そんな情報は何の価値もないと思う。
「わかった、聞きたい事はもう聞けた、約束通り殺さない。
後は好きにすればいい、俺は自首を勧めるけど」
「なんで自首なんかしなきゃいけないんだよ」
「はぁ〜っ、お前頭悪いのか?お前達は失敗した和樹って奴をどうした?
なんで自分が同じ目に合わないって思うんだ?」
わざとらしい溜息をついたクロトの言葉に、自首を拒否したミタの顔が青ざめる。
「助けてくれよ、あんた達なら何とか出来るだろ」
「俺達にお前を助ける理由がない、自業自得だろ、自首をすれば警察が身を守ってくれるんじゃないか?」
「分かった、自首する」
あっさりと自分の意見を変えるミタに呆れるが、命をかける覚悟なんてない奴なんてこんなものだ。
「警察にも素直に自白しろよ、また犯罪に手を出したら次は容赦しない」
クロトがミタに釘を刺して俺と目を合わせる、俺はすぐにミタの意識を奪い、他の奴ら同様に記憶を消して警察署に捨てて来た。
「前に使った場所なんて聞いて意味があったのか?」
「あいつ等の携帯は没収したけど、もう連絡が来ない可能性もあるからな。
前使ったロッカーから足取りが追えないか、周辺のカメラをハッキングしようと思って」
「過去の足取りを追う事が出来るのか、特別なギフトをクロトは持っているんだな」
「ギフトってなんだよ、今は監視カメラが街中にあるんだよ、独立したのは無理だけど、ハッキングすればカメラの映像を使って足取りを追えるんだ」
「カメラとか、ハッキングとか、まだ知らない事が多いな。
顔だけで個人情報を調べたクロトが言うなら、本当にそんな事が出来るんだろうな。
本当に、この世界に魔法がないなんて信じられないよ」
「でも、明日から俺は仕事もあるし、調べるのは少し時間がかかると思う」
「わかった、俺はその間何をすればいい?」
「調査と情報収集はヂウとカカに手伝ってもらうから、ヴラドはこの世界の常識と俺の事をしっかり覚えてくれ」
『頑張るよ〜』『仕方ないわね、お姉さんに任せなさい』
「お姉さん?」
「クロトも姉弟として認めてくれたんだよ」
「認めてもらえたなら良かったけど、俺が弟なのか?」
「今まで俺が末っ子だったから、俺と同じクロトは弟だろうな」
「まぁいいや、俺の日記と警察学校で使った教材があるから頑張ってくれよ。
俺は仮眠したら仕事に行ってくる」
クロトは机と物入を漁り、俺の目の前に必要な資料を積み上げて、自分はベットで眠ってしまった。
まだ読み書きも覚えてないのに、覚える事が多くて気が遠くなる、この世界で生きていくには必要な事だし頑張るしかないか。
あれから数日、クロトの予想通りミタ達の携帯に連絡が来る事はなかった。
俺は常識とクロトの交友関係、警察の仕事を大まかに頭に叩き込んだ。
それから俺用の携帯をクロトに渡されて、分からない事があったら調べられる様に使い方を覚えた。
「本当に詐欺グループの足取りを追う事が出来たんだな、クロト1人で調べられるのになんで警察に調べられないんだ?」
「俺1人じゃ調べきれなかったよ、ヂウとカカが手伝ってくれたお陰だ、本当に優秀で助かった。
警察は組織が大きくなり過ぎて小回りが利かないんだよ。
事件はピンキリだし、捜査方針は腐った上の顔色を伺わないと決まらない、未解決事件も冤罪も無くならないんだよ」
「どこの世界も組織が大きくなると、生まれてくる悩みは似てくるんだな。
アーサさんもクロトと似たような事を言ってた」
「ヴラドを育てくれたって人か、ヴラドより強いおじさんって想像出来ないんだけど」
「Sランクは全員化け物ばかりだから、アーサさんもだけど、その子供のウェイン達にも俺は模擬戦で勝てないぞ」
「うへぇ、とんでもない世界だな」
クロトが首を横に振りながら言う、とんでもないのはアーサさんの家族なんだけど、国に10人しかいないSランクの内、4人がアーサさんとウェイン達3兄弟なんだから。
クロトがこんな感想になるのは、仕事と調査の合間に俺と手合せをしてたからだ。
クロトが体を動かしてストレス?解消したいというから、勉強ばかりで体が鈍りそうだった俺も、それに付き合った。
毎回手も足も出ずに床に転がされたクロトと、その後の自分の訓練をしながら俺の世界の事を話した。
「俺も身体強化魔法とか使えたらいいのに」
「クロト達この世界の人間から魔力を感じないから、無理だと思うけど、試してみるか?」
「試す試す、駄目でもともと試すのはタダだし、魔法に興味もあるからな」
さっきまで床で転がっていたのに、ガバっと立ち上がり子供みたいにはしゃぐクロトに手を伸ばす。
クロトが俺の手を取ると、俺は自分の身体を循環させている魔力をクロトの身体に流した。
「うおっ、なんか変な感じ、ヴラドから伝わってくるのが魔力ってやつなのか?」
「そうだ、向こうなら皆持ってるから知覚するのが難しいんだけど、逆に魔力を持ってないから違和感として感じ易かったんだな」
流された魔力に驚きながら喜ぶクロト、でも驚きは俺の方が大きかった。
クロトに魔力を流した時、体外に魔力を放出するのが苦手な俺の想像以上にすんなりと魔力が流れた。
使い慣れた武器や防具ですら、魔力を流すのにもう少し抵抗がある、まるで自分の身体に魔力を循環させるのと変わらない感覚だった。
こんな事はあり得ない、あり得ないけど実際に現実で起きている事に、俺はものすごく驚いていた。
俺が驚いている間に、クロトは俺の手を離して動き回っていた。
「こんなに身体の動きが変わるなんて反則だよな、これならヴラドにも勝てそう」
「調子にノるな」
調子にノって俺に仕掛けてきたクロトを、軽くあしらって床に転がす。
「はははっ、やっぱり無理だったか」
床を転がって笑うクロトを見下ろして、俺は混乱していた。
何故かクロトに流した魔力が消えていない、俺が流した魔力はほんの少しだけもう使い切ってるはず。
『ヂウ、カカどうなってると思う?』
『ヴラドと同じ〜』『自分で魔力を生み出してるからでしょ、全然微々たるもんだけど』
『もしかして、この世界の人間も魔力を持てるって事か?』
『さぁ~』『それはアタシにもわかんないわ』
いつの間にか立ち上がって、笑いながら動き回ってるクロトを見て、俺は少し不安になった。