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16話 Defence

 放課後まで降りしきっていた雨は、部活が終わる頃になってようやく緩くなってきていた。

 週末の練習試合に向けて部室でミーティングしてから、諏訪は唐渡と二人で職員室に鍵を置きに行った。


「色々大変だったみたいっすね」

「唐渡まで知ってんの」


 先生たちに挨拶して部屋を出た後、唐渡は昨日は触れてこなかった話題を切り出してくる。

 何か言いたげな視線を後輩たちから感じていたから、唐渡以外も聞きたくてソワソワしていたに違いない。

 大変だったことを否定せずに苦笑する諏訪を横目に、唐渡は眉を寄せた。


「すげぇ勢いで噂回ってます。サッカー部だからって俺のとこに聞きに来る奴らがいるの鬱陶しくて」

「うわ、ごめ」


 謝罪の途中で、大きな手に口を覆って止められる。諏訪は驚いて思わず足を止めた。

 見上げた先では唐渡が静かに首を振っている。

 その目は大会前のように据わっていて、異様な光を見せていた。


「佐藤先輩が戻ってきたらあっちに文句言うんで」


 顔は笑っているのに凄みのある低い声は、唐渡が良くも悪くも本気の時のものだ。自分の方が先輩なのに気圧されそうになって、諏訪の口元は引き攣る。


「あ、あんまり責めないでやってくれ……色々あるんだ……」

「……そうっすね。…………すみませんでした」


 佐藤の暴挙の原因を、唐渡は察しているらしい。急激にしおらしくなった唐渡を、諏訪は肘で小突いて苦笑した。


「なんでお前が謝るんだよ」

「いえ、別に……でも、そもそもなんで副部長が庇うんすか」

「お前みたいに怒ってくれる奴がいるから、俺が怒る必要ないなって」


 諏訪の怒りの瞬発力が遅いのか、それとも周りが早すぎるのか。とにかく怒る必要がないのは恵まれているのだと思うことにしている。

 唐渡はいまいち腑に落ちない反応をしたままだったが、諏訪が歩き始めると隣をピッタリついてきた。


「代わりに怒ると言えば、金髪の一年と相当親しいんすね」

「なっ……なんで?」


 金髪と聞くだけで涼しい目元や耳に光るピアス、温かい腕を思い出して心臓が跳ねた。

 諏訪はあからさまに目をキョロキョロと泳がせてしまう。唐渡は面白くなさそうに唇をへの字に曲げていた。


「あいつ、副部長のためにDefense(ディフェンス)したって」

「え! 甘井呂、サッカーしたのか!?」

 諏訪は、おそらくここ最近で一番興奮した声を上げた。二人しかいない廊下にグワンとこだまするほどの音量だった。

 フォワード(攻撃するポジション)ではなくディフェンダー(防御するポジション)なのは意外だな、などというところまで瞬時に考えていたのだが。


「いや、そっちじゃねぇっす」

「あ、はい」


 唐渡にあっさり否定されてしまった。


「Defenseは、DomがSubを守ろうとする行為(ヤツ)です。『俺のSubを泣かすな』って感じっすかね」


 必要以上に暴力的な行為に出てしまったり、凶悪なGlareを放ってしまったりする状態のことだと、唐渡は説明してくれる。


 どうやら甘井呂は教室に到着してすぐに状況を把握し、諏訪の背後で相当強いGlareを放っていたらしい。皆が倒れてから到着したのだと思っていたが、逆だったのだ。あの惨状は、諏訪を守ろうとした甘井呂が生み出したものだった。

 甘井呂が「守る対象」と定めた諏訪には影響が無かったため、全く気が付いていなかった。


「俺のSub……」


 諏訪は口元を緩めて復唱した。

 例え一時的にでもそんな風に思ってくれたなんて、と、目尻も下がる。運動後、随分と立っているのに鼓動が早くなってきた。

 反対に唐渡は、冷めた目をして声のトーンを落とす。


「嬉しそうっすね」

「え、そ、そうか? や、でもあいつはそういうんじゃなくて優しいだけっていうか」


 諏訪はハッとして早口になった。

 自分がだらしない顔になっているのに気がつき、ペチペチと軽く頬を叩いたり伸ばしたりして誤魔化そうとする。百面相する諏訪をジッと見ていた唐渡は、靴箱の前に着くと立ち止まった。


「副部長がそう思ってんならまだチャンスありますね」

「チャンス? なんの?」


 つられて足を止め、何気なく諏訪は問う。

 唐渡は覚悟を決めた目をして手を伸ばしてきた。諏訪はただならぬ空気を感じて、思わず姿勢を正す。


「副部長、俺」

「遅い」


 震える指先が諏訪に届く直前で、短い言葉が割って入ってきた。

 明らかに雰囲気を壊すために声を発した張本人は、三年の靴箱の影から姿を現した。

 諏訪は唐渡の言う「嬉しそうな顔」になって目を丸くする。


「あれっ? 甘井呂!」


 約束していなかったのに、部活が終わるまで待っていてくれたのだ。


「なんで居んだよ」


 唐渡はやり場を失った手で前髪を掻き上げ、不機嫌を露わに舌打ちした。

 甘井呂もズボンのポケットに手を突っ込んだまま、不愉快そうに眉間に皺を寄せる。


「こっちの台詞だ。なんで二人で帰ってんだ」

「戸締り番が」

「どうだっていいだろ。せっかく副部長と帰れる日なんだから邪魔すんなヤンキー」

「サッカー部はほとんどこいつ独占してんだろうが。帰りくらい譲れよ」


 諏訪が口を挟む隙なく、甘井呂と唐渡は敵意を剥き出しにして言い合いを始めてしまった。

 本格的に相性が悪い二人だ。引き離した方が穏便に済むのは分かるが、残念ながら方法が思いつかない。

 どうにか和やかに解決したいと、諏訪はにっこりと片手を上げた。


「はーい! 三人で帰るってのは」

「無しだ」

「嫌っす。俺、一人で帰ります」

「か、唐渡そんな」


 二人ともに即答されてしまった上、唐渡は宣言通り二年の靴箱の方へ歩いて行ってしまう。

 困惑中の諏訪が動けないでいる間に、さっさと靴を履いて戻ってきた唐渡は甘井呂へと目をやった。


「昨日、副部長を助けてくれた礼だ。今回だけだぞ」

「テメェに礼を言われる筋合いはねぇ」


 酷い会話だ。いや、会話というより言葉のドッジボールだ。なんにも受け取る気がない。

 またGlare合戦が始まりませんようにと、諏訪は心の中で祈りを捧げた。


「本当にクソ生意気なガキ。じゃあ、副部長、また明日の朝練で!」


 今回は唐渡が全面的に譲ったようだ。

 二度目の舌打ちをしながらも、諏訪にはいつも通り片手を上げてから背を向ける。

 雨は止んでいるのか、傘は畳んだまま暗い中を走っていく後ろ姿を見送った。


 唐渡の姿が見えなくなると、諏訪はほっと息を吐いた。何事も起こらなくて良かったけれど、頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。


「お、お前らなんで絡み少ないのに仲悪いんだよ……初対面の印象悪すぎた?」

「さぁ。似たもの同士だからじゃねぇか」

「そんな似てないぞ」


 体格と顔が良いDomであるということ以外、共通点が見つけられない諏訪は正直に答えた。

 甘井呂は腰を折って、物言いたげにため息をついてしまう。


「ま……帰るか」

「お、おう」


 歩き始めた甘井呂を、諏訪は慌てて追いかけた。


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