第9話 異世界人とファーストコンタクト
ダンジョンに人がやって来る――それはもっと大分先の話だと思っていた。
だというのに、そんな私の想定は裏切られ今この場にお客さんがやって来てしまった。やって来たその人は、目の覚めるような赤髪が特徴的な女の人だった。身体の線が表現されるタイプの鎧を身に纏った姿がとても様になっていて、例えるなら『女騎士』という言葉が合うだろうか。そのまま過ぎるんだけど、園言葉以外にピッタリな表現が見つからない。しかも長身でスタイルが良いので後輩からお姉様と慕われるタイプの女騎士だ。
「あのっ……えっと……」
私は突然の出来事に、咄嗟に言葉が出てこなかった。様々な感情、考えが頭の中を駆け巡って何を言葉として紡いだらよいのか分からず絶賛混乱状態だった。何で剣を抜いたままなのかとか、そのまま私に斬りかかてくるんじゃないかとか、ダンジョンマスターと話があるってどういうことだとかその他色々……
「「「……!」」」
混乱して動けないでいた私だったが、女騎士が声をかけてくるよりも早く動き出した影があった。
「ん? なんだ?」
「あっ、スケルトン達……」
「「「……!」」」
それはついさっき呼び出したばかりのスケルトン達だった。五体のスケルトンは私と女騎士の間で横一列に並び隣同士で肩を組んで立ちはだかる。その姿は私を守るために壁になろうとしているようだった。そしてスケルトン達からも「ここは通さないぞ」という意志が伝わってくる。彼らは本当に私を守ろうとしてくれているようだった。
まだ付き合いの浅い私に対してそんな行動をするなんて、と内心でかなり驚く。
すると今度は自分の横っ腹の辺りに衝撃を感じる。
「え、スライム君……?」
「……!」
見ればいつの間に動いていたのか、スライムが私に向かって体当たりしていた。一瞬何をしているのか分からなかったけど、伝わって来た意志からその理由を理解する。それは「早く避難しろ」という意志で、私に早くこの広間から出ろと伝える為の行動だった。
「ちょっと待ってくれ! こちらにはそちらと敵対する意思は無いっ!! だからまずは話を聞いてくれ!!」
魔物達の一連の行動の意味を理解したのか、女騎士がそんな言葉を叫ぶ。
「さっきも言った通り私は、いや私達はここのダンジョンを管理するダンジョンマスター殿と話がしたいだけなんだ! 決してそちらを傷付けたりするような意志は無い!――あっ、すまない! これのせいか!?」
言葉を続ける女騎士は自分が警戒されている理由が手に持つ剣だと思ったのかそれを腰の鞘に納める――のではなく床に投げ捨てる。スケルトンはその動きを見て骨の身体をカタカタを揺らしたが、剣は誰かを傷付けること無く女騎士が手を伸ばしても届かない距離まで床を滑る。
それを見届けた女騎士は満足そうな顔をすると、両手を頭の高さまで挙げて万歳のような体勢を取る。
「……」
「これで私はもう武器は持っていないぞ。格闘まで踏まえると私の身体そのものが武器だとも言えるが、まあそこは捨てようが無いから勘弁してくれ。そうだ、お前たちも武器を捨てて出てこい。ただし副団長と班長達だけだ。他は全員ダンジョンの外で待機していろ」
女騎士がそう背後に呼びかけると、どこか戸惑うような空気と共にまた別の人間の声が二言、三言聞こえてきた。すると少しして、外へ繋がる通路の方から新たに三人の人間が広間に入って来た。一人はこの場の誰よりも身体が大きく髭を蓄えたおじさん騎士。一人は逆に私よりも背が低く子どもにしか見えな男の子?みたいな騎士。そしてもう一人は真面目そうで少し気難しそうな印象を受ける男性騎士だった。
その人たち全員が女騎士と同じように頭の横に手を持ってきた体勢を取っている。腰のところを見ると、鞘らしき部分には剣が納まっておらず彼らの後ろにそれらしきものが数本落ちているのが確認出来た。
