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6話 もやもや

 諏訪は驚いていた。

 甘井呂とPlayしてから四日ほど経ったが、すこぶる体調が良いのだ。


(こんなに体が軽いのいつぶりだ?)


 部活中はボールが足に吸い付いてくるようだったし、人の動きもよく見えた。遠くで呼んでいる部員の声もはっきり聞こえ、部活後のミーティングでも頭がきちんと働く。

 食欲もあるし、夜はよく眠れる。

 当たり前のことが当たり前にできるようになるとこんなに快適なのかと感動するほどだ。

 それと共に、自分の性を認識していないことの恐ろしさを思い知った。


(俺、Normalだったはずなのに)


 学校の図書室で本棚の森をウロウロと歩きながら、諏訪は一人でため息を吐いた。

 中学校入学前に、第二性の検査をすることが義務化されている。

 小学生の時にすでに片鱗を見せている子どももいるし、その検査で初めて自分の性を知る子どももいる。

 諏訪ももちろん検査を受けているし、結果が想像通りNormalだったことは親も教師も医者も確認済みだ。

 しかし例外のないものはない。


「検査するのは人間だからな。ミスってことも考えられるし……」


 諏訪はPlay後に甘井呂が言っていたことを思い出した。


「あんまりいないけど、途中で性別が変わるやつもいるらしい」

「なんで?」

「なんでとかじゃねぇんだよ。突然変異だ」


 涼しい顔で肩をすくめる甘井呂に対し、すっかり元気になって水筒を傾けていた諏訪は頭を捻った。とても重要なことだと思うのだが、聞いたことがない。忘れているだけの可能性は充分あるが。


「そんなん授業で言ってたっけなぁ」

「さぁな。俺はDomだって分かってから自分で調べた」


 意外と真面目だと言ったら、甘井呂はウルセェと口をへの字に曲げてしまった。


(あいつ、話せば話すほど面白いんだよなぁ)


 思い出し笑いしそうになる唇を噛み締め、諏訪は本の背表紙を眺める。

 それにしても、まるで恋人同士のような時間を過ごした。

 互いに求めて求められて、ずっとドキドキして幸せで。

 Playとは、すごいものだ。


(あんなかっこいいやつにあんなに大事にされたら、勘違いするやつ多そう)


 満たされる感覚が呼び起こされるのを抑えながら、諏訪は今までの甘井呂のPlay相手に同情した。


「それにしても……どこにあるんだ……」

「副部長、何探してるんすか?」

「ほぁわっ」


 目的の本が全く見当たらずに眉を寄せていると、背後から突然声をかけられて飛び上がる。

 静かな図書室に諏訪の声が響き渡って、慌てて口を押さえた。


「よかった……まだ顔色いいっすね」

「か、唐渡か……」


 振り返ると、見慣れた彫りの深い男前が見下ろしてきていた。

 頻繁に手を焼かされている後輩の唐渡だ。

 スポーツをするために生まれてきたと言っても過言ではない恵まれた体格の唐渡は、諏訪を覗き込んで日焼けした顔を綻ばせた。心底ホッとしたような声を聞いて、唐渡なりに諏訪をとても心配していたのだと気付かされる。

 諏訪は白い歯を見せて笑うと、好き勝手な方向に跳ねている唐渡の黒髪に手を伸ばす。唐渡は首を傾げながら素直に頭を下げた。


「なんか付いてます?」


 目の前に来た頭に両手を添えた諏訪は、ぐしゃぐしゃと勢いよく髪をかき混ぜる。


「みんな心配しすぎなんだよ! あんなの寝たら治ったしもう大丈夫! 絶好調ー」

「ど、どう考えても不調期間長過ぎっすから」

「あははは、そうだっけ?」


 元々まとまらない髪をさらに乱された唐渡が、ジトっと見てくる。視線を笑って躱しながら、諏訪は佐藤のことが頭をよぎった。


『Subなんて気持ち悪いよね……唐渡だって……』


 唐渡とPlayしてSub dropした時に何か言われたのか。それとも他の時に言われたのかは分からないが、佐藤が口を滑らせたタイミングからして唐渡に何かキツいことを言われたはずだ。


(本当に言っちゃいけないことは分かる奴だと思うけど……カッとなりやすいから思わずなんか言っちゃったんかな)


 諏訪と同じくずっと体育会系で育ってきた唐渡のことだ。甘井呂とは違って、先輩である佐藤には普段からそれなりの礼儀を持って接している。諏訪の知る限りでは、唐渡と佐藤は良好な関係だったはずだ。

