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ボスリムの女領主には探偵癖がある  作者: 叶あぞ
ボスリムの城塞都市
4/6

使者焼失

や、うん」ハルネは自分の中の生理的な嫌悪を振り払った。「ともかく、もし使者を殺した人間がいるのなら、市内に潜んでいるのかもしれない。しばらくは市内の警備を強化しておくべきでしょうね」

「承知しました」

 レプティスが力強く頷いた。


「ねえ、やってほしいことがあるんだけど」レプティスを退室させてから、ハルネはニーデに言った。「護衛をしてた四人から直接話を聞いてほしいの」

「……戦争を忘れて犯人捜しに耽るようでは、領民がどう思いますかな?」

「うん。でも、戦争を優先するからこそ、犯人捜しは重要だと思う。犯人をわたしたちで捕まえれば、それでメウリトリアと取引もできるかもしれない」

 言ってから、ニーデの反応をじっと待った。

「……お考えがあるのであれば強くは言いますまい」

 と、諦めたように言った。

「お願い。これは信頼できる人に調べて欲しいから」

「レプティス隊長がすでに調べておりますし、新しい発見があるとも思えませぬが……」

 ニーデは最後までぼやいていた。




 夕方から開かれた軍議は予想通り紛糾した。

「使者を殺したのは貴様だろうニーデ!」

「アンギム殿! そのような言いがかりはいくらわしでも見過ごせませぬぞ!」

「しかし使者を殺して得をするのは同盟に反対していた貴様らではないか!」

「ハルネ様の許しもなく軽挙妄動するわしと思うてか! わしとてボスリムの武人、暗殺などせずとも、同盟を反故にするなら堂々と使者を追い出すわ!」

「ふん、何が武人か。そう思っているのは自分だけだろうが。奸臣が、ハルネ様を操っておるわ」

「ほう、誰がそんなことを言っておるのかのう」

「皆そう言っている!」

「アンギム殿こそ、腰巾着を増やすのに忙しくて、忠勤がおろそかになっているようじゃの」

 まさにその、アンギムの腰巾着からニーデへ罵声が飛ぶ。それを受けてニーデ派の家臣が罵声を返す。議論ではなく中身のない罵倒合戦がしばらく続いた。

「皆の考えは分かりました!」

 ハルネが口を開いてからも、しばらくざわつきが続いたが、ニーデが口を閉ざしたのをきっかけに、広間は徐々に静寂を取り戻した。

「いずれにせよ当面はわたしたちだけでこの街を守らなければいけません。そのためには家中で団結する必要があるとわたしは考えます。皆には、これまで以上の忠節を期待します」

 ハルネは一方的にそう言って立ち上がった。主君が立ち上がれば、それが軍議終了の合図だ。

 一同も起立して、退室するハルネに頭を垂れた。

 廊下に出たハルネをニーデが追いかけてきた。

「ハルネ様――」

「あの態度は何?」

 と、ハルネはニーデを責めた。

「申しわけございません。しかしあのままアンギムらの好きにさせるわけには……」

「あんな言いがかりに乗せられるなんて、軽率よ。ニーデらしくもない」

「……ご期待に沿えず面目次第もございませぬ」

「……とにかく、あまりアンギムを刺激しないで。ただでさえ舵取りが難しいのに、あなたまで火種を煽るような真似は自重してよ」

 ニーデは廊下に立ち止まって、いつまでも頭を下げ続けた。

 そうだ、ニーデが殺しを命じたなんて、そんなはずない。ニーデがわたしを裏切るなんて、あり得ない……。



 軍議の後、ハルネは日課の「見世物」に出た。

 いつもの大通りを進むルートではなく、今日は海側の街境に沿って歩いた。日はどっぷりと暮れていて、ハルネの共をする兵士たちは松明を持って付き添った。今日に限って街外れを歩く領主の姿に、すれ違う市民たちは形だけの礼を示しつつも、ハルネが離れてからはひそひそと噂話に花を咲かせているのが分かった。


