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4話 どういうことだ

※暴力描写があります

(やべぇ……気持ち悪い……)


 諏訪は今、高校から駅への通り道である商店街を歩いていた。

 アーケードの下、下校したり友人と遊んだりする近隣の高校生の楽しげな姿が見える。

 いつもであれば諏訪も、部員たちと賑やかに通る道だ。


 だが、今の諏訪は独りだった。

 甘井呂の言葉を突っぱねて授業中ほぼ机に突っ伏していた諏訪は、いつも通り部活には参加した。

 しかし、顔色が悪い上に体の動きも悪くて、部長の林に「帰れ」と言われてしまった。

 このくらい大丈夫だと押し切ろうとしたものの、


「副部長、練習の邪魔っす」


 という、容赦ない唐渡の言葉に殴られて帰ることにした。

 口の利き方が悪いと林に注意される唐渡の顔を思い出すと、まだ胸の傷が疼く気がする。


(言い方! そりゃ俺が悪いけど言い方……! まだ甘井呂のが優しい!)


 重しがついたような頭でごちゃごちゃと考えながら歩いていると、後ろからガンッと肩に衝撃が走る。


「わぁっ」


 上手く踏ん張ることが出来ずに転倒してしまった諏訪は、なんとか手で地面と顔面がぶつかることだけは避けた。

 痛みと腹立たしさでぶつかってきた相手を睨み上げると、相手も肩を抑えながら眉を顰めていた。


「イッてーなぁ。なにすんだテメェ」

「ぶ、ぶつかってきたのそっちだろ」

「あぁ!?」


 本音が出てしまってから、諏訪は後悔する。


 見下ろしてきているのはブレザーを着た高校生だが、だらしなく着崩していて派手な髪色髪型をしている。

 顔に擦り傷もあって、明らかに真面目な学生ではなかった。

 しかも似たような雰囲気の学生があと二人後ろにいる。


(体調不良だと不良によくぶつかるのかな……)


 そんな場合でもないのに現実逃避してしまう。

 初対面で悪態をつきながらも体を受け止めてくれた甘井呂と同じにしてはいけない雰囲気だった。


「今時学ランってことは、アノ野郎と一緒の学校だよな?」

「どの野郎のことかわかんないけど失礼しまーす」


 覗き込んできた顔と反対方向へと視線を逸らし、諏訪は立ち上がる。背中に嫌な汗が伝った。


「待てよ」


 この状況で待つ人間がいるだろうか。


 最近入学してきた甘井呂を含め、同じ学校で「アノ野郎」として思い当たる派手な格好の生徒は何人か居る。だがその中の誰かの代わりに暴力を受けるかもしれないなど、まっぴらごめんだ。


 一刻も早く立ち去らないと、とカバンを掴んで走り出そうとした諏訪だったが。


「待てっつってんだろ!」


 あっさりと腕を掴まれた。

 まずいと思って周りを見渡しても、見て見ぬふりするだけで助けてくれる様子の人はいない。

 目が合ったのに、逃げるように早足で去っていく学生もいた。


(せめて誰か呼びに行くとかしてくれよ!)


 心の声は、誰にも届かない。

 もし聞こえていても無視されているのだろう。

 本当に声を上げたら、その時点で殴られるかもしれないと思うと万事休すだった。


 一番体が大きい不良にガッチリ肩を組まれて、諏訪は絶望的な気持ちになる。


「怖がんなって、ちょっと話聞きテェだけだから」

「ナンデスカ」

「まぁまぁ、こっち来いって」

「人目のあるとこでオネガイシマス」


 三人に囲まれた諏訪は必死でその場に止まろうとするものの、どんどん人気のない路地裏に連行されていく。

 まずいのに捕まった。


 部活のことを考えると、怪我をするのは困る。

 単純に腕力や体力だけであれば、諏訪は絶対に負ける気はしなかった。

 でも、暴力沙汰で全員が試合に出られなくなるなど言語道断。諏訪は何があってもやり返せない。

 しかも、今はとにかく気持ち悪くて走れる気がしない。


(走れたら絶対追いつかれないのに……っ)


 薄暗い路地の壁に、背中を強くぶつけられ息を詰める。

 これから起こるであろうことを想像し、萎縮した体を諏訪は叱咤した。逃げ道はないかと視線を巡らせ、大きなゴミ箱を目の端に捉える。

 その間に正面に立った不良は、諏訪の顎を掴むと無理矢理自分の方を向かせてきた。


「お前Subだろ? 可哀想に、欲求不満で死にそうじゃん」

「は……?」


 頭の中で警鐘が鳴り響く。

 ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている相手が何を言っているのかを理解できなかったが、この場を離れたいという気持ちが更に強くなる。


「そういう感じ? Domさまって優しいなー」

「ここでPlayしてやんの?」

「むしゃくしゃしてたから丁度いいだろ」

(何、言ってんだ?)


