ヴラドの初出勤。2
慣れない文字に苦戦したけど、なんとか報告書が書けた。
報告書のために今日あった事をクロトに話したら、すでに内容を知っていた。
SNSってやつに載っていたらしい、そういえばウシヤマもSNSの話をしていた気がする。
『それにしても、本当にやる事が多いんだな』
『細かい事件未満の犯罪は、毎日起きてるからな、大変だっただろ』
『迷子とか落とし物はいいけど、万引きとか交通違反は、捕まえた後の反論が大変だった』
『それはお疲れ様、あれは意外と凹むよな』
『ははっ、警察官は正義の味方じゃなくて、仕事なんだって思った』
『それを出勤1日目で気づけるのは流石だな』
『クロトが裏で動いてるのが答えだろ、そっちはどうだった?』
『ヂウとカカが手伝ってくれるから順調だよ、明日には終わらせる』
『クロトも大変なのに、報告書を手伝って貰って悪かったな』
『大丈夫、どうせ後で今日の話は聞く予定だったし、前倒しで聞けたと思えば問題ない。
それに今日、ヴラドが目立ってくれたのは俺としてはラッキーだったよ。
ヴラドは今は⋯、立番中か何もないといいな』
『目立つつもりはなかったけど、クロトの役に立ったなら良かったよ。
何もないといいけど、夕方からの方が問題は起きるんだろ?』
『夕方から明け方までは犯罪率が高いのは間違い、そろそろ俺も忙しくなるから、ヴラドも仕事頑張って』
『あんまり無理するなよ、何かあれば俺が⋯』
『気持ちは嬉しいけどこれは俺がやりたい事だから、ヴラドがは俺の代わりをしてくれるだけで十分助かってる』
『わかった、でも本当に危なくなったら勝手に動くから』
『ありがとう』
会話が終わって俺は白い息を吐く、これ以上の会話はクロトの邪魔になる、ヂウとカカもいるしきっと大丈夫だ。
「根津、通報があったから行くぞ」
タイミングよくウシヤマが声を掛けてきたので、俺はウシジマの後を追う。
現場はここから近く、この時間は車よりも走った方が早いらしい、周辺の地理と交通状況を把握してるのは流石だと思う。
現場に着くと男2人が喧嘩をしていた、片方が馬乗りになって殴ろうとしてるのを、下になった側が腕を押さえて止めている。
急いで2人を引き離し話を聞けば、肩がぶつかったのが原因で喧嘩になったみたいだ。
お互いに酔っていて、どっちもぶつかったのは相手が悪いと主張している。
とりあえず二人を交番に連れて行き、水を飲ませて落ち着かせてから改めて話を聞く事にした。
酔いが覚めて冷静になれば、今度は俺達にこれからどうなるのかを心配して聞いてくる。
ウシヤマは本当なら傷害罪で捕まえるところを、初犯だからと調書だけ取って、次はないと釘を刺すだけで帰らせてしまう。
「良かったんですか、勝手に帰らせちゃって」
「いいんだよ、ちょっとした喧嘩くらいで、あの人達が仕事出来なくなったら、俺達が恨まれちゃうだろ。
通報が入っちゃったから調書は必要だけど、大した怪我もなかったし、お互い様って事で示談したと思えばいいんだよ」
「俺達が上から怒られますよ」
「大丈夫、大丈夫、一応調書を書いとけば細かいところまで上は見てないって」
「格好良いですね、丑山先輩」
本人にそんな自覚はないだろうけど、向こうの冒険者達と同じ雰囲気を感じて嬉しくなる。
「そんな雑に褒めても何も出ないぞ、俺にはすみれと桜がいるからな」
「いや何も求めてないです、奥さんと娘さんと比べないでください」
「はぁ~早く帰りたくなったぜ」
手帳から家族の写真を出して切なそうに呟くウシヤマ、結婚して子供が出来てから毎回こんな感じだとクロトから聞いている。
適当に流せばいいと言われたし、ウシヤマに愛想笑いを返して仕事に戻る。
