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10話 噂

「諏訪くんって、Subなの?」


 別のクラスの女子に呼び出され、ドキドキしながらついて行った空き教室で。

 可愛い上目遣いで放たれた言葉がこれだったら、頭が真っ白になるというものだ。


 唖然と立ち尽くす諏訪を見る彼女は、よく見るとギラギラと獲物を見定めるような瞳をしているように感じる。


「誰かが言ってたのか?」

「ヒナちゃんやアオイが、一組のレンくんから聞いたって。それから……」


 出てくる名前は全員、顔は知っているがほとんど接点のない生徒たちだった。彼女が言うには、どうやら三年の間で「諏訪はSubであることを隠していた」と噂になっているらしい。


 彼女は経緯を話しながら、遠慮がちに諏訪に一歩近づいてくる。

 甘い果物のような香りが鼻を擽った。


「あのね、私Domなんだけど……前から諏訪くんのことかっこいいなって思ってて」


 嬉しいはずの言葉が全く頭に入ってこない。

 リップで彩られた魅力的な唇が動くのが、急に怖くなってきた。

 彼女がその気になれば、容易に手折ることが出来そうな細い腕からすら逃れられなくなると知っているから。


「ご、めん! 俺、ちゃんと相手いるから!」


 諏訪は大声で告げるや否や教室から飛び出した。


 彼女は「諏訪がSubだというのは本当だった」と友人たちに告げるだろう。

 だからといって、諏訪はSubであることを否定はできない。

 Sub性の友人たちを否定することになる気がしたから。


 そんなことよりも、諏訪の心はぐちゃぐちゃだった。諏訪がSubであることを知っているのは、一人だけだ。


(甘井呂が、ばらした……?)


 信じたくない。


「あんたと俺だけの秘密だ」


 照れくさそうに目を逸らしていた顔を思い出しながら、諏訪は廊下を全力疾走する。

 あり得ないと思う自分と、その他に考えられない自分がぶつかり合う。


 だが、思えば土曜日の甘井呂はどこか様子がおかしかった気がする。

 感情のコントロールが苦手な唐渡はともかく。

 不良たちに対してもGlare(グレア)なんて放たなかった甘井呂が、Subの諏訪の前で感情的にGlare(グレア)を発するなんて。

 外見に似合わず冷静で穏やかで、Sub優先に考えてくれる甘井呂らしくなかった。


 Playルームでも、最後はもっと何か言いたいことがあったんじゃないか。


(俺、なんかしたかな……さっさと病院いかないでぐずぐずしてるから、愛想尽かされた?)


 思い至った時、諏訪は足を動かすスピードを緩める。

 いい加減、腹を括れということなのだろうか。


(でも、こんなやり方……)

「……諏訪」

「どうしよう……」

「諏訪!」


 突如、後ろから肩を掴まれて揺さぶられた。

 よろよろと歩いていた体が振り返ると同時に傾き、ボスンッと目の前の人物に抱き止められる。


「……林」

「お前、また真っ青だぞ!」


 小学生からの見慣れた顔が必死の形相をしていて、諏訪は更に力が抜けた。

 サッカー部部長の林は戸惑いながらもしっかりと諏訪を支え、廊下の端へと引きずるように移動してくれる。

 どうやら、走っている諏訪のただならぬ様子をみて追いかけて来てくれたらしい。


 肩で息をしている林にしがみついて、諏訪はへにゃりと笑った。


「はは、汗くさ……」

「人のこと言えんのかお前!」

「いだっ!」


 ぶすくれた声を出した林にバシンっと背中を叩かれて体を起こす。もう少し優しくしてくれないものかと思いはするが、諏訪はある意味元気になった。

 座り込んだまま、伺うようにいつもと変わらない雰囲気の林を見る。


「林も、聞いたのか?」

「……お前がSubかもってやつか。俺のとこに質問が殺到したから逃げてたら、お前を見つけたんだ」

「悪ぃ」


 項垂れる諏訪に首を振った林は、口元に手を当てて声を潜めた。


「中学に入る前の診断書ではNormalだったの、この目でしっかり見たことは伝えたんだが……良かったか?」

「おう、嘘じゃねぇもん」

「そうだよな。そろそろ授業始まるけど、教室に戻るか? それとも保健室?」


 林は腕時計の文字盤を見て立ち上がる。すぐに歩み出しそうな足を、諏訪はがっしりと掴んだ。


「どうした?」

「結局どっちか、聞かねぇの?」


 通常DomかSubかNormalかという話題は、診断結果が出る小学生から中学生に変わるくらいの年で落ち着く。

 高校では仲良くなるにつれて自然と分かるし、言わなくても抑制剤などを持っていたら気がつくのだ。


 だが諏訪は「ずっと隠していた」と思われているからややこしい。

 他人の秘密は、暴きたくなるものだ。

 話したく、なるものだ。


 甘井呂が意図的でなくとも口を滑らせた可能性は充分ある。

 林だって、本当は気になって仕方ないのではないか。

 そう思うと、全て曝け出してしまいたい。


 縋るような目で見上げていると、林は指で頬をかきながらしばらく唸る。

 彼の中で葛藤があることが見て取れた。


「聞いといた方が良いなら聞く」


 ようやく導き出した言葉は、「困ったことがあれば助ける」と言ってくれている。

 諏訪は安堵して立ち上がった。


「まだ医者行ってないんだよな」

「なんだそりゃ」


 笑って小突いてくる林と教室に戻ったのは、授業始まりのチャイムが終わるギリギリだった。


お読みいただきありがとうございます!

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