8話 ゲームセンター
気を抜くと隣にいる友人の声が雑音にかき消されてしまう。
統一感のないさまざまな音楽や機械が動く音、コインが落ちる音、さまざまな音が混ざり合う空間。
「すっげぇええ! 百発百中じゃん!」
部活中ならば校庭の端から端まで届く興奮した諏訪の声も、騒音に飲まれて正しく聞き取ったのは甘井呂だけだった。
本物に似せて作られた銃口の先にある大画面では、おどろおどろしいゾンビたちが近づいては悲鳴を上げて倒れていく。
「こんなん慣れだろ」
「だとしたら、お前どんだけやり込んでんだよ!」
すでにゲームオーバーになっていた諏訪は、甘井呂が涼しい顔でどんどんステージを進めていくのを楽しく眺めていた。
本日は土曜日、時間は十四時前。
午前で部活が終わった諏訪は、学校から数駅先のゲームセンターで甘井呂と遊んでいた。
本来の目的はプレイルームへ行って「体調管理」することだ。
甘井呂と週末会うようになって最初の二回ほどはそれだけをしていたが、
「せっかくなんでもある街に来てるのに勿体無いよな」
と思った諏訪は、一緒に昼ごはんを食べようと誘った。
それからは、部活の後に一緒に昼ご飯を食べて遊んでから、プレイルームへ行くようになったのだ。
「甘井呂、ゲームならなんでも得意なのか?」
「なんでもじゃねぇけど」
「あれは?」
「音ゲーか? あれならやったことある」
「じゃあやろうぜ」
諏訪が声を弾ませて腕を引っ張れば、甘井呂は満更でもなさそうに従順についてくる。
趣味が合うとは言えない二人だったが、ともに過ごす時間は楽しかった。
色々と遊んでいる途中、甘井呂がトイレに行くというので諏訪は壁際のベンチに座る。壁に背中を預けて店内をぼんやりと眺めると、年齢問わずファッションもさまざまな人々が目に入ってくる。
DomやSubもいるんだろうと、今まで考えなかったことが頭をよぎった。
自分の中で何かが確実に変わっていく。
(……なんか飲むか)
熱気に溢れた店内で、じんわり汗が滲んできた。
ベンチのすぐ隣に二つ並んだ自動販売機へと目線を向けて、諏訪は立ち上がる。
(甘井呂も飲むかな……)
「あれ、副部長?」
「お?」
下から声を掛けられてふと隣の自動販売機を見ると、唐渡がしゃがんだまま大きな目を丸くしていた。誰かがいることは認識していたが、まさか午前中まで一緒にいた後輩だったとは。
麦茶のペットボトルを手に立ち上がった唐渡は、ふにゃりと表情を緩ませる。
「偶然っすね!」
「お前もゲーセンとか来るんだな」
「副部長、さっさと帰っちゃいましたもんね。部活の後、何人かで飯食って……三年の先輩たちもいるっすよ」
知り合いに会いにくいようにと、わざわざにぎやかな街を選んだというのに。
いつもならば他の友人といる時でも、サッカー部の仲間に声を掛けに行こうと思っただろう。だが今の諏訪は、なんとも言えない表情になってしまった。
「……みんなで遊ぶのは良いことだな」
「おっさんくせぇ」
「誰がおっさんだよ!」
べシンっと額を叩くと、唐渡は患部を摩りながらもケラケラと笑っている。妙に機嫌が良いのを見て、諏訪は心の中で首を傾げた。
(ゲーセン、そんな好きなのか?)
