最終話 めでたしめでたし
「大輝、Come」
薄桃色のベッドに座った甘井呂のCommandは、今までで一番甘く心に響く。
諏訪がすぐ近くに移動して目の前で停まると、甘井呂はスッと手のひらを差し出してきた。
「Hands」
ダンスに誘うかのような、優美な目元に逆らえない。
いや、逆らおうなんて全く思わない。
腹の奥が熱くなるような不思議な感覚を覚えながら、諏訪はそっと手のひらを重ねる。
「Good boy」
褒め言葉をもらえば、ぶわりと全身の体温が上がる。
手のひらを握られ、そのまま胸に引き寄せられた。背中に逞しい腕が回され、諏訪はぐりぐりと甘井呂の肩に額を擦り付ける。
「翔……」
「なんだ?」
「幸せ」
「俺も」
高揚感に浸りながらうっとりと顔を上げると、甘井呂は頭を撫でながら軽いリップ音を立てて唇を重ねてきた。
諏訪は更にふわりと脳が揺れるのを感じる。
「Commandでくれよ」
「俺がしたいんだよ」
ちゅっちゅっと甘井呂は頬、額、鼻先とさまざまなところに唇を触れさせてきた。
心地よくて体からどんどん力が抜けていく。膝がガクガクと揺れて立っていられなくなりそうで、甘井呂にすがる。
またサブスペースに入りそうだった。
「俺も、キスしていいか?」
「当然だろ。Kiss」
希望通りにくれたCommand通り、諏訪は甘井呂の唇に口付ける。ぎこちない動きになってしまったが、甘井呂は満足げに頭を撫でて褒めてくれる。
あまりに心地よくて、もう少し、と更に唇を追いかけると、甘井呂に抱えられながら二人でベッドに倒れ込んでしまった。
「あ、ごめ……っ」
諏訪は体を起こそうとするが、甘井呂が抱いた腰を離してくれない。同時に唇を柔らかく何度も啄んでくる。
ようやく解放されたときには、諏訪は甘井呂の胸の上でクタッと動けなくなった。お互いの濡れた唇から、熱い吐息が溢れる。
「……、は……キス、あの時が初めてだったんだ。甘井呂は慣れてたかもしれないけど……」
「俺も初めてだったよ」
「それは絶対嘘だ」
「嘘じゃねぇ」
「あれは慣れてる動きだった」
今だって、諏訪はいっぱいいっぱいなのに甘井呂は余裕があるように見える。
でも、甘井呂は親指で諏訪の唇に触れながら拗ねたように眉間に皺を寄せた。
「初めてのくせになんで分かんだよお前が嘘なんじゃねぇの」
「経験あるように見えんのかよ」
ムッとして指先に歯を立ててやる。
甘井呂の手がピクッと緊張したが、そのまま指が口の中に入ってきて頬を引っ張ってきた。
強制的に喋れなくなった諏訪は、甘井呂の好きにされている気分になる。それは心地いいのだが、少し悔しくもあった。
柔らかい部分に触れられると、Commandを受けた時のように体が熱くなってきて。
モゾモゾと体を捩る諏訪を見る甘井呂の口端が上がる。
「……まぁ可愛いからなんでもいいか」
「誤魔化すな……っん」
指が口から出ていったかと思うと、また軽く唇が重なった。
甘井呂は静かになった諏訪の髪を撫でて、落ち着いた声で口を開く。
「白状すると、俺がお前に『Subなのは二人だけの秘密にしよう』って言ったのは親切心からじゃねぇ」
「へ?」
「お前を独占したかっただけだ。秘密の共有をして、縛りたかった」
ただひたすら、甘井呂の優しさだと思っていた諏訪は目を瞬かせる。
そういえば甘井呂は、初めて諏訪とPlayしてから他の人とはしていないと言った。
「もしかして、知り合ってすぐから俺のことが好きだった? なんて……」
「そうだよ」
「お、俺なんもしてないのに」
謙遜でもなんでもなく、諏訪は不思議だった。
Playをするようになって仲良くなってからならともかく、出会ってすぐの頃なんてずっと甘井呂に怒られていた記憶しかない。
「Domを全く怖がんねぇとことか、Play中にとにかく素直でかわいいとことか。バカみてぇに真っ直ぐすぎてほっとけないとことか。お前の全部に惹かれた」
甘井呂の言葉に迷いはなく、褒められているのか貶されているのかわからない言葉にさえときめいてしまう。
慈しむような熱い瞳が、諏訪を捉えて離さない。
「絶対に俺のもんにしたいって、思ったんだ」
「……っ」
大好きな甘く深い声と共に頬に口付けられて、諏訪はギュッと甘井呂のワイシャツを握った。
全身を巡る血の流れが早くなりすぎて、頭をぼやけさせる。何も考えられなくなりそうだった。
「俺は、好きとかは初めよく分かんなかったけど……」
贈られた言葉にきちんと報いるために、心の形をなんとか言葉にしようと頭を働かせる。
Subだと分かった時、急に暗闇の中に閉じ込められたような不安でいっぱいだった。右も左も分からなくて、上手く受け入れることもできなくて。
でも、甘井呂が手を引っ張って導いてくれた。
全てを包み込む優しさに救われた。
「Playしたいって思ったのは、翔だけだ」
DomとSubのPlayと聞けば、一方的でどこか怖いイメージが漠然とある。でもそうではなく、温かい行為なのだと教えてくれた。
「翔じゃなかったら、初めてのPlayも躊躇したと思う」
諏訪は朱がさしている甘井呂の柔らかい頬にそっと触れる。
「だから、あの時見つけてくれてありがとう」
「ほんと、かわいいよな」
二人は微笑みあってまた口付けを交わす。
小鳥が戯れ合うようにリップ音を鳴らしてから、諏訪は照れ臭くなってへらりと笑った。
「かわいいは、むずむずする」
「じゃあ、愛しい」
「なかなか使わない言葉だな」
年齢に似合わない甘井呂の言葉に小さく吹き出してしまう。それでも、言葉が嘘ではないことは目の前の甘い微笑みが教えてくれている。
諏訪は甘井呂の体から降りると、ベッドに座って腕を広げた。
「好きだよ、翔」
「俺も好きだ、大輝」
甘井呂は体を起こし、勢いよく諏訪を抱きすくめる。
この上なく幸せで、諏訪の頭は甘井呂のことだけでいっぱいになった。
「次、何して欲しいかSay」
「もっといっぱい、Commandください」
「Good boy」
スマートフォンに揺れるバスケットボールの飾りが首のCallarに変わるのは、二人が大人になってから。
おしまい
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