「どうだ? これでこちらに敵対の意志が無いと分かって貰えたか?」
「……取り合えずは。皆、大丈夫だから一旦落ち着いて」
「……」
「「「……」」」
「うん、ちょっとだけ話を聞いてみるつもり。だから、ね。皆さんも、その体勢崩しても大丈夫ですよ」
スケルトン達は渋々ながらそのスクラムのような体勢を解く。スライムも同じように私の身体に体当たりするのを止めてくれた。だけどまだ警戒心までは解けていないのか、私の周りを囲むような立ち位置に変わる。
「随分と懐かれているんだな。さすがはダンジョンマスター殿というところか」
「何で私がダンジョンマスターだと……?」
「そりゃあさっきその魔物達にリーダーっぽい振る舞いで『みんなで頑張りましょう!』みたいな事を言っていたからな。容易に想像できる。なあ?」
女騎士はそう言って他の騎士達に同意を求めると、三人全員がコクリと頷く。
「き、聞かれてた……!?」
「ああー、盗み聞きするつもりは無かったんだ。外の洞窟を見つけてダンジョンかもしれないと思って近づいたら話し声が聞こえて来てな。中の様子を探る為に少し聞き耳を立てていたんだ。すまん」
「い、いえ。お客さんに気付かずにべらべら喋っていたのは私の方なので。お気になさらず」
というか何で外部の人間がダンジョンに入って来たのに気付かなかったんだろう? ダンジョンマスターの力の一つに、侵入者があったら知らせてくれる力があったはずなんだけど…………あ、自分でオフにしてたんだった。
ダンジョンの設計をしている三日間の間に何度か動物が迷い込んでくることがあった。設計に集中していた私はその度に警告を聞くこととなり、突然の警告が心臓に悪いからとその機能をオフにしていたのだ。どうせ動物以外にやって来るのもいないだろうからと再びオンにするのをすっかり意識の外に追いやっていた。
自分でやっててアレだけど、何てアホなことをしたんだろう……
この機能をオフにするのが危険なんて少し考えれば分かるはずなのに。あの時は設計への疲れて頭が回っていなかったのかもしれないけど……この人達の対応が終わったらすぐにオンに戻そう。
「どうかしたか?」
「あ、別に、何でもないです。それよりも、皆さんは……えっと、何をしにここに来たんですか? 申し訳ないですけど、このダンジョンはまだ出来たばっかりでまだ準備中なんです。挑戦が目的だったらまた後日来て欲しいんですけど……?」
「準備中……? いや、今日はダンジョンに挑戦しに来たんじゃないんだ。まあ、確かにあわよくばと思っていたのは認めるが。最初にも言った通り、私達はダンジョンマスター殿、つまりあなたと話がしたくて来たんだ」
「話、ですか……?」
「そうだ。さて、どこから話したものか…………うむ、まずは互いに自己紹介から始めよう。ではまず私からだ――私はここら一帯を治める『ヴルムリント王国』で第二騎士団の騎士団長を務める『ローゼリア・ヴルムリント』だ。名前から察する通り王族の一人で第一王女でもある。よろしく頼むぞ、ダンジョンマスター殿」
「……」
今この人、自分が王女様だとか言った……? え、本気で……?
女騎士が放った言葉は信じ難いものだったが、他の騎士達から特に訂正などは入らない。それどころか今気付いたけど、女騎士よりも一歩下がった位置に立っていて待機の仕方が従者のそれだった。つまりこの一団の力関係はあの女騎士がトップということだ。わざわざ自分が王族だなんて嘘をつく理由も無いだろうし、女騎士からはその言葉を真実だと納得させるだけど気品だ漂っているようにも見える。
内心で女騎士だなんて呼んでたけど、もしかして口に出してたらヤバかったかな? 女騎士様って呼んだ方がいい? それともローゼリア様って呼んだ方がいいかな? でも王族って事は名前を呼ぶことすら不敬だったりするかも。なら普通に第一王女様とか呼ぶべき……?
