9話 この関係は
赤いシーツのベッドに足を組んで座る甘井呂は、気高く美しい王様のようだ。
諏訪は裸足の足元に跪き、白く長い指先の動きを食い入るように見つめる。
「それ、Give」
Commandの乗った言葉は体を昂らせる。
すぐさま諏訪は立ち上がった。
ベッドサイドの丸テーブルに「ご自由にどうぞ」のカードと共に置いてあった、白い手のひらサイズの箱を持ち上げる。
甘井呂に差し出せば喉を指先でくすぐられ、次は箱を開けろと促された。
再び膝をついた諏訪は恍惚とした表情になりながら、箱を開ける。食欲のそそる甘い香りがふわりと広がり、丸いチョコレートが四つ姿を現した。
白い指がそのうちの一つを摘み、諏訪の口元に寄せてくる。
「Eat」
手を汚さないようにと遠慮がちに開いた諏訪の口に、ついっと無遠慮にチョコレートが差し込まれる。指に歯が当たってしまって慌てて大きく口を開くと、舌の上に甘みが乗って口元が緩む。
甘井呂はチョコレートを持っていた指先を諏訪の唾液ごと舐め取り、チョコレートをモグモグと食べる様子を見つめる。諏訪は見られるのが落ち着かずに目線を逸らすが、すぐに顎を掴まれた。
熱い瞳から逃げられないまま、諏訪は口の中のものをごくりと飲み込む。
「Good boy」
目を細めた甘井呂が、優しく頭を撫でてくれる。受け止めきれないほどの幸福感に包まれて、諏訪は甘井呂の膝に頬を乗せて擦り寄った。
「諏訪、Command受けるの上手になったな。偉いぞ」
重ねて柔らかい声をかけられて、諏訪は天にも昇る気持ちだ。もっともっとと、心が欲張る。
だが時は残酷だ。
「そろそろ時間か」
「もう? そっかー」
壁に掛かっている時計を確認した甘井呂が静かに告げてくる。Playルームを使っている限りは、どうしてもずっとのんびりはできない。
諏訪は離れ難すぎて、毎回「この後、家に来ないか」と甘井呂に言いたくなってしまうほどだった。
しかし家族に隠している以上そういうわけにもいかない。いや隠していなくても、いつ誰が帰ってくるか分からない家では落ち着かないだろう。
いつも通り諦めた諏訪は、じっと甘井呂を見上げた。
「……あの、さ」
終わりだと言いながらも膝に置いた頭を撫でてくれていた甘井呂は、「なんだ?」と言うように視線をくれる。
諏訪は体を起こして、改めて絨毯の上にペタンと座り込んだ。
「今日は抱きしめるのやってくんねぇの?」
流石に照れくさくなった諏訪の頬がほんのり朱色に染まる。甘井呂は諏訪の揺れる瞳を見て目を瞬かせ、それから腕を開いてくれた。
「Hug」
このCommandをもらったのは初めてだった。
諏訪は遠慮なく甘井呂の胸に飛び込む。勢いが良すぎて、甘井呂がベッドに背をついた。
まるで大型犬に飛び付かれたかのように肩を震わせて笑っている。
「Good」
制汗剤とも香水とも違う、自然な香りに包まれる。
わしゃわしゃと短い髪をかき混ぜられると、やはり嬉しくて気持ちいい。諏訪は触れ合う体温の安心感と胸の高鳴りが両立する、この時間が大好きだった。
「変な関係だよな」
ふと、甘井呂が小さな声でボソリと呟いた。
「ダチでもねぇしパートナーでもねぇ。あいつみたいに部活のチームメイトでもねぇ」
深い声で紡がれる言葉に「なんのことだろう」と思いながら、諏訪はぼんやりと耳を傾ける。
甘井呂は、吐息と共に消えそうな声になった。
「俺はお前のなんなんだろうな」
これには答えないといけないと本能で感じ取った諏訪は、甘井呂の言ったことを全て頭の中で繰り返す。
何度かそうするうちに頭のモヤが晴れてくると、諏訪はぱっかりと口を開けた。
「と、友だちじゃなかったのか俺ら」
「逆に友だちなのか」
お互いに質問の応酬になってしまう。
一緒に昼ごはんを食べ、遊ぶ相手のことを「友だち」「友人」と言わずになんというのだろう。
もしかして「友だち」はPlayをしないのだろうか。
諏訪は頭を上げて腕を組む。考え込む姿勢をとっても、この関係性の上手い言い回しが思いつかなかった。
「ま、呼び方なんてなんでも良いだろ! お前といるの、すごく楽しいから」
「そうか」
笑顔で伝えながら、諏訪は厚い胸に顔を埋めた。
だから、抱きしめ直してくれた甘井呂の顔が曇ったことには気が付かなかった。
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