ひとしきり笑った後、唐渡はキョロキョロと周囲を見渡す。
「つか、一緒に来た人はどこっすか? もしひとりなら」
「ここだ」
諏訪と唐渡の間に、大きな体がずいっと割り込んで来た。サッカー部と合流しないかと誘ってくれようとしたであろう唐渡の顔が、諏訪からは見えなくなってしまう。
「おう、甘井呂。そうそう。今日はこいつと約束あってさ」
「そういやこいつ、なんなんすか」
諏訪が体を傾けて唐渡をみると、先ほどまでとは打って変わって険しい表情で甘井呂を睨んでいる。
「何って……そりゃ」
急に険悪になった空気に、諏訪は思わず無表情の甘井呂の顔を見上げた。なんと返事をしたものかと少し迷ってしまう。
でも唐渡の質問はまだ終わってなかったらしく、刺々しい声色で言葉が続いた。
「こないだ部活来てたけど。副部長の中学の後輩?」
「どうでも良いだろ。お前には関係ない」
甘井呂が普段通りの無愛想な返事をしてしまったことで、唐渡の機嫌はさらに急降下した。
諏訪には、イケメンふたりが散らしている火花が見える気すらする。
「おい。お前一年だろ」
「だから?」
「ストップストッ……っ」
まずいと思った諏訪が甘井呂の腕を引いた時には、もう遅かった。
諏訪は、ペタリと床に跪く。
自分の意思とは全く関係なく体が動いた。
甘井呂と唐渡は互いにGlareをぶつけ合ったのだ。
二人分のGlareを受けた諏訪はなすすべなく体を震わせる。
GlareはSubを従わせる他に、「この人は自分のSubだ」と他のDomを威嚇する意図で発される時もあるというが。
(まさか普通の喧嘩で不機嫌になっても使うなんてな)
諏訪がKneelの姿勢になったことに気がついた二人が、慌ててGlareを引っ込めた。それでも頭がくらくらする。
思えば甘井呂と唐渡は、初めて出会った時の心象がお互い最悪だったはずだ。
いきなり仲良くなれるはずもない。しかし、公共の場でのGlareはいただけない。
影響が有ったのは諏訪だけだったが、Glareは関係ない人を巻き込む可能性があるのだから。
諏訪は座り込んだままでは格好がつかないと思いつつも、後輩を説教する時の顔を作って二人を見上げる。
「お前ら、人多いんだから気をつけろよ」
「悪い」
「すんません」
指先を震わせながら懸命に頭を上げている諏訪に、二人はしおらしく謝った。
彼ららしくない態度だが、反省を感じられて諏訪は頷く。
すると甘井呂が右腕を握ってきて、それを見た唐渡が負けじと左腕を掴んできた。
長身の二人に同時に引き上げられた諏訪は、宇宙人にでもなった気持ちだ。
「やべぇ腰抜けた」
立ち上がらせて貰ったものの、足元がおぼつかない。
諏訪は苦笑いし、甘井呂に体を寄せた。
「甘井呂、ちょい肩貸して」
「なんでそっちなんすか」
「え? え、と……」
すかさず身を乗り出して手に力を込める唐渡に対し、諏訪は言葉に詰まる。
何も考えず、何の違和感もなく甘井呂を頼ったからだ。
(なんでって……だって……)
答えを出せないでいると、甘井呂が諏訪の腰に腕を回して抱き寄せてきた。
「俺と映画に行くからだよ離せ」
「そ、そうそう! 映画観るんだわ」
全くそんな予定はなかったわけだが、甘井呂の言葉に乗っかった諏訪はこくこくと忙しなく頷く。
それでも唐渡は納得していない空気のままだった。
「……Glareのケアなら俺でもできますけど」
「Normalにケアは要らねぇよ。Dom二人のGlareを至近距離で浴びせちまったから、少し休ませてから行くだけだ。時間決まってんだから離せ」
甘井呂は珍しく余裕のない早口で唐渡に言葉を投げつける。唐渡は諏訪を掴んでいるのとは反対の拳を強く握りしめていた。
いつまた二人が怒り出してもおかしくない雰囲気を壊そうと、諏訪は不自然なまでに明るい声を出す。
「気ぃ使ってくれてサンキュー唐渡! また明日な?」
「あー……っ」
ずっと腕を掴んでいる手に諏訪が触れると、唐渡は話は終わりなのだと察したらしい。
ようやく諏訪の腕を離した唐渡は、不満をぶつけるように自分の癖っ毛の頭をガシャガシャとかき混ぜた。
「……面白かったら教えてください」
「おう! 他の奴らによろしくー!」
唐渡は諏訪に拗ねた顔を見せ、甘井呂を睨み付けてから二人に背を向けた。
諏訪は背中に嫌な汗を感じながらもにこやかに手を振って見送る。
甘井呂は諏訪を抱きしめる腕を強め、舌を出していた。
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