 使者の死の謎によって、ボスリムが割れようとしている。

 このまま疑心暗鬼が続けば、家臣たちが相撃つ事態になるのは必然に思えた。

 ……この悪い流れを止めるのは、速やかに事件の謎を解き明かして、相互不信の影を払拭しなければならない。

 そのためには、犯人がどうやって監視の目をかいくぐって建物に入り、そして殺害後に出てきたのか――。その謎を解かなければならない。


 やがてハルネ一行は焼け落ちた建物の前に来た。使者が焼かれて死んでいた「殺人現場」だ。

「ここで待ってて」

 ハルネは下馬して護衛に手綱を渡すと、通りから焼け跡に踏み入った。

 護衛は困惑しつつハルネを追いかけた。護衛の早足に呼応して、松明で映されたハルネの影が揺らぐ。

 焼け跡には柱と壁がいくらか残っているだけだった。焼け跡を注意深く見れば、部屋の間取りくらいはなんとなく分かるが、ハルネが分かるのはせいぜいその程度だ。まだ焦げた匂いがあたりに漂っている。生前のあの男が身にまとっていた異国の匂いは、ここにはもはや残滓もかき消されていた。

 周囲には背の低い雑草がまばらに生えているだけで、木の一本もない。潮風に当たって木が育たないのだろうか。つまり、建物の周囲に身を隠す場所はなかったということになる。

 建物は道に面していて、反対側は城壁に面していた。

 城塞都市の海側の城壁は、陸側の城壁と違って低い。それでもハルネの背丈くらいはある。

 城壁には一定間隔で細い覗き窓があって、その向こうに夜の水平線が見えた。背を伸ばして視線を落とせば、ごつごつした岩肌の崖と打ち付ける波が見える。

 荒々しい波音が同じリズムで響いている。隙間から冷たい潮風がハルネの顔に吹き付けた。

「ハルネ様! 崖に近づいては危のうございます!」

 後ろについてきた護衛が大げさに言う。

 城壁があるのに危ないも何もないだろうと思いながら、ハルネは大人しく「見世物」に戻った。

 レプティスが「死角がない」と断言したのは建物の立地によるものだろうとハルネは考えた。

 確かに、海の側から侵入者があるとは思えない。もしそんな魔法のようなことができるなら、アリアスタがその方法を使って、とっくの昔にこの街を落としているはずだ。ハルネは敵国の軍事指導者の優秀さは認めているつもりだった。

 つまり――犯人は存在しないということになる。

 しかし実際には誰かが使者を殺したのだ。

 ぞわり、とハルネに寒気が走った。

 たぶんこれは、理屈に合わないことを、わたしの体が拒否しているんだ――。

 何か可能性はないか。何でもいい、理屈をつけて――。

 ハルネはゆっくりと思考を回転させる。

 海から忍び込むのが無理なら屋根はどうだろう。他の家の屋根からロープを張って移動する。見張りの兵士たちも、地上には注意を払っていても空までは見ていないはずだ。

 しかし隣の家まではざっと五百メートル(作者注:ボスリムにメートル法は存在しないが可読性のためにやむなく使用する)は離れている。この建物が隣近所から離れているからこそ火事になっても大した被害が出なくて済んだわけだが……。

 空を移動する、というのは荒唐無稽なアイデアであったが、地上の監視を掻い潜るよりは可能性があるように思えた。

 とにかく子供騙しであっても、何かひとつ可能性を見つけたところで、ハルネの体の不調が徐々に和らいでいったので安堵した。冷や汗のせいで夜風が刺すように冷たかった。

 さて、そろそろ戻ろうかと振り向いたとき、ハルネはさらに別の可能性があることに気が付いた。

 わざわざ空を移動しなくても、使者を殺せる人間は存在する。見張りの兵士の、誰かが殺したということはあり得ないか?


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