 会話内容から、諏訪の顎に触れているのがDomだということだけは読み取れた。

 確かに妙な圧を感じる気がするが、それよりも。


 Normalの諏訪に対して何を勘違いしているのか、楽しげにPlayの話をしている三人はSubを追い詰めたと思って完全に油断している。

 この機を逃すわけにはいかない。


 諏訪は思いっきり深呼吸してから、渾身の力を込めて目の前の胸を押す。ドンっという衝撃と共に、Domだという不良がよろけた脇をすり抜ける。

 伸びてきた他の手を振り切って蓋付きのゴミ箱に飛び付き、不良たちの方へと蹴り倒した。


「うわっ」

「こいつ!」


 円柱型で転がりやすいゴミ箱に阻まれて、不良たちはまんまと足止めを食らっている。


(ノロいけど、なんとかなるかも!)


 路地の先が行き止まりでないことを祈りつつ、諏訪は逆境に慣れている足を懸命に動かした。

 はずだった。


Kneel(跪け)!」

「え……?」


 突如、膝からガクンと崩れ落ちる。

 ポケットに入れていたスマートフォンが地面とぶつかり、ケースに付いていた飾りが落ちた。


 耳に鮮明に届いた言葉。

 聞き慣れない単語なのに、まるで知っているかのように体が反応した。


(なんだ? 今の、何……)


 硬い地面にぺたりと膝と手をついたまま、全く動けなくなった諏訪は呆然とすることしかできない。


「おおー本当にSubだ!」

「何が見たい? 次」

「そりゃいつものじゃん? 舐めさせるヤツー」

「王様って感じだよな」


 三人の足音と会話が迫ってくる。

 恐怖と混乱で、全身が脈打つ。

 何が起こっているのか、自分が何をされたのか。


(逃げなきゃ……違う、俺はこのまま待たないと……待って、次の指示を……あれ? なんで?)


 頭の中で二人の自分がせめぎ合う。

 呼吸が浅くなっているせいで、喉がカラカラになっていた。

 地面と見つめあっていると、そこに派手な色のスニーカーが現れて顔を上げる。


 撒こうとしたはずの三人か、さっきよりも未知で恐ろしく見えた。後ずさりしたいのに、それもできない。


「あ……やだ、待ってくれ、俺は」

Lick(舐めろ)


 言葉が頭で反響する。

 跪いた諏訪の意思とは関係なく、差し出された足に顔が近づいていくのを止められない。

 だが、心は抵抗していて。

 その矛盾が気持ち悪くて耳鳴りがしてきた。


(やだ!!)

「不良に絡まれてる学ランがいたって聞こえたから来てみたら」


 舌があと少しで土のついた靴に触れるという時だった。

 ドスのきいた、でもどこか耳障りの良い声が聞こえたかと思ったその瞬間。

 何かがぶつかる鈍い音がして、諏訪の目の前から足が消えた。


「甘井呂!」

「テメェまだいたのか!」


 不良が騒ぐ声に反応して、諏訪も顔を上げる。

 倒れているDomの不良と両脇で狼狽えている二人。

 そして、聞こえた通り甘井呂が立っていた。


「セーフワードも決めずにPlayしてんなカスが」


 薄暗くてもサラリとした金髪と整った顔、素晴らしい体格は見間違えない。

 諏訪がサッカー部に誘った時の不快な顔とは比べ物にならないほど、甘井呂は殺気立った目をして唸るような声を出す。


「失せろ」


 甘井呂の容赦ない拳が、立っている不良の一人の腹に叩き込まれた。

 白目を剥いて倒れている二人を見て完全に怯んだ残りの一人は、甘井呂が睨んだだけで仲間を引き摺って逃げていった。

 重そうにノロノロと撤退する姿を、動けないまま諏訪は見送る。


 現実逃避なのか、安心したからなのか。

 ドラマでも見ているようだったと、うまく働かない頭は呑気なことを考えていた。


「おい」


 甘井呂はしゃがみ込んで、諏訪の顔を覗き込んでくる。自分で思っているよりも血の気のない頬をした諏訪は、回らない舌で懸命に答えようとした。


「あ、えぁ……あまいろ……」

「悪かった」


 ふわりと体が温もりに包まれる。

 甘井呂に抱きしめられたのだと認識する頃には、諏訪は厚い胸に顔を埋めた状態で呆けていた。

 不思議だった。

 この間から何をされても、甘井呂が相手だと心地いい。


「んえ? なんで、お前が……謝る……」


 大きな手に背中を撫でられて体から力が抜けていく。諏訪はそこでようやく、自分の身体がガチガチに強張っていたことを知った。

 人生最大の怖い思いをしたはずなのに、疲労が蕩けてもうずっとこうしていたい。


 体調が悪すぎて訳がわからなくなっている諏訪とは対照的に、甘井呂は悲痛な面持ちだ。

 そっと頬に触れて諏訪と目線を合わせてくる。


「はっきり言えば良かった。あんだけ体調悪そうなら、絶対病院いくと思って」

「何の、話だ?」


 甘井呂は悩むようにきゅっと唇を引き締め、それからゆっくり口を動かした。


「あんたは、Subだ」


 徐々に崩れていても見て見ぬ振りをしていた諏訪の中の世界が、ガラリと色を変えた。


お読みいただき、ありがとうございます!

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