「じゃあ次は副団長だ。後の二人も頼むぞ」
「「「「はっ」」」
王女様の呼びかけで一歩前に進み出たのは一団の中で最も身体の大きかった髭のおじさんだった。
「突然の訪問で申し訳ございません、ダンジョンマスター殿。私はヴルムリント王国所属の第二騎士団副団長、『ドルフェン・オーリン』と申します。よろしくお願いいたしますぞ」
「私は『リュン・レン』と言います。身体が小さいのでよく子どもと間違えられますが、これは種族の特性でこれでも年齢は副団長と同じぐらいです。ああ、種族は『ハーフリング』という種族です。ヴルムリント王国第二騎士団に所属しています」
「最後は私ですね。初めましてダンジョンマスター殿、私は『ハーケン・カトラス』と申します。私も同じくヴルムリント王国第二騎士団に所属する者です。本日は準備中のところをお邪魔してしまったようで失礼しました」
王女様が団長を務める騎士団の副団長だと名乗った髭のおじさんに続き、背の小さい騎士、生真面目そうな騎士の順番で自己紹介された。全員かなり丁寧に挨拶をしてくれた。ただそれよりも私は背の低い騎士が言った種族についてが気になってしまって最後の人については話半分で聞いてしまった。
は、ハーフリング……聞いた事がある。普通の人間よりも小さくて半分ぐらいの身長だからハーフだとか何とかって記憶が無くもない。リングの方は知らない。まさかこんなに早く普通の人間以外の種族と出会うことになるなんて……
「もしかして、私の種族が珍しいですか?」
「っ!?」
気になってじっと見ていたのがバレてしまったのか背の低い人、リュンさんに――あれどっちが名前だ? リュンさん?それともレンさん?どっちも名前っぽい……と、とにかく視線を返される。
「あの……すみません。普通の人間以外は見たことが無かったので……」
「それは珍しいですね。ハーフリングは確かに珍しいですが、他の人種は街を出歩けば一人二人は目につくはずなんですけど……」
何かを探るような視線が向けられる。それを居心地悪く思ってスケルトンに身を隠す。本当だったら中身がスカスカのスケルトンは目隠しにはならないけど、シャツを着せているから上半身だけは隠れることが出来る。
しかし次の瞬間、聞こえてきたスパンッという音に再び顔を覗かせる。見れば王女様がハーフリングの人の頭を叩いたようだった。
「リュン、今回はその手の探り合いは無しだ」
「はっ、失礼しました」
「すまんなダンジョンマスター殿。こいつはこういう事が仕事の一部でな。相手の情報を探るのが基本になっているんだ。先に止めるように言っておくべきだった」
「いえ、こっちも不躾にジロジロ見てしまったので。お相子ということで」
「そう言ってもらえると有難い」
そんな一幕を挟みながら王女様サイドは全員が自己紹介を終えた。残っているのも順番的にも次は私がすべきだろう。異世界から来た~とか、廃棄物が~とかは今は言う必要も無いだろうから取り合えず名前だけでいいかな。
「じゃあ次は私が。初めまして、『清水有紗』といいます。御察しの通りこのダンジョンでダンジョンマスターをやる予定です。たださっきも言った通りまだ作りかけで準備中なのでダンジョンマスター見習いぐらいかもしれないですけど」
「キヨミズ、アリサ……名前はキヨミズか?」
「あ、いいえ。有紗の方が名前です」
「了解だ。私の事は気軽にローゼリアとでも呼んでくれ。よろしく頼むな、アリサ殿」
今の反応からして、この世界では名前が先で苗字、家名が後にくる名乗り方のようだ。
「さてアリサ殿。私達の所属も分かってもらったところで、話を進めたいのだがいいだろうか。私達がダンジョンを探してここまでやって来た理由について話したい」
「もちろんです。お願いします」
「では――」
そして王女様は彼女たちがここにやって来た訳を話し始めた。