-53- 信仰
個人が何を信仰しようと、それは自由で、他人がとやかく言うことではない。だが信仰は魔物で、自分の気分を鼓舞する程度の信仰ならいいのだが、うっかり信仰にのめり込んでしまえば取り返しがつかないことになり自己破壊や人生破壊を招いてしまうから注意が必要だ。皆さんも、最近起きている信仰での被害はニュースや新聞報道で耳にされたこともお有りだろう。国会でも物議を醸し出しているくらいだが、醸し出すのは美味しいお出汁ぐらいにしていただきたいものである。^^
とある町に住む片山は春のそよ風に吹かれ、漫ろ歩いていた。お決まりのコースだったから足は勝手に動いていた。コース半ばまで来たときのことである。道の際の一角に一人の男が茣蓙を広げて座っているではないか。その男が座る傍らには一体の素焼きの土像が立っていた。片山は、おやっ? と訝しく思えたから近づいて歩を止め、その像をシゲシゲと見回した。よく見れば、仏様のようでもあり、神様のような像でもあった。片山は座る男に近づき、恐る恐る訊ねてみた。
「あのう…誠に失礼とは存じますが、コチレは?」
「…ああ、このンお方は救世主様でございます。最近、世界のアチコチで起きております戦争や紛争の惨禍をご覧になり、救世のため天から降臨されたのでございます…」
「ああ、そうなんですか…」
そう、はっきり説明されれば、素直に返すしかない。片山は、ふ~~ん…くらいに聞き流すと、歩き出そうとした。そのときである。一人の老女がどこからともなくヨタヨタと現れ、その像の前でくと、地面に額づいてブツブツと呟き始めた。
「救世主様っ! 有難うごぜぇ~ますだっ!」
そう言いながら老女は、手にした数百万円の帯のついた札束を像の前の寄進箱に投げ込んだ。その途端、ただの置き物の像に見えていた片山の目は変化し、神々(こうごう)しい像に見え出したのである。片山はその老女が雇われた桜だということを知らなかった。その日以降、この救世主像の虜となった片山は、日々、像の前で額づくようになり、すっかり貧乏になってしまったのである。
うっかり信仰に陥れば土壺に嵌る・・という怖いお話でした。^^
完




