俺が地球に転移するまで。
物心がついた時には路地裏生活で、親の顔なんて知らないし、大人は暴力で搾取してくるだけの存在。
人付き合いが苦手な俺は、孤児グループからも仲間外れだった。
ただ、俺にはコソコソと生きる才能があったらしく、路地裏の隠れ家で1匹のネズミと1羽のカラスと意外と快適に暮らしていた。
盗みやスリにも慣れて来た頃、いつも通り隙だらけの酔っ払いから財布をスッて逃げようとしたら捕まってしまった。
「はははっ、俺がスられるまで気がつかないなんて大したガキだ。
だが、スリ終わった瞬間に気を抜いちまったな、逃げ足もイマイチだ」
「うるさい、離せ」
どんなに暴れても逃げられず、酔っ払いは笑いながら冒険者ギルドまで俺を引きずって行った。
これが俺と酔っ払い→ギルド長との出会いだった。
俺はギルド長に見逃してもらう代わりに、ギルドで下働きをする事になって、ギルドの屋根裏にネズミとカラスと一緒に引っ越しをした。
「俺の家に来ても良かったんだぞ?」
「こっちの方が落ち着く」
「そうか、お前が良いなら特別に許可してやる」
「ありがと」
俺は初めて大人に感謝し、恩返しにギルドの仕事を一生懸命手伝った。
ギルドの手伝いを始めてから8年、俺は15歳になった。
「アーサさん、俺はモンスターと戦うの好きじゃないんで冒険者には向いてないと思うんすけど?」
「何言ってんだ、せっかく俺が1から冒険者のイロハを教えてやったんだぞ。
成人したんだし、手伝いじゃなくてちゃんと冒険者としてギルドに貢献しろよ」
「だったら職員でもいいじゃないですか、せっかく読み書きも計算も出来るようになったのに」
「お前は馬鹿か、職員なんてつまらん仕事より自由な冒険者の方がいいだろ。
つべこべ言わずに、早く登録してこいヴラド!」
という、やりとりがあって俺は、ギルド長命令で冒険者登録をした。
それから更に3年、俺は今まで通りギルドの仕事を手伝い、それなりに冒険者としての活動をしていた。
冒険者のランクはF〜Sまでの7段階で、俺は3年でDランク、18歳としては平均だと思う。
それなのに、ギルド長は不満みたいでわざわざ呼び出して。
「ヴラド、お前はまだDランクなのか?」
と、聞いて来た。
「そうですよ、なかなか順調だと思います」
俺がそう答えると、ギルド長はため息を漏らして首を横に振った。
「はぁ⋯、俺の息子のウェインとラスロッドは、2人共お前と同じ歳にはBランクだったし。
お前の一つ下の娘のトリスタだってもうCランクなんだぞ、お前がDランクなんておかしいだろ」
ギルド長が自分の子供達を引き合いに出して、俺の冒険者ランクに文句を言ってくる。
「アーサさんの子供達と比べられても困ります、3人共未来のSランクって言われてる天才じゃないですか。
俺は自分のペースで仕事をした結果に満足してます」
俺は元々親の顔も知らない孤児だぞ、元Sランクのギルド長の子供達と比べないで欲しい。
「そんな事言っても誤魔化されんぞ、毎日ギルドの仕事をしてるのを見てるからな。
ランクが上がらないのは、真面目に依頼を受けてないからだ」
「ちゃんと依頼は受けてますよ、じゃないとDランクにもなれてません」
俺の反論に押し黙るギルド長、俺もギルド長の期待を裏切るようで心苦しいけど、才能の有無はどうしようもない。
一つ説明させて貰うと、この世界では魔力は全てのモノが持っているて、魔力を使用して起こす様々な現象が魔法と呼ばれている。
個人差があるのは、魔力量と魔力操作技術だけで、魔法の属性に制限はない。
制限はないが、魔法同士は干渉し合う特性があり、体内に魔力を留める身体強化魔法を習得すると、体外に魔力を放出する現象制御魔法は覚え難くなる。
現象制御魔法はより複雑で、習得すると身体強化魔法が覚え難くなるのは当然、大きく属性分けすると光・闇・火・水・風・地・雷と無の8つあり、それぞれが複雑に干渉して、習得の難易度が変化する。
そんな知識を踏まえた上で、元々人付き合いが苦手な俺が信用出来るのは、ギルド長とその家族、ネズミとカラスだけだ。
ネズミとカラスは、10年一緒に過ごしてるうち、いつの間にか魔物化して使い魔になっている。
基本はネズミとカラスと一緒とはいえ、ほぼ単独行動な俺には身体強化魔法は必須。
だから現象制御魔法は苦手で、それでも色々と必要な魔法を覚えたせいで残念な事になっていた。