 それに、諏訪に対しての「邪魔」発言は唐渡なりの気遣いだと部長の林からフォローがあった。先程の唐渡の表情を見て、諏訪もそれを確信している。


(Playの時って、なんかそういうの超えちゃう感じするし……それでかなぁ……)


 サクッと聞いてしまいたいが、デリケートすぎる内容だ。どう質問していいのか分からなくて、言葉が喉につっかえてしまう。

 諏訪が何も言わなくなったのをどう解釈したのか、唐渡が本棚に目線をやって口を開いた。


「で、何探してんすか? 取れないんなら取りますよ」

「自分がデカいからってお前……流石に一番上まで届くっての」


 諏訪は悪戯っぽく笑う唐渡の胸を、手の甲でバシンと叩く。

 同年代男子の平均身長以上はある諏訪が届かないならば、それは図書室の欠陥と言っても良いくらいだろう。


(甘井呂といい、唐渡といい……Domって威圧感出すために顔が良くてデカいのかなぁ)


 他のDomを何人も知っているので、そんなはずがないことは分かっている。分かってはいるのだが、ついついそんなことを思ってしまう。

 雰囲気の違う二人のイケメンを頭の中で並べて遠い目をする諏訪を、唐渡はキョトンと見下ろしてきた。


「なんすか?」

「なんもない。えーとな、第二性関連で調べたいことがあんだけど……普段、図書室なんて使わないからうまく探せなくてさ」

「そういうんならあの辺っすけど……」


 どうせ言っても分からないだろうという気持ちで答えたのに、唐渡はあっさりと本のありかを指差す。

 第二性を持っていると普段から意識しているから自然と覚えるのだろうか。それとも唐渡も、諏訪がやろうとしているように自分の性と向かい合うために調べたのだろうか。


(甘井呂も、きっとそうなんだろうな)


 インターネットだと情報の真偽の判定が難しいから、図書室で高校生向けのものを借りた方がいいと教えてくれたのは甘井呂だ。

 本を読む習慣はない諏訪だったが、理由に納得して図書室を彷徨うことにした、というわけである。

 知りたいことが書かれている本が並ぶ一角へ唐渡と移動した諏訪が、どれが良いのかと気になる題名のものから確認していると。


「あの……」


 隣で諏訪の手元を見ていた唐渡が、らしくなく控えめな声を出した。


「副部長、なんでこんなん調べてるか聞いてもいいっすか」


 ドキッとして、掴みかけた本を落としそうになる。

 答えたくなければ大丈夫です、と言われてしまって、諏訪は更にぎこちない動きになった。なんと答えたものか迷い、視線が上へ下へ横へとウロウロ動いてしまった。


「こないだ佐藤がSub dropした時、すぐに動けなかったからさ。今後のために勉強しようかと!」


 無理やり捻り出した理由を聞いた唐渡は大きな目を瞬かせる。そして、眉を八の字にした。


「すんません。おれのせいで」

「唐渡。俺はよく知らねぇけど……Playでの出来事って、Domだけに責任があるわけじゃないだろ?」

「……そう……すかね……」


 深刻な顔で項垂れる唐渡を目の当たりにして罪悪感が押し寄せてくる。理由付けを間違えたせいで傷つけてしまった。

 諏訪はどうしても喉で言葉が引っかかって、


「Subだって分かったから、自分のことをちゃんと知りたいんだ」


 と、本当のことが言えなかったのだ。自分が信じられない。

 モヤモヤが胸を覆うのを感じつつ、目についた三冊の本を脇に抱える。貸し出しカウンターへと向かいながら、まるで初めから元気づけようとしていたかのように明るい声を出した。


「そうだよ! そんなに気に病むなって! ところで、お前はなんで図書室にいるんだ? 本とか読まないだろ」

「失礼すぎません? まぁ読まねーっすけど」

「読まないのかよ」


 眉を寄せたものの、正直に答えて唇を尖らせる唐渡を見て諏訪は吹き出す。

 プライドに触ったのかすねてしまったのか、唐渡は視線を明後日の方向へとやってボソボソと喋った。


「副部長が図書室入るのが見えたから来たんすよ」

「なんか用があったのか?」

「別に」

「……何か、相談があるとか」

「ないっす」


 佐藤とのことを相談してもらえるのかと小声で切り出してみたが、きっぱり否定されてしまった。


「変なやつだなぁ」


 諏訪は唐渡が変わっているのはいつものことだと、あまり気にしないことにしてカウンターに座る司書教諭の女性に本を出す。

 長いため息が後ろから聞こえてきても、


「幸せが逃げるぞ!」


 と、背中を叩くだけで深く追求することはしなかった。


お読みいただきありがとうございます!

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[良い点] ああ……もう鈍感なんだから……!
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