18話 サブスペース
「服脱ぎてぇー!」
諏訪はプレイルームのソファに飛び乗るように座り、服を捲ってバタバタと肌に風を送る。引き締まった腹筋は白く、日焼けした腕の黒さが際立っていた。
汗で肌着が体に張り付く。白いワイシャツも首元はぐっしょりで、もう脱いでしまいたい。
ただその分、クーラーの風が当たると冷たくなって気持ち良かった。
その様子を見ていた甘井呂は、長い前髪を掻き上げながら頷く。
「パンツだけ履いてたら俺は気にしないぞ」
「パンイチでPlayは絵面がキツすぎる……」
道中かいた汗のせいで前髪が下りず、ワイルドなオールバックになった甘井呂を見上げて諏訪は苦笑した。
今は夏休み前の試験期間。
本来ならすぐ家に帰って勉強すべき日だ。
でも実際に家に帰ったところでずっと勉強するわけではない。少なくとも諏訪と甘井呂はそういうタイプの人間だった。
せっかく早く学校が終わって部活もないのだから、
「体調が良い方が勉強も捗るし」
と、自分たちに言い訳してプレイルームにやってきたのだ。
甘井呂が元々一つ開いていたワイシャツのボタンを更に二つ開けると、チラチラ覗くだけだった銀のネックレスが全容を表す。
飾り気のないシンプルなデザインが、両耳を飾るフープピアスと共に甘井呂の綺麗な顔を引き立たせていた。
「そういやさ、甘井呂って不良っぽいのにちゃんと休まず授業にでて試験も受けてって……意外と真面目だよな」
「ファッションヤンキーだからな」
「そんな、ファッションオタクみたいに言われても」
見た目だけ派手にしている、ということなのだろうが。
(中身も不良だと思うけど……)
諏訪は内心でツッコミつつ、リュックの中を漁って青いタオルを引っ張り出す。本気でワイシャツだけでも脱いでしまおうか迷いながら、スポーツ専門店のロゴの入ったタオルで乾ききらない汗を拭っていった。
甘井呂は諏訪の隣に腰を下ろして、じっとその様子を観察してくる。
「お前も拭く?」
「汗拭きタオルの共有はどうなんだ。絶景だなと思っただけだ」
「そう言われると隠したくなる不思議……」
惜しみなく出していた腹をおずおずと隠す諏訪に、甘井呂は小さく笑った。
(なんだよ……自分だって、胸まで見えてるくせに……)
男の体なんて、どこを見ても今まで何も感じなかったのに。
相手が甘井呂だと少し恥ずかしかったり色っぽく見えたりして、汗の滲む白い肌から慌てて視線を外した。
「人が寄ってきにくいんだよ」
「え?」
「こういう格好してるとな」
長い指先が銀のネックレスを持ち上げた。
どうやら、派手な外見をしている理由を説明してくれているようだ。諏訪はタオルを頭に移動させて、ほんのり赤くなってしまった頬を隠す。
「寄ってきたら困るのか?」
「俺、Playしてくれって言われたら断れねぇんだよ。それで相手したSub同士が揉めたことあって」
「モテすぎるのも優しすぎるのも大変だなぁ」
嫌なことを思い出したのか遠い目をしている甘井呂の頭を、諏訪は苦笑してポンっと撫でた。
甘井呂のPlayはまるで恋人にでもするかのような雰囲気だから、勘違いするなという方が酷だろう。それもPlayに慣れていない中学生同士なら尚更だ。
(俺だって……ドキドキするし……)
諏訪は落ち着かなくなってもう拭いた顔をもう一度タオルで擦り、大人しく撫でられて目を細めている甘井呂を盗み見る。
Normalとして過ごしてきた諏訪からすれば、Playそのものも恋人以外としているのが信じられない行為だ。
甘井呂はそれを色んな相手としているのだと思うと、何故か胸の奥が痛む気がした。
「ところで」
「ふぁっ」
スルリとタオルが頬を擽り、顔から離れていってしまう。まだほてったままの顔が晒され、甘井呂の顔が近づいてくる。耳元で、低く甘い声が響いた。
「そろそろ俺もお前を撫でたいんだけど」
甘井呂を撫でていた手が大きな手に絡め取られ、汗で冷えた指先がまた熱を持ってくる。
「いいか?」
「う、ん……」
頷いてみせると、形の良い唇が弧を描いた。
改めて言われると、いまだに緊張してしまう。
友人として他愛もない時間を過ごすのは楽しいし、いつまでも喋っていられる。でも、この場所はそれだけの場所ではない。
甘井呂に全てを曝け出す時間が始まると思うと、期待で諏訪の瞳が揺れる。
「諏訪、Sit」
脳に直接語り掛けられているような、不思議な感覚。
