根津玄人という男。
この世の本質は弱肉強食、正直者が馬鹿を見て、優しい人が不幸になる。
俺の両親はどこにでもいる普通の親で、父親は地方公務員、母親は家の近くのファミレスでパート。
父、母、俺と2つ下の妹とごく普通の生活を送っていた、でも、そんな普通の生活は俺が中学卒業前に崩壊した。
父が職場で不正をしていた上司を内部告発して、その上司が懲戒退職になった。
父は決して間違った事はしていないのに、退職になった元上司に通勤途中に刺されて死んでしまった。
俺は高校入学が決まっていて、高校に通う為に父の実家で祖父と暮らす事になり。
母は辛い思い出が残る場所では暮らせないと、妹を連れて母の実家へ帰った。
母は高校は、自分の地元で入学し直せば良いと、俺も一緒に来るように勧めてくれだけど、実家に戻るとはいえ少しでも母の負担を減らしたくて、俺は祖父のお世話になる事を選んだ。
父が死んでから2年、突然、母の地元の警察から、母達が出掛けた先で事故に遭ったと連絡が来た。
後ろからトラックに追突され、その勢いで前の車と衝突して挟まれる形で母と母方の祖父母は即死、妹は一命は取り留めたが潰れた車に右足を挟まれ続け、右足を切断するしかなかった。
後になって思えば、俺は父の代わりに母を支えるのが正解だったかもしれない、そうすれば違った未来があったかもしれない。
当然、祖父と俺は妹を引き取り3人で暮らす事になった、祖父は寡黙な人で俺は本当は優しい人なのを知っているけど、妹は少し苦手そうにしていた。
俺は出来るだけ早く自立して、祖父に負担をかけないように、そして今度はちゃんと妹の支えになってあげようと思った。
高校卒業してすぐに、警察官採用試験に合格した俺は、警察学校で研修の為に祖父の元を離れた。
そして10ヶ月の研修期間を終えて、無事に警察学校の卒業した事を伝えに家に帰ると、家の中がグチャグチャになっていた。
祖父はガムテープで縛られ、妹は自由に動く事が出来ず犯人達に暴行を受けていた。
すぐに警察に連絡をして、暴行を受けた妹に残った体液から、犯人達を特定し捕まえる事が出来た。
俺は直接事件の捜査に関わる事が出来ず、犯人達が未成年だった為、犯人達の名前すら知る事が出来なかった。
犯行理由は、掲示板で知り合った3人が未成年の内に犯罪を犯してみたかったという、実に下らない理由だった。
祖父と妹はそんな下らない理由の被害者になってしまったのか、俺は怒りを抑える事が出来なかった。
すぐに俺は3人の名前も個人情報も調べあげた、ただすぐに復讐をすれば間違いなく俺が疑われる。
警察は馬鹿じゃない、だから俺はどうやって復讐するかを考えていた。
邪魔になるのは街中にある防犯カメラだ、犯人達の毎日の行動も把握しないといけない。
毎日独学でパソコンの勉強して、祖父や妹の様な被害を出さない為に表裏の掲示板をチェックし、色々なサイトをハッキングが出来るまでになった。
その間に祖父は元の生活に戻れたけど、妹はまだ暴行を受けたショックから立ち直れていない。
俺は警察官として働きながら、ネットの中で悪意に満ちた人間が、実際に犯行に移りそうになった時、こっそりと処理していた。
警察官という正しい人間の側に立ったはずなのに、俺の手は汚れて犯罪者側にいる。
俺のやってる事は全て自己満足で、祖父や妹を傷つけた奴らと変わらない。
そのうち俺も捕まる日が来る、そうなれば祖父や妹には犯罪者の家族という更に嫌な思いをさせてしまうだろう。
でも今更後戻りは出来ないしするつもりもない、だからもっと慎重に、もっと狡猾に、もっと技術と磨いて、少しでも警察じゃ手の届かない奴らを処理する。
そして捕まる前に必ず、妹に手を出した3人には地獄を見せてやる。
ネット上でまた凝りもせず、詐欺の片棒を担ぐバイド募集広告にアクセスしている奴がいる。
アレだけニュースになってるのに、自分は大丈夫と思っているのか、金に目が眩んで詐欺仲間になる馬鹿の気がしれない。
