-6- スキー靴
吉川耕二は、よくうっかりミスを冒す男だった。
春の息吹が少し感じられるようになった三月中旬、吉川は今期最後となるスキー場で春スキーを滑っていた。腕は指導員が勤まるほどの腕前だったから、滑ることに関しては何の問題もなかった。ただやはり、うっかりミスだけは、このときも犯していたのである。
滑り終えた吉川は、連れ立った日合と五合目からリフトに乗って下りた。四合目で別のリフトに乗り三合目へ下りようとしたときだった。下界に広がる余りにも素晴らしい景色に吉川は見惚れなくてもいいのに見惚れてしまったのである。
「もう、春だなぁ~」
「ああ…」
日合は、当たり前のことを言う奴だ…と思いながらも話を合わせた。しばらく下界の流れを見ていた二人だったが、日が傾いてきたのを見て、日合が言った。
「そろそろ下りるか…」
「ああ…」
日合の言葉に吉川は話を合わせて待合所の椅子から立ち上がった。そのときである。スキー板は肩に背負っていたから忘れなかったが、うっかり靴を隣の椅子に置いたまま忘れたのである。だが、そのときは気づかず、二人はリフトに乗り三合目まで下りた。三合目から一号目のリフトに乗り換えようとしたときだった。
「あっ!」
何げなく日合が手に持ったスキー靴を見た吉川は、自分の靴を四合目で忘れたことを思い出した。
「どうしたっ!」
日合はすでにリフトに乗りかけようとしていたが、乗るのをやめ、吉川に問いかけた。
「上へ靴を忘れた…」
悪びれて吉川は日合の顔を見た。日合はニヤリと小さく哂った。
「戻るかっ!」
「すまんっ!」
二人は四合目へ上がるリフトに乗った。靴は四合目のリフトで寂しくご主人の帰りを忠犬ハチ公のように待っていた。^^ 吉川は靴を目にし、手に持つと安堵して日合と下りのリフトに乗った。靴は尾こそ振らなかったが、紐を微かに揺らすのだった。
吉川さん、スキー靴を忘れないよう、努力をしましょう。^^
完