ギルドの仕事と依頼をこなして更に2年、俺は自分なりに工夫してBランクになった。
「アーサさん、これがエッチゴ伯爵とコンロリ子爵の調査資料です」
俺はギルド長の机に、2枚の紙を置いた。
「うおっ、ヴラドか、お前最近本当に心臓に悪くなったな。
俺が声をかけられるまで気がつかないなんて、それにどこから入って来たんだ?」
俺に声をかけられて驚いたギルド長が、訝しげに睨んでくる。
「冒険者が自分の手の内を教える訳ないでしょう、まぁ、アーサさんになら良いですけど」
そう言ってネズミの頭を撫でると、ギルド長は頭を掻きながら資料に目を通した。
「毎度な事だが、よくこれだけ証拠を集められたな、これでエッチゴ伯爵とコンロリ子爵を捕まえる事が出来る」
「冒険者があまり政治に口を出すのは良くないんじゃなかったですか?」
「フンッ!政治に口を出すんじゃない、気に入らない奴を法に則って懲らしめたいだけだ」
「わかりました、俺から見ても2人はクズだと思ったので好きにして下さい」
俺が立ち去ろうとすると、キルド長に呼び止められた。
「ヴラド、帰って早々悪いが新しい仕事を頼んで良いか?」
ギルド長は申し訳なさそうにいうが、報酬を貰ってるんだから気にしなくていいのに。
「大丈夫です、どんな仕事ですか?」
ギルド長に頼まれたのは、ギルドが管理しているダンジョンを破壊しようとしている不良冒険者の確保だった。
ダンジョンとは、モンスターや特殊な鉱石、アイテムが出現する不思議空間だ。
ダンジョン最深部にあるダンジョンコアを壊すと、ギフト(特別な力)が貰える事がある。
ダンジョンの難易度が高いほど、貰えるギフトも良くなるとも言われている。
ただ、コアを壊して得るギフトより、残した方が有益なダンジョンはギルドが管理している。
そんなダンジョンの、コアは壊さないってルールを破ってギフトを手に入れようって馬鹿がたまにいる。
俺は早速、問題の冒険者達が入ったダンジョンに向かった。
問題の冒険者達がダンジョンに入ったのは3日前で、そいつらとすれ違った善意の冒険者達の証言で、コアの破壊を企んでいる疑いが浮上した。
聞き間違えかもしれないが、放って置くことも出来ない。
3日前ならギリギリ追いつけると思う、ギルドが管理してるダンジョンなら道に迷う事もない。
俺はコアのある最深部まで、モンスターとの戦闘も避け最短距離で駆け抜けた。
最深部に着くと、問題の冒険者達が本気でコアを破壊しようとしていた。
「馬鹿野郎共が!!」
俺は呟きながら、コアを破壊する為に武器を振り上げたり魔法を撃とうとしてる冒険者達を不意打ちで意識を刈り取った。
しかし、あと一歩間に合わず最後の1人の意識を刈り取る前に魔法を撃たれてしまった。
馬鹿でも最深部まで来れる冒険者、魔法には十分な威力がある。
俺は魔法を撃った冒険者を後回しにして、撃たれた魔法とコアの間に入る。
魔法は俺に当たって爆発、コアまで吹き飛ばされてしまった。
身体中が痛いが動けない程じゃない、邪魔をされてギャアギャア煩い最後の1人も気絶させて全員を縛り上げた。
馬鹿な冒険者を運び出そうとしたら、突然ダンジョンが崩れ始める。
「なんで、馬鹿は全員捕まえたのに⋯」
コアを見ると、俺がぶつかった所にヒビが入っていて、それがどんどん広がっていく。
コアがそんなに脆いはずない、俺は間に合ったと思っていたけど、馬鹿共はもう何度もコアを攻撃していたのか。
だから、俺がぶつかったのがトドメになったんだろう、依頼は失敗だ。
コアが壊れてしまったらどうしようもない、念の為に俺がダンジョンに入場制限をしておいて良かった。
最深部に来るまでに、すれ違った冒険者達にも声をかけて来たし、崩壊に巻き込まれてるのは俺と馬鹿共だけだろう。
勿体ないけど、脱出用の転移アイテムを使うしかないな、俺は気絶してる馬鹿共を転移させる。
「さて、俺もさっさと脱出するか」
俺は自分の分の転移アイテムを起動させる、だけどどれだけ魔力を流しても全然反応しない。
「嘘だろ、コアだけじゃなくこっちも壊れてたのか」
そうして俺はダンジョンの崩壊に巻き込まれた。
死んだと思った俺が気がついたのは、見知らぬ路地裏で、表面が綺麗な石壁が城壁並に高く、路地裏から出ると夜なのに眩しい街だった。
これが俺が初めて地球に来た時の話だ。