自分が働いた詐欺の結果がどうなるかを想像出来ない、想像力に乏しい人間なんだろう。
俺が個人で掴める情報なんて、警察だって簡単に手に入れてるはず、詐欺の大元を捕らえる為にトカゲの尻尾になるバイトを泳がせてるだけだ。
でも警察って大きい組織が大物を狙ってるせいで、犠牲者を生んでいる小さな犯罪が見逃されている。
警察が犯罪が起きてからしか動けない、後手に回るしかない捜査体制なのがもどかしい。
自分が警察官である事は嫌じゃないけど、裏で動いている時の方が世の中の役に立ってる気がする。
「ははっ、犯罪に手を出して自分を正当化するなんて、俺も人の事ないな」
パソコンを弄りながら、複数のモニターの前で自重する。
明日は休みだから、馬鹿なバイトが捕まる瞬間でも見に行こう。
すでに警察には通報したし、中間の溜まり場の情報も匿名で送ってある。
被害者のお爺さんにも警察から説明して、受け子が捕まった瞬間に溜まり場に突入する準備も出来てる。
「爺ちゃん、ひな、少し出掛けてくる」
俺が玄関で声を掛けると、祖父は居間から少し顔を出して頷くとすぐに居間に戻った、妹から何の反応も返って来ない。
俺は予め調べておいた、お爺さんの家と周辺を確認出来る場所から、予定の時間に獲物がかかるのを双眼鏡を片手に待っていた。
目的のお爺さんの家の周辺にいる捜査員の位置を確認して。
「ちょっと遠すぎたかな、もっと良い双眼鏡にすれば良かった」
捕まる瞬間の悔しがる顔を見たかったのに、この双眼鏡じゃ顔までは見えないと、ちょっと残念な気持ちになる。
「早く罠にかからないかな、まだ来ないのか?」
「怪しい気配がしたから、予定を変更したんだよ」
突然後ろから話し掛けられて驚いて振り返り、声を掛けて来た奴を見て更に驚いた。
「「俺?」」
俺と全く同じ顔をした男が立っていたんだから、驚くのは仕方ない、先に立ち直ったのはもう1人俺だった。
「それでお前は此処で何をしてるんだ?ずっとお爺さんの家を見張ってただろ」
「お前こそ此処にどうやって来た?此処は立入禁止の場所だぞ。
それに見張ってたって何で分かったんだよ」
動揺して余計な事を口走ってしまった、双眼鏡を持ってただけで、見張っていた証拠なんて何もなかったのに。
「嫌な視線を感じた、だから怪しい気配のした此処に来たんだ。
お前は何で集金のアルバイトの邪魔をしようとしてるんだ?
お爺さんの家の周りにいた気配もお前の仲間なんだろ、野盗か何かなら容赦しないぞ」
もう1人の俺は何を言ってるんだ、集金のアルバイトって受け子じゃねーか。
全く悪気のない顔をして、自分と同じ顔の奴が悪い事をしてるのは余計に腹が立つ。
「何が集金のアルバイトだ、詐欺の末端野郎が、野盗はお前らの方だろ」
見つからない様に場所を選んだせいで、逃げ場はないし助けも来ない。
きっと俺は、暴力団下部組織や半グレで構成された詐欺集団に囲まれて、山に埋められるか、海に沈められるんだろう。
心の中で祖父と妹に謝る、俺は身元に繋がる物は何も持ってないし何も話さない、絶対に2人には迷惑をかけない。
そう覚悟したのに、他に誰も来ない所かもう1人の俺も何もしてこない。
チラッと視線を向けたら、目の前で膝をついて落ち込んでいた。
「ど、どうしたんだよ?」
恐る恐る、項垂れてるもう1人の俺に話し掛ける。
「薄々だけど、怪しいとは思っていたんだ、ガラの悪い奴らばっかりだったし。
でも、あれぐらいなら冒険者ギルドにはゴロゴロいたし、馬鹿な冒険者よりも大人しいと思ったんだ。
まさか、俺が詐欺や野盗の仲間?こっちに来てから犯罪を犯してばかりじゃないか。
早くリブタリアに帰りたい、あ、それには先立つものが⋯、それよりもまずは」
もう1人の俺は、ブツブツと何か話し出したかと思えば、カバっと立ち上がり深々と頭を下げた。
「すみませんでしたぁ」
いきなり謝られた俺は、落ち込んだもう1人の俺を慰めながら事情を聴いて上げた。
これが俺ともう1人の俺、根津玄人とヴラドの出会いだった。
一応、ここまでがプロローグという形なります。