自分の太腿を指差しながら、甘井呂は命じている。
諏訪はギシッとソファに足を乗せ、甘井呂の膝に腰を下ろした。ソファのクッションが、グッと落ちる感覚がある。
大きな手に頬を包まれて、緩やかに揉まれた。
「Good」
褒められて、じわりと満足感が体に広がっていく。
Play中の甘井呂の言葉はいつもひとつひとつが丁寧で、諏訪を慈しんでくれる。
「次はCall」
初めて与えられるCommandでも、自然と頭に入ってきて安心して従える。信頼関係が築かれていないと、難しいことだ。
「あま、いろ」
「翔」
深い声にやんわり訂正されて、胸が高鳴る。ただ名前を呼ぶだけなのに声が震えた。
「……、翔……」
「Good boy。今日からPlay中はそう呼べよ」
頬を紅潮させて嬉しそうな様子が見て取れて、諏訪は目尻を下げた。
幸せだ。幸せだ。
諏訪は瞼に降りてきている金髪に触れ、心の昂りで潤んだ目を真っ直ぐ甘井呂に向ける。
「じゃ、お前も……俺、大輝だよ」
「ん、大輝」
口元を綻ばせた甘井呂が耳を親指でくすぐってくる。身を捩っていると他の指が頬も撫でてくれたので、諏訪は自分から擦り寄った。
「かわいいな、大輝。Hug」
満足げな甘井呂のCommandがいい終わるや否や、待ってましたとばかりに首に腕を回して抱き締める。甘井呂の肩に顎を乗せながら、ふわふわと頭にモヤがかかってくるのを感じる。
(なんだろ……気持ちいい……)
まるで眠りに落ちる直前のように、何も考えられない。自分一人では動けないような不思議な心地よさだ。
「OK、じゃあ……大輝?」
「ん……」
諏訪が焦点の定まらない目をしていることに気づいた甘井呂が覗き込んでくる。
心配そうな声が聞こえるが、諏訪は恍惚としたまま甘井呂に体を預けていた。
『早くCommandが欲しい』
思考が完全にその一点に支配されていた。
「しょう……コマンド……」
「もしかして、サブスペースか……?」
「うー……? こまんど……はやく、くれ」
舌がうまく回らず、熱い息が空回りする。甘井呂は目を細めて喉を鳴らした。
諏訪の腰にグッと手を当てると、ゆっくりとソファから立ち上がる。
「Stand up、ベッドの方行くぞ」
「はい……」
諏訪は繋いだ手を引かれるまま、おぼつかない足取りで従順に歩き出した。白いシーツのベッドの前で立ち止まると、甘井呂が悩むように口元に手を当てる。
「……ロール……はまずいか……?」
「なに? もっかい、いってくれ。翔のいうこと、なんでもするから」
「あんたほんと……っRoll」
見上げた先の甘井呂が、何かに耐えるように眉を寄せた。片手で顔を覆ったかと思うと、ベッドを指さしてCommandを言い直してくれる。
諏訪は命じられたままベッドに上がる。サラリと滑らかなシーツに皺を寄せながら、仰向けに寝そべった。
両手足を軽く広げた無防備な姿で甘井呂を見上げる。
甘井呂はフッと小さく息を吐いてから、諏訪の顔の両側に手をつく。そして体を跨いで覆い被さってきた。
(かお……まっかだ……)
燃えたぎるような瞳や荒い息遣いから、甘井呂もPlayが気持ちいいのだと伝わってくる。大きな手が、いつも通りに頭を撫でてくれた。
「Good boy。大輝、Touch」
目の前に指の長い手が広げられる。諏訪は熱い手をその手に触れさせ、ゆっくりと一本ずつ指を絡めていき握りしめる。
甘井呂もしっかりと握り返してくれて、互いの手の体温が一体化する。
「……これ、すきだぁ」
抱きしめるのとはまた違った繋がりが、安心させてくれる。へにゃりと笑いながら指先の力を込めたり抜いたりしていると、甘井呂の顔が近づいてきた。
「……っ?」
なんだろうと問いかけようとすると、その前に唇に柔らかいものが触れる。それは一瞬の出来事で、すぐに離れていった。
何が起こったのか分からず目を白黒させていると、眉を寄せた甘井呂が見下ろしてきていた。
「これは……嫌か?」
「もっかい」
「え……」
「いまのだけじゃ、わからない……」
諏訪は驚く甘井呂の首に腕を巻きつけ、自分から顔を近づけた。
甘井呂は何も言わず、再び諏訪に口付ける。
ただ触れるだけのそれがあまりにも心地よく、幸せで。
二人はPlayなど忘れて、時間切れまでひたすらキスを繰り返した。
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