この後、交通事故の交通整理を手伝ったついでにパトロールをして、やっと休憩になった。
「疲れた、やっと眠れる」
「お疲れ様です、先に寝てください丑山先輩」
交番に帰って机に伏せてだらけるウシヤマに、先に仮眠を取るように促す。
「おう、ありがとうな」
と言って、ウシヤマは奥の休憩室にゆっくりと体を起こして歩いていった。
俺も机の前で書類を書きながらウトウトする、体力は余裕だけど朝から緊張していたせいで、精神的に想像以上に疲れた。
『ヴラド、大丈夫か?』
そんな時にクロトからの連絡が来る、声の様子に焦った感じがないから問題は起きてないと思う。
『大丈夫だ、今ウシヤマが先に休憩してる』
『そうか、俺の方は無事に終わったから、ヴラドも疲れてるなら代わろうか?』
クロトの声は落ち着いてるように思うし、俺が疲れているのは間違いけど。
『いやこのまま最後までやる、クロトの方こそゆっくり休め』
と提案を断った、たぶんクロトの方が休息が必要だと思った。
『わかった、ありがとうヴラド』
『また明日な』
連絡が終わった後、ヂウとカカにクロトの様子を見守ってくれるように頼む。
2時間ほど黙々と書類を整理していると、休憩室からウシヤマが出て来て交代に俺も眠る。
なかなか寝付けないと思っていたが、目を瞑るとあっという間に眠りに落ちてしまった。
きっちり2時間後に目を覚まして、休憩室を出るとウシヤマは机に伏せて眠っている。
「丑山先輩、休憩終わりですよ」
声をかけると、目を開いたウシヤマがゆっくりと机から上体を起こして背筋を伸ばす。
「ふわぁ、寝ちゃってたみたいだ」
「誰も来てませんし、電話も鳴ってませんでしたから大丈夫ですよ」
申し訳なさそうな顔で、奥に顔を洗いに行く後ろ姿に報告する。
すっきりした顔でウシヤマが戻って来てから、交番の前に立って見張りを始める。
子供やお年寄りは挨拶をして前を通り、その他の大勢は日常の景色の一部のように俺の存在を素通りしていく。
そんな感じでぼーッとしていると、交代が来て昨日あった事や注意事項等の引き継ぎをして、ウシヤマと一緒に警察署まで帰った。
着替えをして帰る準備をしていると、俺よりも早く準備を終えたウシヤマが手を振って帰っていく。
俺は無事にクロトの代わりを出来た事にホッと胸を撫で下ろして、警察署からクロトの家に帰った。
「爺ちゃん、ひな、ただいま」
玄関を開けて声をかけ、居間から顔を出すクロト祖父と目を合わせる。
目があったのをお互いに確認して、クロト祖父が居間に戻ると、俺も家にあがる。
相変わらず妹からの返事はなく、俺は未だには会った事がない。
相棒の妹の部屋に勝手に侵入してまで、顔を確認しようとは思わない。
だから、クロトの行動を真似して風呂に入るために洗面所に向かい、知らない女性に会って。
「「誰?」」
そう言ってしまったのは仕方ないと思う、言った後にクロトの妹だと思い当たるけど遅かった。
しかし、妹の方も俺に「誰?」と言わなかったか、思考を回復させて取り繕おうとした俺より前に。
「だから、誰って聞いてるんだけど?」
と、妹の方から先に問い詰めて来た。
「誰って、お兄ちゃんだよ、何を言ってんだひなは」
そう言うとものすごく不機嫌な目で睨んできて、無言のまま携帯を手に取ると。
「待ってくれ、ちゃんと説明するから」
指の動きから躊躇なく110番しようとしたのを確認して、俺は慌てて降参した。
さっきまで、クロトの代わりを無事に出来たと思ったのに、こんな所であっさりバレるなんて思いもしなかった。
俺は申し訳ない気持ちいっぱいで、クロトに連絡をした。